第383話 辞世の句? 地獄で好きなだけ詠めば良いさ

 ファフナーは激怒した。


 自分の2Pカラーみたいな顔のライトに押され気味であることに憤慨した。


「私にこれを使わせたことを後悔させてやる! 【闇狂化ダークバーサク】」


 その瞬間、ファフナーを中心に密度の濃い瘴気が発生して繭を形作った。


「【範囲浄化エリアクリーン】」


 ライトが技名を唱えることで、ファフナーを覆う瘴気が消えた。


 しかし、消えた直後から更に密度の濃い瘴気がファフナーを覆い、それだけではなく瘴気の波動が部屋の四方の壁に向かって放たれた。


 それにより、ヒルダを守っていた光のドームが破壊されてしまった。


「【範囲浄化エリアクリーン】【信仰剣フェイスソード】【誓約盾プレッジシールド】」


 ライトが部屋の中の空気を再び浄化すると、今度は瘴気の波動が暴発することなくファフナーに吸い込まれていった。


 ファフナーが【闇狂化ダークバーサク】によって強化されているのは間違いない。


 だとすると、ライトが部屋の中の空気を浄化した直後にヒルダにバフをかけた判断は正解だった。


 ライトとヒルダの目の前には、瘴気を吸収し終えて筋肉量が増加し、肌はダークグレー、目は真っ赤に染まったファフナーの姿があった。


 犬歯は尖っており、白髪は天に向かって逆立っている。


「URYYYYYYYYYY!!」


 ファフナーは理性を失った獣が如く力の限り吠えた。


 アンデッドになった訳ではないが、人間を止めていると表現しても過言ではない。


「ヒルダ、合言葉は”命大事に”!」


「了解!」


 ”命大事に”とは、ライトだけでは攻め切れないからヒルダやアンジェラの力を借りたいが、敵の方が2人よりもステータスは高い時にライトが選択する方針だ。


 ヒット&アウェイが大前提であり、深追いは禁止で少しでもダメージを受けたらライトに治してもらうことになっている。


 ヒルダはライトが今のファフナーを警戒しており、それと同時に自分を頼ってくれたと知って気合を入れた。


「私が私が私が私が私がぁぁぁぁぁ・・・」


 一人称を繰り返した直後、ファフナーの体がブレた。


「ファフナーさんDEATH☆」


「【【【防御壁プロテクション】】】」


 背後に回られたと悟り、ライトは三重に光の壁を創り出して体を反転させてミストルティンを構えた。


 しかし、3枚展開した光の壁は音を立ててファフナーの振るったハンプティ・ダンプティによって壊され、ライトはミストルティンでその攻撃を受け止めるも後方に吹き飛ばされた。


「ライト!?」


「大丈夫! 後ろに飛んで衝撃を逃がしただけだ!」


 ライトが吹き飛ばされるなんて信じられないとヒルダが叫ぶが、ライトは無事で上手くファフナーの力を逃がしていた。


 ライトが無事だとわかると、ヒルダは少しだけ安心したがすぐに気を引き締めた。


 何故なら、ファフナーの攻撃をヒルダは目で追うことができなかったからだ。


 もしも今の攻撃が自分に向かって来たら、ヒルダは躱しきれる自信がなかった。


 それでもヒルダの心は折れはしない。


 ヒルダにはまだ、こんな状況だからこそできることがあるからである。


「【聖大犬牙陣ホーリーシリウス】」


 その瞬間、ヒルダは目にも留まらぬ速さで自分を中心に四方八方に光り輝く斬撃を放った。


 それらの斬撃は放たれてすぐに透き通っていき、の目にも見えなくなった。


「ヒャハハハハァァァァァッ! 不発DEATH☆」


 ヒルダが何をしたいのかわからないファフナーは、自分に届かないヒルダの技を嘲笑ってヒルダと距離を詰めた。


 だが、その時になって【聖大犬牙陣ホーリーシリウス】が真価を発揮した。


「何ぃっ!?」


 突然、ファフナーの体が浅く斬れて血が噴き出したのである。


 ハイになって頭を冷静に働かせられないファフナーでは、何が起きたのかわからずに叫んだ。


 【聖大犬牙陣ホーリーシリウス】とは、聖気を光の加減で不可視にして纏わせたいくつもの斬撃を予めイメージした場所に設置する技だ。


 設置された斬撃を見抜けるのは、この場において使用者であるヒルダと<神眼>を持ったライトだけだ。


 変身してハイになったファフナーでは察知できるものではない。


 そして、ファフナーが自分の体が斬れて血が噴き出したことに足を止めた途端、その隙を狙っていたライトが目の前まで距離を詰めていた。


「【拾弐式:亥突いとつ】」


 ライトはミストルティンで振り下ろし、左下への振り下ろし、胴、左上への振り上げ、上への振り上げ、右上への振り上げ、逆胴、右下への振り下ろし、刺突を高速でファフナーの体に叩き込んだ。


 ファフナーとの距離を詰める前に、ライトがミストルティンに【聖付与ホーリーエンチャント】で聖気を纏わせていたことで、瘴気を吸収して体が変質したファフナーは大ダメージを負って吹き飛ばされた。


 しかも、ライトは吹き飛ばす方向を設置された斬撃が多い直線上にしていたので、吹き飛ばされている状態のファフナーに追撃が入る。


 【闇狂化ダークバーサク】による強化は確かに凄まじいが、ファフナーの思考能力を劣化させて聖気が弱点になってしまうという点では欠点の多い技だ。


 それを使わないとライトを相手に状況をひっくり返せないと判断したファフナーは、自分の策に溺れてしまったと言えよう。


 背中から床に落ちたファフナーに対し、ライトは追撃の手を緩めない。


「【【【・・・【【聖戒ホーリープリセプト】】・・・】】】」


 たくさんの聖気を帯びた鎖が射出され、ファフナーの首と四肢を床に固定した。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 光の鎖によって拘束されれば、聖気がファフナーの首と四肢に触れることでファフナーを浄化し、その体から瘴気が抜け出ていく。


 それと同時にファフナーの体の大きさが元通りになり、肌と目の色や髪型も戻った。


 【闇狂化ダークバーサク】の効果が切れたのだろう。


 効果が切れたことで、ファフナーは無理矢理体を変質させた後遺症で極度の疲労感を覚えた。


 既に何重にも束ねられた首と四肢の鎖から脱出する力は残っておらず、ライトとヒルダが近づいても足掻こうともしなかった。


 しかし、ライトが視界に移るとファフナーは不敵な笑みを浮かべた。


「例え私を倒そうとも、第二第三の私が現れ」


「言わせないから」


 余計なことを言おうとするファフナーの頭に、ライトはミストルティンでゴンという鈍い音が響くように殴った。


いてぇ・・・。お約束は言わせろよな」


「知ったこっちゃないね」


「辞世の句ぐらい許してくれても良いだろ?」


「辞世の句? 地獄で好きなだけ詠めば良いさ。【参式:火寅ひどら】」


 ライトはそれを最後のやりとりとし、ミストルティンを高速で突き出してファフナーの心臓を貫いた。


 その直後、ファフナーの体が発火してその火がすぐに全身に広がっていった。


「クハハハハハ、アーッハッハッハッハッハ!」


 火が全身に回っているにもかかわらず、ファフナーは命が尽きるまで高笑いし続けた。


 ファフナーが力尽きると、ファフナーが<道具箱アイテムボックス>にしまい込んでいた物全てがその場に放出され、ファフナーを燃やしていた火はその物量に消された。


 (僕が死んだ時もこうなるのか・・・。気を付けよう)


 ファフナーと同じく、<道具箱アイテムボックス>を会得しているライトは自分が死ぬ時も亜空間から物が放出されるだろうとわかり、死ぬ前に亜空間を空にしようと思った。


 それはさておき、ライトとヒルダは激闘を制してファフナーに勝った。


 その事実がヒルダの気持ちを高揚させてライトに抱き着かせた。


「ライト!」


「うわっぷ」


 戦いが終わり、周囲に敵がいないことを確認したせいかライトの気持ちは少し緩んでいた。


 そこにヒルダが全力で抱き着けば、ライトに防ぐ手立てはない。


 もっとも、仮に気づいてもライトは防ごうともしないのだが。


 ヒルダが抱き着いているのでライトが身動きを取れないでいると、いつの間にかアンジェラ達がこの場にやって来ていた。


「旦那様、奥様、2時間程後にまた来ましょうか?」


「こんな所で何考えてんだ変態。常識的に考えろ変態」


「ありがとうございます!」


 (こいつ罵られるためにわざと言ってないか?)


 自分に罵られて大喜びのアンジェラに対し、ライトはヒルダに抱き着かれたままジト目を向けた。


「うわぁ、いっぱいあるね! ライト、お姉ちゃんこれ貰って良い?」


「イルミさん、勝手に触れちゃ不味いです! ライトに調べてもらってから触って下さい!」


 イルミはファフナーがぶち撒けた物の中に気になる物があるらしく手を触れようとするが、アルバスが危険かもしれないからと待ったをかけた。


 ファフナーを倒した喜びで抱き締め合うライトとヒルダはまだ良いとしても、ライトに罵られて喜ぶアンジェラとファフナーの遺品を物色するイルミ、それを止めるアルバスという光景はカオスである。


 その後、ヒルダが落ち着くとライト達は後始末と戦利品の回収を済ませてからこの部屋の捜索を行い、ギムレーを脱出してジェシカと合流した。


 この日、ライト達が成し遂げた偉業が後世に語り継がれるのは言うまでもない。

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