第356話 肉牛も聖水を飲む時代が来たか・・・
「これはすごいね」
「盛り上がってるわね」
「あい!」
トールも賑やかなのはわかるので、嬉しそうに反応した。
「旦那様、ご覧下さい。飲食店の前に食品サンプルが飾られております」
アンジェラが指し示した方角を見ると、店の前に小麦粉粘土で作られた食品サンプルがガラスケースの中に飾られていた。
「うん、完成度が高いね。ダーインクラブの
「おっしゃる通りです。ジャック様が懇意にしてる
「思わぬところで見習い達を刺激してたんだ」
「流石は旦那様ですね。意図せずとも他人のモチベーションを上げるとは恐れ入ります。今なら私を罵るだけでモチベーションが2倍になりますので、是非とも罵って下さい」
「黙れ変態。自重しろ変態」
「ありがとうございます! これで今日も元気に頑張れます!」
(この救いようのない変態をどうしたものか)
そんなことを思ったものの、めでたい祭りの日に考えるような事柄ではなかったので、ライトはすぐに考えるのを止めた。
「ヒルダ、昼は何が食べたい?」
「う~ん、貴族らしくないけどこういう機会だし歩き食べをしてみたいわ」
「じゃあ、屋台で気になったものを買って食べようか」
「うん、そうしましょう!」
一般的な貴族ならば、買い食いなんてはしたないと思われるかもしれない。
しかし、収穫祭の賑わいの中で買い食いしてみたいという気持ちがあったので、ヒルダはライトが自分のリクエストに応じてくれたことに喜んだ。
早速、美味しそうな食べ物を売っている屋台がないか探すと、良い匂いがライト達の鼻腔をくすぐった。
「良い匂いだね」
「そうね。串焼きの匂いだわ」
「行ってみようか」
匂いを辿っていくと、そこにはダーイン公爵家もよく利用する精肉店の店主が串焼きを作っていた。
「おっ、領主様御一行じゃないですか! どうです、今なら丁度焼きあがった分がありますぜ? 食べていきませんか?」
「いただきます」
「若様にはこっちが良いですぜ。これなら柔らかいしウチの子供も1歳で食べれてましたから」
「それはありがたいですね。アンジェラ、会計頼む」
「かしこまりました」
アンジェラに支払いを任せ、ライト達は串焼きを1本ずつ手に取って食べる。
「うん、美味しいですね」
「肉は肉屋ね」
「んま~」
「店主、この肉は牛肉ですよね? ダーインクラブにこんな牛肉ありましたか?」
アンジェラは一口食べてみて普段の牛肉との違いに気づき、店主にどんな牛肉を仕入れたのか訊ねた。
「あ~、実はですね、これ兄貴の牧場で試験的に育てられた牛の肉なんですわ」
「試験的? 普通の牛と何を変えたんですか?」
「それが・・・、月見の塔で作られた聖水を飲み水にしたらしいんです。トーレスノブルスに負けない牛を育てたいと言ってあれこれ試した結果、まだ試してなかった聖水牛に手を出したと言ってました」
「肉牛も聖水を飲む時代が来たか・・・」
ライトが感慨深そうにそう呟くと、店主が頭を下げた。
「申し訳ございません!」
「あぁ、いや、責めてませんよ。店主、頭を上げて下さい。僕としては、牛も聖水を飲めるぐらい聖水が供給されたことが感慨深かっただけだから」
「確かにそうよね。月見の塔ができるまでは、聖水の供給が安定してなかったもの。それが牛も聖水を飲んで美味しい串焼きが食べれるようになったんだから、時代が良い方向に進んでるわ」
店主が不敬であると訴えられるのではと慌てて謝るが、ライトもヒルダもそのつもりはないと店主を落ち着かせる。
2人の言い分を聞き、店主はようやく顔を上げた。
「そう言ってもらえると馬鹿兄貴も喜ぶと思いますが、本当に良いんですかい?」
「アンデッドに抗うだけの時代は終わり、今は生活を豊かにする時代に移ってます。無駄遣いならば勿論咎めますが、聖水を牛に飲ませられる余裕が出て来たことは良いことだと思いますよ。実際、この串焼きは美味しいですし」
「うん。美味しいは正義よ」
「あい」
「なるほど。そう言われてみれば確かに良いことですわ。収穫祭なんてイベントも、それを象徴するものですからな」
「そういうことです。ごちそうさまでした」
店主と別れ、ライト達は他にも気になる屋台でちょくちょく買い食いして昼食を済ませた。
その後、ライト達が向かったのは孤児院の子供達が拓いた娯楽の屋台である。
ライト達の姿に気づくと、孤児達がニパッと笑った。
「公爵様、こんにちは!」
「公爵夫人こんにちは!」
「トール様かわいい!」
「アンジェラは変態!」
(孤児達にすら認識されるアンジェラの変態ぶりよ)
ライトは内心苦笑していたが、それを表に出さずに笑顔で挨拶した。
「こんにちは。お客さんが多いみたいだね」
「うん!」
「子供いっぱい来る!」
「大人もはしゃいでる!」
店が盛況らしく、子供達はとても楽しそうに報告している。
「それは良かったです。これは差し入れです。みんなで食べて下さい」
「「「・・・「「ありがとうございます!」」・・・」」」
ライトから差し入れを受け取ると、子供達が元気に礼を言った。
客の対応を今終えたところのソフィアは、子供の1人からライトに差し入れを貰ったと報告を受けて速やかにライト達の前にやって来た。
「ライト様、ヒルダ様、トール様、アンジェラさん、こんにちは。子供たちに差し入れを下さってありがとうございます」
「構わないよ。盛況みたいで安心したよ」
「はい。大人も子供も関係なく、お客さんは朝から楽しんでくれてます。子供達も楽しく働くことを学べてとても貴重な経験ができてます」
「それは良かった」
「丁度今、子供向けの輪投げが1つ空いてますが、トール様も遊んで行かれませんか?」
「あい!」
トールは遊ばないかと訊かれてやる気に溢れた返事をした。
ということで、ライト達は輪投げコーナーに移動した。
子供向けの輪投げは、年齢や体格によって投げるラインを変えている。
トールは1歳なので、一番前のラインに立った。
輪投げ係の女の子がトールの隣で料金分の輪を持ち、1つだけトールに渡す。
「トール様、どうぞ」
「あい」
輪を受け取ったトールは、真剣な表情になって頭の中で投げるイメージを固めているらしい。
じっくり狙いを定めると、ひょいっと輪を投げた。
元々、幼児でも投げられる重さの輪は1歳児の平均のSTRよりも高いトールにとっては軽い。
届かずに地面に落ちるなんてことはなく、きれいな放物線を描いて輪がポールに吸い込まれていった。
「トール、すごいぞ!」
「やったね!」
「流石です、若様」
「おめでとうございます!」
「あい!」
一投目から決めてトールはドヤ顔である。
その後も、トールはじっくりと狙いを定めてはポールに輪を通して全て決めてみせた。
小麦粉粘土やボール遊びで鍛えたトールのDEXが、今この輪投げで存分に発揮された訳だ。
「すごいよトール様! 満点です! おめでとうございます!」
係の女の子が拍手し、得点板にトールの得点を記録した。
当たり前のことだが、1歳児の中ではぶっちぎりの成績である。
いや、正確には3歳児までの括りで1位だ。
輪投げの得点は、ポールに書かれた点とポールとの距離によって決められる。
それゆえ、どうしても遠くから投げる年上を抑えてトールが勝つことはない。
だが、ノーミスという観点ではトップタイだ。
得点板に記入した係の女の子は、バックヤードからキラキラした装飾の輪を持って来た。
「トール様、どうぞ。景品の輪です」
「おぉ!」
その輪は孤児達が用意したトロフィー代わりの輪だ。
手作りで装飾も良く考えられた輪であり、
自分の力で何かを手に入れたことはまだなかったため、トールは達成感からその輪を持って嬉しそうに眺めていた。
「良かったね、トール。立派な成果だよ」
「おめでとう、トール。カッコ良かったわ」
「若様、素晴らしい腕前でした」
「あい!」
(トールの成長が嬉しいよ。父様や母様も僕が<法術>を使った時にこんな気持ちだったのかな)
得意気なトールの顔を見て、これが親の気持ちなんだろうと思うライトだった。
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