最終決戦編

第386話 んちゃ!

 ファフナー討伐から2年が経過した。


 この2年の間に、ヘルハイル教皇国の人口は極東戦争以前の数値を超えており、今もなお人口は毎月少しずつだが増加している。


 ライトが多額の投資をした結果、魔法道具マジックアイテムの作成技術が発展してカメラとビデオカメラが完成した。


 それにより、ガルバレンシア商会の情報収集能力はますます上がり、教会でもカメラとビデオカメラが採用されて偵察系の依頼の報告内容が充実するようになった。


 残念ながら、まだ安価で大量生産とまではいかないので、各領地の教会支部にカメラとビデオカメラが1台ずつ配置されているだけに留まっている。


 投資したライトはと言えば、トールとエイルの成長記録や家族のアルバムを作るのに役立てている。


 この投資はファフナーから回収した呪武器カースウエポンのオークションの利益が資金源である。


 ファフナーが溜め込んでいた呪武器カースウエポンは、比較的にデメリットがあっても実用範囲の物ばかりだったので全品高額落札となり、ライトの懐が潤ったのだ。


 食料面で言えば、米と薩摩芋がダーインクラブの農家によって生産されるようになり、市場にも流れるようになった。


 流石に聖水で育てたダーイン米に普通の米が敵うはずがないが、ライトが賢者シリーズで米料理を売りに出したことで米はすぐに大衆に受け入れられたと言っておこう。


 それはさておき、11月に入ってすぐにイルミがダーインクラブにやって来た。


「ライト、お姉ちゃんが来たよ!」


「たよ!」


「・・・イルミ姉ちゃん、ノック。セブルスが真似しちゃってるじゃん」


「まあまあ。細かいことを気にしたら駄目だよ」


「マナーは気にしようよ。仮にも辺境伯夫人なんだし」


「前向きに検討することを努力する」


「はぁ・・・」


 ライトは溜息を隠さなかった。


 執務室にノックもせずに入って来たイルミは、長男のセブルスを抱っこしている。


 セブルスはアルバスの目と髪の色を引き継いでいるが、顔のパーツはイルミに似ている男の子でエイルと同い年だ。


 そこに、開けっ放しのドアをノックしてからヒルダとトール、エイルがやって来た。


「ライト、入るね。あぁ、もうイルミがこっち来てたのね」


「フッフッフ。私は帰って来た!」


「きた!」


「セブルス、伯母様の真似しちゃ駄目だよ。辺境伯家の長男として恥ずかしいからね?」


「あい!」


「あれ、もしかしてトールに駄目だと思われてる?」


「「思われてないとでも?」」


「なん・・・だって・・・」


 イルミは4歳のトールに駄目と思われていると知り、膝から崩れ落ちた。


 トールは早熟である。


 子供特有の舌足らずな言葉遣いからは卒業し、教会学校に通ってもなんら遜色ないレベルで話せている。


 その賢さは幼い頃のライトに似ており、ライトとヒルダのことをそれぞれパパやママではなく、父様や母様と呼ぶようになった。


 そうなると、イルミのだらしない所が気になるようになり、従弟のセブルスにはイルミのようにならないでほしいという優しさから注意するようになったのだ。


 ちなみに、セブルスはとびきり賢い訳ではないが発達が遅い訳でもない。


 何となく相手の言ってることを理解して返事をするぐらいはできる。


 だから、トールに話しかけられた時に元気良く返事をしたのだ。


「エイル、イルミ伯母ちゃんとセブルスに挨拶しようね」


「こ、こんにちは」


 自分の後ろに隠れていたエイルに対し、トールが振り返って声をかける。


 お兄ちゃんしているトールに声をかけられたことで、エイルは恥ずかしそうではあるものの頷いて挨拶をした。


 すると、セブルスも元気に挨拶した。


「んちゃ!」


 (ア○レちゃんかな? ビームは撃たないよね?)


 懐かしいフレーズを耳にしたライトはそんな感想を抱いた。


「ドヤァ」


 セブルスが挨拶するのを見ると、セブルスではなくイルミがドヤ顔を披露した。


「セブルスはイルミ姉ちゃんと違って挨拶できて偉いね」


「偉いわね。イルミと違って」


「あれぇぇぇ?」


 普通にセブルスがチヤホヤされると思ったら、まさか自分を比較対象にされるとは思っていなかったイルミだった。


「それで、今日イルミ姉ちゃんがここに来たのはどんな用事?」


「お姉ちゃんがライトの仕事の手伝いに来た」


「デスクワークなら何もしないで大丈夫だよ」


「違うよ!? 月食の話だよ!」


 デスクワークでは間違いなく戦力外通告なので、ライトは丁重に帰ってもらおうかと思ったのだがイルミの言う仕事とは月食のことだった。


 戦闘面では確かに頼りになるのだから、月食の手伝いをすると言うならば話は違うだろう。


「そういうことか。でも、アザゼルノブルスの方は良いの?」


「大丈夫。アルから許可取ったから。お姉ちゃん、強い敵と戦えるって聞いてワクワクしてるの」


 (どこの戦闘民族だろうか。かめ○め波とかいずれ撃てるようになったりして)


 そんなことを思いつつ、ライトは納得した。


 今月の月食でダーインクラブの東にある廃墟で特殊個体ユニークが出現することは、ライトが事前にパーシーや他の公爵家、それとライトが声をかけるべき相手には伝えてある。


 アルバスはアザゼルノブルスならば自分と守護者ガーディアンだけでなんとかできるという判断から、イルミを実家に派遣したのだ。


 ライト達が負けることはないと思っていても、辛勝よりは終始優勢のまま勝ってほしいし、ライトにはいつも助けてもらっているからせめてイルミだけでも送り出した訳である。


 余談だが、結婚してからそこそこ経過したことで、イルミはアルバスのことを君付けではなくアルと呼ぶようにしたらしい。


 アルバスはさん付けではなくイルミと呼んでいるから、いつまでも初心なままではないと言うことなのだろう。


特殊個体ユニーク討伐を手伝ってくれるんだ。それは助かるよ」


「でしょ~? お姉ちゃん強いよ~。最近ネームドアンデッドをワンパンで倒しちゃったからね~」


「そだね~」


「ライト適当じゃない?」


「そんなことないよ。手伝ってもらうからにはきちんとお礼をしないとね。報酬は何が良い?」


「お姉ちゃんが満足する料理でよろしく! ダーイン米を使った料理も!」


 (待てよ? もしかして月食が終わるまでずっとイルミ姉ちゃんの食事の面倒見るってこと?)


 ヴェータライトが壊れて久しいが、イルミは一般的な守護者ガーディアンよりも食べる量が多い。


 米料理をガンガンリクエストされてしまうと、ライト達が食べる分がなくなってしまうので要注意である。


 11月のダーイン公爵家のエンゲル係数が急上昇することが決まった瞬間だった。


「悪いけど、今日の夕食はイルミ姉ちゃん達が来るって知らなかったから屋敷の料理人コックが作ったものだよ」


「ライトが作った一品を追加してくれるなら、お姉ちゃんは一向に構わない」


「構ってるじゃんそれ」


「そうとも言う」


 言っていることが反対のイルミの目は、ライトならばきっと何かライトが作った美味しい食べ物を食べられると期待していた。


 どうしたものかとライトが悩んでいると、ヒルダがそっと近づいて耳打ちした。


「スイートポテトをあげたら? あれならデザートとしてセブルス君も食べられるだろうし」


「良い考えだね。そうしようか」


「何かな何かな? 美味しい物ある?」


 目からキラキラとしたエフェクトが迸るぐらい、イルミの期待値は上がっているらしい。


 ライトとヒルダの内緒話の内容まではわからなくても、この場で話されることは食べ物に決まっているのでイルミはワクワクソワソワしている。


「デザートにスイートポテトを用意するよ」


「やったぁ!」


「おいも!」


 トールは甘い物が好きなので、スイートポテトが食べられると知ると年相応の表情で喜んだ。


 その後ろでエイルも喜んでいる。


 まだイルミ達の前に行くのは恥ずかしいようだが、それでもスイートポテトが食べられる嬉しさが勝ったらしい。


「スイートポテト!? 何それ!?」


 当然、イルミも食いつく。


 トールとエイルにも人気なことから、美味しいのは確定したと思っても情報が足りないからどんなデザートなのか教えてほしそうにしている。


「薩摩芋で作るデザートだよ。夕食の後まで楽しみにしてて」


「わかった! ライト、夕食にしよう!」


「まだ17時だから早いよ。料理人コック達が作り始めた頃だからおとなしく待ってて」


 楽しみで待ちきれないと顔に書いてあるイルミを見て、ライトは苦笑いした。


 イルミの気を紛らわせるべく、夕食までの間ライト達はトールが4歳になった時にライトがプレゼントした手作りの人生ゲームをして時間を潰した。


 夕食後のスイートポテトを一口食べた途端、イルミがライトをアザゼルノブルスに連れて帰ろうとしてヒルダに怒られるのは予定調和なのだろう。

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