第365話 善は急げ! レベルアップが待ってるよ!

 11月3週目の日曜日、アザゼルノブルスの屋敷の庭ではイルミとアルバスが向き合っていた。


 アルバスはフリングホルニを持っておらず、イルミと徒手空拳による模擬戦を始めるところだった。


「アルバス君、どこからでもかかっておいで」


「イルミさん、胸を借ります。【突撃正拳ブリッツストレート】」


「遅いよ!」


 アルバスのスピードの乗った正拳突きは、イルミに技も使わずにベシッと弾かれる。


 だが、アルバスの攻撃はまだ終わっていない。


「まだ行きますよ! 【崩勢乱射ショックガトリング】」


「むむっ! 【輝闘気シャイニングオーラ】」


 アルバスが前方に拳をガンガン突き出すと、その拳圧が斬撃のようにイルミに向かって飛んでいく。


 一撃なら簡単に弾けるイルミでも、連続で放たれる攻撃は技を使わずに弾くのが難しい。


 【輝拳乱射シャイニングガトリング】で撃ち落とすのもありだが、全て撃ち落とそうとした隙を狙われる可能性を考慮してイルミは別の技を使った。


 イルミが技名を唱えたことで、その後の深呼吸で丹田から聖気を一気にイルミの体全体に展開し、そのまま体外にまで聖気を放出した。


 まだアイドルデビューする前のメアが歌っているのを見て、自分も歌いたいと言って使った時のやり方は応用であり、今この場で使ったやり方が【輝闘気シャイニングオーラ】の基本形だ。


 アルバスの【崩勢乱射ショックガトリング】は、イルミが前方に放った聖気によって相殺される。


 しかも、攻撃を攻撃で破らなかったので隙らしい隙がイルミに生じなかった。


 それが原因で、アルバスはイルミの隙を突いて攻撃することはできず、距離を取ったままの攻撃に切り替えた。


「【手刀ハンドナイフ】」


「効かないよ! 【輝手刀シャイニングハンドナイフ】」


 イルミはアルバスの放った斬撃を左腕で弾きながら前進し、輝く斬撃をお返しだと言わんばかりに放った。


「【幻影歩行ファントムステップ】【回転蹴スピンキック】」


「【陽炎歩行シマーステップ】【輝闘気シャイニングオーラ】」


「うわっ!?」


 残像を残すようにアルバスがイルミの斬撃を躱し、その足捌きを利用して回転蹴りを放った。


 しかし、イルミは発光して体の輪郭をぼやけさせてアルバスの蹴りが外れるように誘導し、至近距離から聖気を放出することでアルバスを後ろに転がした。


 立ち上がろうとするアルバスの胸の前に拳を突き付け、イルミはニッコリと笑った。


「私の勝ち」


「参りました」


 降参宣言を聞くと、イルミはアルバスを助け起こした。


「<格闘術>だけでここまでやれるようになったね。ちゃんと強くなってるよ」


「そうですかね? せめて、【輝拳乱射シャイニングガトリング】ぐらいは使わせたかったんですが」


「使っても良かったけど、屋敷を壊しちゃうかもって思ったから自重したの」


 (イルミさんが自重した!? ライトに聞かせてやりたかった・・・)


 イルミは感覚的に動くことが多いから、ライトの認識ではイルミは自重とは対極に位置する存在である。


 それなのにイルミの口から自重という言葉が出たので、イルミさんだって自重できるんだぞとアルバスはライトに自慢したくなった。


 残念ながら、ライトはダーインクラブにいるのでそれを聞かせることはできなかったのだが。


「イルミさんが屋敷のことを考えてくれて俺は嬉しいですよ」


「私達の屋敷だもん。壊したくないよ」


「イルミさんマジ天使」


「もう、アルバス君ったら」


 2人が見つめ合い、庭にライトとヒルダに匹敵する激甘空間が展開された。


 そこに、ジト目を向ける来訪者がいた。


 スカジである。


「リア充爆発しろ」


「あっ、スカジ」


「こんにちは、ホーステッドさん」


「当たり前のように私と話すと平常運転に戻るね。別に良いけど」


 そのオンオフは大したものだと思ったものの、それをスカジはわざわざ口に出したりしなかった。


「予定よりも早く仕上がったから、とりあえず合流することにしたよ」


「そうなんだ。スカジの戦力はどんな感じになったの?」


「トーチナイトとレッサーヴァンパイア、ドゥームキャリッジ、フロストレイスの4体」


「前2体は知ってるけど、後2体は知らないなぁ。詳しく教えて」


「しょうがないなぁ」


 死霊魔術師ネクロマンサーのスカジとしては、嫌悪感なく純粋な興味で使役するアンデッドについて訊かれるのは嬉しいことだ。


 イルミは無意識に人の機嫌が良くなるツボを押すことがあるため、アルバスはイルミのコミュ力に感心した。


 スカジが細かく説明したものをかいつまむと、ドゥームキャリッジとフロストレイスとは以下のようなアンデッドである。


 まず、ドゥームキャリッジはスカルキャリッジとタキシムが【融合フュージョン】によって合体したアンデッドだ。


 スカルキャリッジならば、前面に巨大な髑髏が張り付き、全体が骨で構成された蜥蜴車リザードカーという見た目になっている。


 だが、ドゥームキャリッジはヴェータラの外見をスカルキャリッジに当てはめたような見た目である。


 前面の髑髏はヴェータラの顔に変わり、人を乗せる部分はヴェータラの口だ。


 4つの車輪はヴェータラの両手両足をモチーフにしており、乗り込んだならヴェータラの亜種に捕食されていると勘違いされること間違いなしらしい。


 次に、フロストレイスを端的に表現すれば氷魔法系統のスキルを会得したレイスの上位種だ。


 青白く半透明な魔術師マジシャンが、同じく青白く半透明なローブを身に着けて宙に浮いているのがデフォルトのようだ。


「スカジすごいじゃん。レベルはいくつになったの?」


「ここに来るまでに上げたかったけど、まだ69だよ」


「69ですか!? 使役するアンデッドの数が多いとレベルが上がりにくいんですよね!? どうやってそこまで!?」


 予想以上に高かったスカジのレベルを聞き、今まで静かにしていたアルバスが思わず大きな声を出した。


 そのリアクションが気持ち良かったようで、スカジはドヤ顔で答えを口にした。


「【呼寄死者コールアンデッド】さえあればレベル上げも余裕。入れ食いだよ、入れ食い」


「よし、決めた。スカジ、今から出かけるよ。レベル上げする!」


「「えっ?」」


 イルミの突発的な一狩り行こうぜ的発言の前に、アルバスもスカジもキョトンとした。


 だが、アルバスはすぐにイルミがそう言った理由を察した。


 アルバスとイルミは今、それぞれLv72とLv70になっている。


 ところが、2人が今のレベルになったのはエフェン戦争の時であり、それ以来レベルアップしていないのだ。


 その理由として、雑魚モブアンデッドを倒しても経験値がほとんど溜まらないからだ。


 しかも、アザゼル辺境伯家の蜥蜴車リザードカーは結界車であり、それを牽引するのは”貴種”のホーリーリザードだから、アンデッドが寄り付かない。


 つまり、イルミは今の自分達のレベル上げの効率が非常に悪いから、スカジの力を借りようと考えている。


 レベル上げで最も効率が良いのは、特殊個体ユニークを倒すことだ。


 それは機会の面でも倒す者の実力の面でも難しいので、現実的とは言えない。


 次善策として、ネームドアンデッドあるいは亜種を倒すことが挙げられる。


 ただし、特殊個体ユニークと比べれば手に入る経験値は少なくなるから、自身のレベルが高い場合は相手もレベルが高くないとレベルアップは難しい。


 これも難しく質を求められないのならば、量でカバーするしかない。


 そこで、スカジの【呼寄死者コールアンデッド】が必要になる。


 スカジが【呼寄死者コールアンデッド】を発動し、雑魚モブアンデッドをガンガン集めては倒すことを繰り返すことでレベルアップを狙う訳である。


「善は急げ! レベルアップが待ってるよ!」


「行きましょう!」


「えっ? 今来たばっかなんだけど・・・」


「大丈夫。スカジはアンデッドを呼び寄せるだけの簡単なお仕事をする以外休んでて良いから」


「はぁ・・・。わかったよ」


 こうなったイルミは止まらないとわかっているため、スカジは諦めておとなしく2人に同行、いや、連行されたと言った方が適切に違いない。


 執事のキンバリーが御者を務め、結界車に乗り込むとスカジの表情が和らいだ。


「やっぱり貴族だけあって、座席が柔らかいね」


「ホーステッドさん、もしかしてドゥームキャリッジでここまで来ました?」


「そうだよ。マットを敷いて乗ってたけど、それでも硬いから長時間の移動はお尻が痛いの」


「このレベル上げが終わったら、良いマットを探しに行きましょう。協力していただいてる訳ですし、その報酬にさせてもらいますよ」


「本当? それは嬉しい」


 余程お尻が痛いことが悩みだったらしく、スカジはスッとアルバスと距離を詰めてその両手を握る。


「むぅ・・・。スカジ、アルバス君は私のだよ」


「あぁ、ごめん。別に盗ったりしないから」


 嫉妬したイルミも可愛いとアルバスは心の中で思いつつ、イルミの機嫌が悪くならないようにスカジから離れた。


 その後、アルバスとイルミがスカジの協力にしてもらい、それぞれLv73とLv71になるのは夕方までかかった。


 アザゼルノブルスに戻ると、アルバスは報酬と言った通りスカジの気に入ったマットをプレゼントした。


 イルミの思い付きに振り回されたものの、自分にも見返りがあったから付き合って良かったとスカジは思うのだった。

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