第364話 倍プッシュです
ジェシカ達はヴァニタスを倒した日の午後、ダーインクラブのライトの屋敷に到着した。
ノンアポではあったものの、ジェシカが
ライトが応接室に入ると、ジェシカは立ち上がって頭を下げた。
「突然訪ねてしまいすみません。今日は見てほしい物があってこちらに伺いました」
「見てほしい物ですか? なんでしょう?」
「テレス、出して下さい」
「かしこまりました」
ジェシカの指示に従い、テレスは浄化石の箱から折り畳まれた白い布を取り出した。
「布のように見えますが、どこで手に入れたんですか?」
「今日の午前中、ジャイアントミストのヴァニタスを倒したらドロップしました」
「ということは
「ええ。頭は大して良くなかったですが、不覚にも一撃もらってしまいました。無論、クルーエルエンジェルで受け止めたまま吹き飛ばされたので直撃はしてませんが」
「念のため、治療しましょうか?」
「大丈夫です。ここに向かう途中で先日いただいたユグドランζを飲みましたからら。ライト君が現場にいなくてもHPを回復できて傷も治せるなんて、素晴らしい薬ですよ」
9月に改良したユグドランζの存在を聞きつけたジェシカは、
そんな経緯で手に入れたユグドランζにより、痛みを和らげHPも回復させられたのでジェシカは売ってほしいと頼んで正解だったと思った。
「そう言ってもらえると嬉しいです。テレスさんは怪我してませんか? 歩き方からして問題なさそうですが」
「お気遣いいただきありがとうございます。ジェシカ様のおかげで私は傷1つ負っておりません」
「わかりました。では、こちらの
ジェシカとテレスの治療が不要だとわかると、ライトは<神眼>を発動して白い布を調べ始めた。
(イリュージョニア。ジャッジライブラに近い効果がある布か)
ライトが調べ終わった頃を見計らい、ジェシカが声をかけた。
「ライト君、どうでしたか?」
「この布はイリュージョニアと言います。
「つまり、50%の確率でクルーエルエンジェルを強化できるんですね?」
「その通りですが、賭けに出るつもりですか?」
「出ます。そうでもしなければ、私が愚弟達の足を引っ張りかねないですから」
ジェシカの決意は固いようだ。
公爵家当主として、アルバスとイルミ、スカジに後れを取りたくないし取ってはならないと焦っているのだとライトは悟った。
「そうですか。ならば、僕も手を貸しましょう。【
ライトが技名を唱えることで、ジェシカのLUKの数値が元々の倍になった。
「ありがとうございます。ライト君が貸してくれた力、無駄にはしません」
「まだです」
「え?」
LUKの能力値を上げてもらったから、いざ挑戦と思ってイリュージョニアに手を伸ばそうとしたジェシカだったが、ライトにまだだと言われて首を傾げた。
「倍プッシュです。【
若干意味が違うような気もしないでもないが、ライトはこのセリフを言ってみたかったので気にせず言った。
再び【
「重ね掛けができたんですか!?」
ライトが【
「できるんです。効果時間は半減しますけどね。最近検証して知りました」
これはライトの嘘だ。
実際のところは、<神眼>で【
それでも、<神眼>を得たと公にするのは面倒なので、検証によってわかったことにした。
「それではいきます」
ジェシカは普段の4倍のLUKになるならばありがたいと感謝し、効果時間が切れる前にイリュージョニアを使おうと手を伸ばした。
イリュージョニアを広げ、その上にクルーエルエンジェルをそっと置いて包んだ。
次の瞬間、イリュージョニアが光に包み込まれた。
テレスは両手を組んで祈りをささげたが、ジェシカは気負うことなく平然としていた。
祈らずともライトに力を借りたため、不思議と失敗する気がしなかったのである。
その自信が良い結果へと繋がったようで、光が収まった時にテーブルの上には銀色がベースのハルバードがあった。
そのハルバードを一言で表現するならば、処刑の道具と言えよう。
容赦なく敵を狩るためだけにあり、心の弱い者がそれを見れば畏怖の念を抱かずにはいられない印象なのだ。
この場に残った以上、ジェシカは賭けに勝ったのは間違いない。
しかし、彼女はライトに
ぬか喜びだったら悲しいからだろう。
そんなジェシカの気持ちを察し、ライトはすぐに<神眼>でその性能を調べ始めた。
(リジル。これもまた北欧神話由来の武器じゃないか)
今まで
今回ジェシカが手にすることになったリジルも、北欧神話に登場する武器だ。
それに相応しい性能になっているだろうとライトは性能の調査を進める。
(クルーエルエンジェルが純粋に強化されてるや。デメリットはマシになったのかな?)
効果については間違いなく強化されていたが、デメリットには大きく変更があったのでライトは改善されたのか判断に悩んだ。
まずはリジルの効果だが、使用者が敵と判断した者を倒せば倒すだけ、使用する際のSTRとVITに補正がかかり、敵を倒した分だけ対峙した使用者以外から畏怖の念を抱かれやすくなる。
なお、心が弱い者程使用者に怯えるだけで、心が強い者からすれば畏怖の念を抱くことはない。
効果に対するデメリットは、心が弱るとリジルの効果が発揮されなくなるというものだった。
効果がなくなるだけで、
そう考えると、サディスティックな感情に押し流されるだけの方がマシだと考える者がいるかもしれない。
もしもアルバスがこの場にいれば、クルーエルエンジェルがリジルに強化されたことを喜ぶだろう。
何故なら、ジェシカが自分に厳しいことを言う可能性が減るからだ。
それに加え、ジェシカが精神的に参る状況を想像できないから、アルバスがリジルについて知れば改良であるというに違いない。
さて、ライトがリジルの性能について説明すると、ジェシカはふぅと息を吐いた。
「成功することは疑ってませんでしたが、リジルも使用者を選ぶ
「いえ、ジェシカさんが賭けに勝てば、大陸東部の
「公爵としての義務感もあると思いますが、私達のことを心配してくれてるでしょう? 私がお礼を言ったのはそちらについてです」
「家族を心配するのは当然じゃないですか。ジェシカさんだって、ドゥネイル公爵家の面子だけを考えてクルーエルエンジェルの強化に挑んだわけではないでしょう?」
ライトが言外にアルバスやイルミを守れるように強くなったのではと訊くと、ジェシカはやれやれと首を振った。
「貴方のような賢い殿方の前で隠し事はできないですね。これは愚弟には秘密にしてもらえますか? 私が甘やかしたら愚弟の気が緩むかもしれませんので」
「スパルタですね。でも、わかりました」
姉として愚弟と呼んだり厳しいことを言っても、血を分けた姉弟に変わりはないしアルバスは着実に成長しつつあると理解している。
だからこそ、ここで甘い顔はできないとジェシカは思っており、ライトもその意思を尊重した。
リジルを手に入れたジェシカ達は、まだまだやらねばならないことがあると言ってその後すぐにドゥネイルスペードへと帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます