第384話 ヘル様が僕を呼んでるらしい

 ギムレーでファフナー達を倒した翌日、パーシーとエリザベスがスケジュールを調整してダーインクラブの屋敷に飛んで来た。


 旅団征伐を完遂してすぐにセイントジョーカーに連絡を入れたため、2人は昨日中に急いで仕事を片付けてライトとヒルダを労いに来たのだ。


「ライト、ヒルダちゃん、よくやってくれた!」


「偉いわ2人共。特にファフナーを燃やして始末したのはポイント高いわね」


 (汚物ファフナーを焼却したかったんですね、わかります)


 エリザベスの口振りから、ライトは口には出さないものの彼女の言わんとすることを察した。


「ありがとうございます、父様、母様」


「ありがとうございます。ファフナーが暴走した時はどうなるかと思いましたが、ライトと協力して倒せて良かったです」


 労われたライト達は礼を言い、ファフナーを倒したことでしなければならない後始末について話し始めた。


「まず最初にやるべきは、国内各領地に向けたファフナー討伐と呪信旅団の完全消滅の宣言をしないとね」


「そうね。ライトから一言貰った方が良いんじゃないかしら? 旅団征伐の責任者だったんだし」


「リジーの言う通りだね。ライト、セイントジョーカーに来てもらうけど構わないね?」


「わかりました」


 現時点では、ライトもジェシカもアルバスも治める領地で旅団征伐の成功を発表していない。


 それぞれの屋敷の使用人までは知っているが、パーシーが宣言するまでは箝口令が敷かれているので口外できない。


 中央の教皇ではなく一領地の領主からその宣言を行ってしまうと、教皇の権威が霞んでしまう。


 それに、ヘルハイル教皇国にとって重要な宣言は最初に聖都たるセイントジョーカーから発信されるべきという考えなのだ。


 ライト達もそれに異を唱えるつもりはない。


 パーシーはライトが宣言に協力的であることに安心し、次の話題を振り出す。


「宣言についてはそれで良いとして、次は戦利品についてだね。ライト、ファフナーはどれだけ呪武器カースウエポンを溜め込んでた?」


「その件ですが、ファフナーは所有していた呪武器カースウエポンの半分近くをハンプティ・ダンプティに吸収させました。レプリカも含めて吸収したため、残ってるのはオリジナル10個ぐらいです」


「それでも10個残ってるのか。あれ、ハンプティ・ダンプティはどうなったんだい?」


「これがハンプティ・ダンプティの今の姿です」


 そう言うと、ライトは<道具箱アイテムボックス>からハンプティ・ダンプティだった物を取り出した。


 パーシーとエリザベスの前に、赤い分岐線の浮かび上がった銀色のフランベルジュが現れたのだ。


 フランベルジュの柄には赤い宝玉が埋め込まれており、これがダーインスレイヴ等と同じ聖銀ミスリル製の呪武器カースウエポンの中でも更に特別であることは一目瞭然である。


「報告にあったハンプティ・ダンプティとは全然印象が違うね。なんて名前の呪武器カースウエポンになったんだい?」


「レーヴァテインですよ、父様。生涯をかけて貫き通す誓いを立て、その誓いを破った時に使用者は死ぬ制約があるのはティルフィングと同じです。その代わり、斬ると焼くという攻撃を同時にできます」


「素晴らしい武器ね」


業炎淑女バーストレディーだから・・・、なんでもないですごめんなさい」


 ライトの説明を聞いてエリザベスがレーヴァテインを褒めると、パーシーが余計なことを言ってエリザベスに睨まれた。


 睨まれるのが怖いのならば、余計なことを言わないようにすれば良いのにパーシーは全く学習していない。


「とりあえず、誰かに譲渡するのは危険なので僕が管理してます。誓いの内容によっては、デメリットなしに強大な力を手にしてしまいますからね」


「そうね。使う相手は慎重に選ばなければならないわ。あぁ、これが杖だったら良かったのに」


「母様はまだ火力を追加したいんですか? ブリージンガメンがあるじゃないですか」


「火力はいくらあったって良いのよ。アンデッドなんていくらでも湧いて来るんだもの」


 (それは否定できない)


 アンデッドは確かにいくらでも湧いて来る。


 エリザベスの意見はもっともだったのでライトは頷いた。


 その一方で、パーシーはエリザベスがレーヴァテインを手にした姿を想像してブルッと振るえた。


「過ぎた力は争いの種になる。人間同士で呪武器カースウエポンを奪い合わなくて済むようにライトが保管しててくれ」


「わかりました」


 パーシーがレーヴァテインの話を終わらせたいのだと悟り、ライトはその流れに従った。


 残りの呪武器カースウエポンについては、セイントジョーカーでオークションを行って国内各地の領主の手に渡らせることにした。


 ファフナー率いる呪信旅団は消えても、アンデッドがニブルヘイムから消えた訳ではない。


 アンデッド退治を邪魔する存在がいなくなっただけで、まだまだ人類が平和な暮らしを手にするまでの道のりは遠い。


 セイントジョーカーでオークションを開催するのは、呪信旅団がいなくなって安全になったセイントジョーカーに人を集めるためである。


 既に教会学校は運営を再開しており、徐々に人もセイントジョーカーに戻って来ている。


 そこにオークションを開いて貴族達にお金を落としてもらえれば、セイントジョーカーは以前の活気を取り戻せると考えてのことだ。


 オークションの利益だが、これはダーイン公爵家とドゥネイル公爵家、アザゼル辺境伯家で3等分することになった。


 ちなみに、教会はオークションの主催者だから手数料を貰うこととした。


 旅団征伐の実行者はあくまでもライト達だから、パーシーもエリザベスも手数料以上を納めろと言うはずがない。


 手数料を貰うのだって、ライト達がオークションをわざわざ聖都セイントジョーカーで開催するのは難しいから運営を代行する手間賃として貰うだけだ。


「それじゃ次だ。ライト、ファフナーとマチルダの子供はダーインクラブの孤児院に預けたのか?」


「はい。1歳の赤ちゃんですし、シグルドにはまだ自我が芽生えてません。子供達と一緒に育てばきっと性根のちゃんとした子に育つでしょう」


 シグルドとはファフナーがマチルダに産ませた茶髪の男の子である。


 ファフナーを倒したライトは、玉座を調べて動かすと更に下の階に続く階段が下敷きになっているのを見つけた。


 下の階に降りると寝室兼書斎になっており、そこには赤ちゃん用のベッドがあってシグルドはそこでスヤスヤと眠っていた。


 初めてシグルドを見た時、ライト達はこの男の子が本当にファフナーとマチルダの間に生まれた子なのか疑った。


 思わず疑ってしまう程、シグルドはねじ曲がった性格なんてまるで感じられない穏やかな寝顔だった。


 ライトの<神眼>で見ても、<呪術>はファフナーから継承していなかったし、悪人になりそうな称号もスキルもなかった。


 将来のある赤ちゃんをこの場で殺すことは、とてもではないがライト達にはできず満場一致で連れ帰ることになったのだ。


「ライトがそう言うのなら信じるよ。でも、万が一シグルドがファフナーの後継者となるような悪事に手を染める兆候があれば責任をもって対処すること。良いね?」


「勿論です。そうなるリスクがないとは言えませんからね。いざとなったら僕が処断します」


 ライトがここまで言い切ったので、パーシーはライトの考えを尊重した。


 エリザベスも同様である。


 パーシーとエリザベスだって、国民の安全に対して責任がある立場であると同時に子供を持つ親だ。


 自我の芽生えていない赤ちゃんが悪人の子供だからといって、殺してリスクを潰しておきたいと考えるはずがない。


「わかった。ライトに任せよう。リジーも良いね?」


「構わないわ。罪のない子供を殺すのは忍びないもの」


「ありがとうございます」


 話し合うべきことが済んだその時、ライトの目に幻覚が映った。


「うっ」


「ライト、大丈夫?」


 ヒルダからすれば、ライトが呻くのと同時にふらついたのだから心配しないはずがない。


 ふらついたライトをヒルダが支えるが、ライトの視界は戻らない。


 (これは教会の礼拝堂か。ヘル様が<神眼>を通して呼んでるらしいね)


 そう思った瞬間、ライトの視界が元通りになった。


 どうやらその通りらしい。


「ヘル様が僕を呼んでるらしい」


「教会に行くのね。私も同行するわ」


「ヘル様に呼び出されたのなら、それは最優先事項だ。俺達のことは良いから行っておいで」


「その間にトールとエイルの顔でも見て癒されてるわ」


「わかりました。ヒルダ、一緒に行こうか」


「うん。行きましょう」


 ライトがヒルダと屋敷の玄関に向かうと、そこには蜥蜴車リザードカーを用意していたアンジェラがスタンバイしていた。


「教会にお送りいたします」


 (何も指示を出さずとも最適解を出すあたり、アンジェラはなんだかんだ有能だよな)


 そんなことを思いつつ、ライトはヒルダと共に乗車して教会ダーインクラブ支部へと向かった。

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