鎧の饗宴編

第359話 おーいライト、模擬戦しようぜ!

 収穫祭終了後、ライトはヘルから聞いた話を関係各所に共有して将来起こり得る戦いに向けて準備するように注意を促した。


 また、3体目の特殊個体ユニークの出現を阻止するため、各地の貴族が音頭を取って11月まで精力的にアンデッドを倒すことが決まった。


 ライトが注意するよう伝えるだけでも、既に数々の実績から根拠として信頼できる訳だが、ヘルと対話したことで得た情報となれば特殊個体ユニークが現れることは確定である。


 特殊個体ユニークと確実に対峙する者同士、また全国の貴族同士の情報連携を密にするだけでなく、この情報でパニックにならないように緘口令も出された。


 表舞台から姿を消したノーフェイス達に余計な介入をさせないためでもある。


 防衛面では領主達が準備する中、10月にはミーアとオットーが結婚した。


 ミーアがオットーに告白したというよりは、ミーアの両親が娘のためにオットーを逃してはならないと頑張った結果である。


 普段は喧嘩しているように見えてもなんだかんだ互いに気心の知れており、オットーを逃せばミーアと結婚できるような男はいないと判断し、ミーアの両親がオットーに婿入りを強く希望したのだ。


 実際、使用人達もミーアの両親と同じ考えであり、特に男の使用人はミーアの腐女子的発言に対等に物申せるオットーがずっとアマイモンノブルスに滞在することを望んでいたから、外堀からガンガン埋められたと言えよう。


 それはさておき、11月初日の今日、ライトを訪ねてアルバスがやって来た。


「おーいライト、模擬戦しようぜ!」


 (中島かよ)


 そんなツッコミは心の中だけにして、ライトは小さく息を吐いた。


「アルバス、今日は打ち合わせのはずじゃなかった?」


「それもやる。だけど、折角ダーインクラブまで来たんだぜ? 模擬戦しないと損だろ? Sランク守護者ガーディアンと戦えないのは勿体ない」


「じゃあ、アンジェラと戦う?」


「い、いや、アンジェラさんはその、ちょっと・・・」


「ブートキャンプで5対1で軽くあしらわれたのを思い出して勝てる気がしない?」


「その通りだけど口に出さなくたって良いじゃんか」


「逃げちゃ駄目だよアルバス」


 教会学校1年生だった頃、ブートキャンプの引率としてアンジェラが同行した時、ライト達はパーティーでアンジェラと模擬戦で勝負してあっさり負けた。


 それによって苦手意識が生じてしまったのか、アルバスはアンジェラに模擬戦を挑もうとしない。


 アザゼルノブルスではイルミと戦っているのだろうが、ダーインクラブに来るとライトとしか模擬戦をしようとしないのだ。


 それでは戦闘の経験に偏りが生じるだろうと思い、ライトは良かれと思ってアルバスにアンジェラと模擬戦をすることを提案した。


 痛い所を突かれてアルバスが困った表情になると、ライトは仕方ないと折れることにした。


「しょうがない。僕と戦う?」


「おう!」


 アンジェラとの模擬戦を回避できるとわかり、アルバスの表情がパーッと明るくなった。


 ライトはアルバスを連れて庭に出ると、審判としてアンジェラを呼び出してから【聖半球ホーリードーム】を使って模擬戦の準備を始めた。


 ライトもアルバスも、模擬戦で使用する武器は刃のない訓練用の物だ。


 ライトがミストルティンを使い、アルバスがフリングホルニとナグルファルを使うならばミストルティンの効果でアルバスの武器が壊されることはない。


 しかし、純粋に聖銀ミスリル製の呪武器カースウエポン同士がぶつかり合えば耐久度が落ちてしまっていざ本番という時に壊れて使えない可能性がある。


 それゆえ、訓練用の武器を使って模擬戦を行う訳だ。


「準備が整ったようですので、旦那様とアルバス様の模擬戦を行います。よろしいでしょうか?」


「いつでも良いよ」


「俺も平気だ」


「わかりました。それでは、始めて下さい」


「それっ!」


「ん?」


 模擬戦が始まってすぐに、アルバスは手に持った訓練用の大鎌を空に縦回転させるように投げた。


 ライトはその意図がわからずに首を傾げたが、すぐさまアルバスは次の攻撃をしかけた。


「【嵐連脚ストームキック】」


「なるほど。【壱式:子渡ねわたり】」


 アルバスはライトに向かって怒涛の連続跳び蹴りを放つが、ライトはそれを流れる水のように軽やかに躱しつつアルバスと距離を詰めて突きを放つ。


「げっ、嘘だろ!?」


 【輝啄木鳥シャイニングウッドペッカー】よりも広い面を素早く攻撃したにもかかわらず、ライトが全てをするりと躱して反撃まで仕掛けて来るのでアルバスは顔が引き攣った。


 それでも、しっかりと訓練用のガントレットでライトの突きを弾いて後退できたあたり、アルバスも着実に成長しているのだろう。


 そこに、アルバスが先程投げた大鎌が回転しながらライトに近い位置で落ちた。


「やべっ」


「いただくよ」


「マジかよライト!?」


「戦場で手放した武器がもう一度使えるとでも?」


「うっ・・・」


 ライトが大鎌を素早く回収し、そのまま<道具箱アイテムボックス>を使ってアルバスに使わせないようにした。


 亜空間に自分の得物が消えると、アルバスはライトの言い分が正しいと理解して言葉に詰まる。


「武器を失った時に備えた訓練だと思ってかかってきなよ」


「そうするぜ。【手刀ハンドナイフ】」


「近づかせないよ。【伍式:辰巻たつまき】」


 アルバスは右腕を横に薙ぎ、ライトに向かって斬撃を放った。


 ライトがそれを弾くか躱す隙をついて距離を詰めるためだ。


 その意図を理解し、ライトは弾くでも躱すでもない3つ目の手段を選んだ。


 杖を体の正面で曲芸に相応しい速さで回転させると、轟音と共に渦巻く暴風がアルバスの放った斬撃を打ち消し、それでも勢いが止まらずに直進するアルバスを襲った。


「力技かよ!?」


「【【【聖戒ホーリープリセプト】】】」


「マジか!? 【嵐連脚ストームキック】」


 暴風を避けようと横に大きく跳んだが、それを狙ってライトが光の鎖を3本射出するとアルバスは前方に蹴りの弾幕を張って弾く。


 しかし、アルバスが自分の攻撃を躱せるのはライトにとっては想定内だった。


 だからこそ、次の攻撃を間髪入れずに放つ。


「【漆式:午蹴うまげり】」


「かはっ!?」


 ライトは訓練用の杖の端を蹴り飛ばし、これによって杖が着地する間際のアルバスの鳩尾にクリーンヒットした。


 強制的に息を吐き出させられたアルバスは、【漆式:午蹴うまげり】の威力で後方に押し出されて背中から地面に落ちる。


「おしまい。【聖戒ホーリープリセプト】」


 起き上がる隙を与えることなく、ライトは光の鎖を素早く射出してアルバスの体を拘束した。


 身動きが取れなくなってしまえば、アルバスにはこれ以上模擬戦を続行することは不可能だ。


 それを見届けたアンジェラは、勝負ありと判断して口を開いた。


「そこまでとします。勝者は旦那様です」


「あぁ、また負けたぁ!」


「前回の模擬戦の反省は活かされてたよ。【回復ヒール】」


 そう言いながら、拘束を解いてライトはアルバスに近づいて助け起こし、そのまま治療も済ませた。


「サンキュー。開始早々に大鎌を投げたのはリスクが大きかったか」


「僕もそう思う。大鎌に注意を向けさせて隙を突き、【嵐連脚ストームキック】で相手を大鎌の落下地点に押し出すのは悪いアイディアじゃないよ。だけど、自分の意図を相手に悟られて隙を突けず、【嵐連脚ストームキック】で狙った場所に相手を誘導できなかったら武器を失うだけだからね」


「イルミさん相手に1回だけ隙を作れたから、ライトも初見なら隙ができるかもと思ったんだけどな」


「イルミ姉ちゃんは単純だから釣られたかもしれないけど、僕はフェイントに慣れてるから効かないよ。それに、イルミ姉ちゃんも一瞬気を取られても反射速度がすごいから、【嵐連脚ストームキック】で攻撃した時にはきっちり防がれたんじゃない?」


「それな。イルミさんはフェイントに引っかかったとしても、そこから対応できちゃうんだよな。ライトはそもそもフェイントに引っかからねえし、やっぱりダーイン公爵家はこの国で最強だぜ」


 これはアルバスの偽りのない本心だ。


 今の自分の工夫程度では、ライトやイルミに一撃も入れられない。


 余談ではあるが、先程の模擬戦開始早々の攻撃をヒルダやアンジェラに放ったとしても、2人とも難なく躱して反撃できる。


 ヒルダならば【渦巻鞭スパイラルウィップ】で大鎌も蹴りも防ぐと同時に反撃するし、アンジェラならば【壱式:投瞬殺とうしゅんさつ】で大鎌が落下する前に決着となろう。


 Sランク守護者ガーディアンとAランク守護者ガーディアンの差は、そう簡単には埋められないことをアルバスは改めて思い知った。


「それじゃあ、模擬戦も終わったことだし応接室に戻って打ち合わせに入ろうか」


「そうだな。悔しいけどリベンジマッチはもっと強くなってからするぜ」


 今日ダーインクラブに訪問した本来の目的は模擬戦ではないし、再戦しても勝てるビジョンが見えなかったから、アルバスはもう1回戦ってくれと言わずにライトにおとなしく従った。

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