第363話 馬鹿なんですか? 馬鹿なんですね?

 エリザベスがブリージンガメンを受け取った翌日、ジェシカはテレスを連れてドゥネイルスペード南部のソシアル湖に来ていた。


 ジェシカもまた、来たるべき戦いの前に少しでも力をつけておこうと執務の合間を縫ってレベル上げをしているのだ。


 エフェン戦争の戦利品の中には、ジェシカの望む呪武器カースウエポンがなかった。


 それが理由で、ジェシカはいまだにクルーエルエンジェルしか使える呪武器カースウエポンを持っていない。


 アルバスにはフリングホルニとナグルファルがあり、イルミにはヤールングレイプルとスカイウォーカーがある。


 スカジも1人で強力なアンデッドを複数体使役しているから、戦力という点では1パーティーぐらいである。


 そうなると、聖銀ミスリル製の呪武器カースウエポンを持たないからスカジよりも戦力で劣る。


 仮にタランフランの所有者となったテレスが加わったとして、それで初めてスカジと並ぶ。


 呪武器カースウエポンの代わりになる魔法道具マジックアイテムなんて、そう簡単には開発されない。


 モニカが頑張ってはいるものの、残念ながらこれはという成果には結びついていないのだ。


 だとすれば、ジェシカに残された戦力UPのための選択肢はレベルアップぐらいだろう。


 そのような経緯から、ジェシカは最近ソシアル湖で目撃されたネームドアンデッドを討伐しに来た。


 ネームドアンデッドは経験値も豊富だし、ドロップする呪武器カースウエポンにワンチャンあるかもしれない。


 二重の意味で美味しい可能性があるならば、ジェシカが逃すはずがない。


「いませんね。最新の目撃情報ではこのあたりにいるはずなんですが」


「そうですね。・・・ジェシカ様」


 テレスがジェシカに相槌を打ってすぐに周辺に霧がかかり始めた。


 自然に発生した霧とは思えなかったので、テレスはジェシカに声をかける。


「背中は任せます」


「かしこまりました」


 互いに警戒する範囲を180度ずつ担当すれば、1人で360度警戒するよりも隙が減る。


 ジェシカが短く指示を出すと、テレスはジェシカの背中を守るようにブレスレット型クロスボウを構えた。


 霧がどんどん濃くなり、2人の視界はそれに応じて悪くなっていく。


 耳を頼りに霧に潜む敵がいないか探るが、近付いて来る音がまるで聞こえない。


「こちらから動きます。テレス、カバーして下さい。【輝八旋シャイニングエイト】」


 横向きに8の字を描くようにクルーエルエンジェルを回すことで、ジェシカは周囲の霧を吹き飛ばす。


 その隙を敵が狙って来ることを考え、あらかじめジェシカはテレスにカバーするよう言っておいた。


 ところが、この場にいるはずの敵は攻撃を仕掛けてこなかった。


 それもそのはずで、ジェシカが吹き飛ばした霧が正面の1ヶ所に集結して巨大なミストとなった。


「これがジャイアントミストのヴァニタスですか」


 その姿をはっきりと捉えたジェシカが敵の名前を口にした。


 ヴァニタスの見た目は通常のミストの5倍もあり、象1頭と同じぐらいのサイズだ。


 白い霧で体が構成されており、目の部分だけ怪しい赤い色という外見はまさしく幽体系アンデッドである。


 ちなみに、ヴァニタスが幽体系アンデッドだったとわかっているからこそ、霧に囲まれていた時にテレスはタランフランではなくブレスレット型クロスボウで迎撃を狙っていた。


 クロスボウの矢は聖水に漬け込んでいたので、すり抜けることなく命中する。


 タランフランを聖水に漬けてしまえば、タランフラン自体がただの鋼鉄製のレイピアになるリスクがあるのでその手は使えなかった。


 呪武器カースウエポン聖銀ミスリル化するにはライトの【聖付与ホーリーエンチャント】が必要だが、ただの武器にするならば聖水作成班の聖水に漬け込むだけでも可能だ。


 これは聖水作成班がデメリット過多な呪武器カースウエポンを実験台にし、その検証結果として国内全ての領主に報告された重要な事実である。


 そういう事情で威力は弱くとも、テレスはタランフランではなくブレスレット型クロスボウで迎撃しようとした。


「ジェシカ様、申し訳ございませんが私は暗器2つでしか協力できません」


「大丈夫です。ヴァニタスは基本的に私1人で戦います。テレスはヘイトを稼がない程度にスペツナズナイフで攻撃して下さい」


「かしこまりました」


 テレスは今日のために、スペツナズナイフの刃もブレスレット型クロスボウと同様に聖水に漬け込んでいた。


 だから、テレスは刃を射出しなければスペツナズナイフを普通のナイフと同じように使って戦える。


 それでも、スペツナズナイフやブレスレット型クロスボウは長期戦に向かないから、無理せず可能な範囲で自分が攻撃されない程度のサポートで構わないとジェシカが言った。


 ジェシカは指示を出してすぐに動いた。


「【輝啄木鳥シャイニングウッドペッカー】」


 ヴァニタスは物理攻撃は効かないと高を括って避けずにいた。


 そして、ダメージを負わされるどころか後ろに吹き飛ばされた。


「馬鹿なんですか? 馬鹿なんですね?」


 ジェシカは<聖斧槍術>を会得している。


 <聖斧槍術>があれば、幽体系アンデッドが相手でも物理攻撃が効く。


 微弱とはいえクルーエルエンジェルから放たれる聖気に気づけば、ヴァニタスは避けるべきだとわかったはずだがヴァニタスは油断していたのか避けずにまともに喰らった。


 ジェシカとしても繰り出した初撃が当たるとは思っていなかったので、ナチュラルにヴァニタスをディスッている。


 実のところ、ヴァニタスを目撃した守護者ガーディアンが物理攻撃しかできず、自分への攻撃が全て無意味だったためにどうせジェシカの攻撃も当たらないだろうと考えていたのだが、ジェシカがそれを知る由もない。


 ダメージを受けたことで、正面の敵が前に挑んできた雑魚とは違うと悟ったヴァニタスは反撃に出た。


 瘴気を凝縮させると、ジェシカ目掛けて発射した。


「遅いです。【輝斬撃巣シャイニングスラッシュネスト】」


 ヴァニタスの瘴気の凝縮は時間がかかっており、それを避けられるようにジェシカは走っていた。


 それゆえ、ジェシカは放たれた瘴気の砲弾をあっさりと躱してすぐに技を放った。


 先程の攻撃でジェシカの攻撃を受けてはいけないと学んだらしく、ヴァニタスは自身の体をギュッと圧縮して広範囲に放たれた斬撃を躱した。


 それだけでは終わらず、圧縮したままの体を砲弾に変えて前方に突撃してみせた。


 霧状の体だとしても、軽トラサイズの体積が砲弾サイズまで圧縮されれば硬度が霧とは比べ物にならない。


「ぐっ、硬いですね!」


 どうにかクルーエルエンジェルで受け止めたが、衝突の威力を殺しきれずにジェシカは後方に飛ばされた。


「ジェシカ様! よくも!」


 ジェシカからヘイトを少しでも奪い、追撃を阻止せねばとテレスがブレスレット型クロスボウを連射する。


 聖気を帯びた矢が命中すると、蚊に刺された程度の不快感ではあるが無視できないようでヴァニタスはターゲットをテレスに変更した。


 体のサイズは同じまま、今度はテレスに向かって全速力で突進した。


「私を倒したとでも思いましたか? 【聖投槍ホーリージャベリン】」


 テレスの目の前までヴァニタスが迫った瞬間、横から光り輝くクルーエルエンジェルがヴァニタスに突き刺さり、そのまま樹に磔にされた。


 ヴァニタスは自信の体を圧縮していたせいで、聖気が体に回るのが通常時よりも早かったらしく、HPを大きく削られ弱っていた。


「ジェシカ様、ご無事でしたか!?」


「大丈夫です。それよりもテレス、とどめをお願いします。あれは虫の息です」


「失礼しました! とどめです!」


 自分の状態を確かめるよりも先にヴァニタスを倒せとジェシカに言われ、テレスはまだ戦闘中であることを思い出してスペツナズナイフの刃を発射した。


 【聖投槍ホーリージャベリン】によるダメージは思ったよりも深く、ヴァニタスは身動きを取れないまま射出された刃が刺さった瞬間に光の粒子となって消えた。


 その直後、ジェシカとテレスの耳にアナウンスが聞こえると同時に樹の根元に魔石とシーツのような白い布がドロップした。


 周囲に後続の敵がいないことを確認すると、テレスが魔石と布を回収してジェシカはクルーエルエンジェルを回収した。


「ジェシカ様、この布は呪武器カースウエポンですよね?」


「ヴァニタスからドロップした以上、呪武器カースウエポンであることは間違いないでしょう。ただ、私も布の呪武器カースウエポンなんて聞いたことはありません。ライト君に見せてみましょう」


「それでしたら、このまま向かわれますか?」


「ええ。わざわざ先延ばしにする理由がありませんから。テレス、蜥蜴車リザードカーを出して下さい」


「かしこまりました」


 ヴァニタスを討伐してから5分も経たない内に、ジェシカ達はダーインクラブを目指して出発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る