第357話 ライトの誕生日だからなんとか調整したのよ。誕生日おめでとう

 孤児院の出店を後にしたライト達は、教会ダーインクラブ支部に向かった。


 ライト達の姿を目にした者がすぐに支部長を呼びに行き、すぐに支部長がライト達に挨拶をしにやって来た。


「ライト様、ヒルダ様、トール様、アンジェラさん、ようこそおいで下さいました」


「支部長、こんにちは。奉納に来ました」


「わかっております。礼拝堂にお連れいたします」


 奉納とは、ヘルハイル教皇国で無事に15歳を迎えた者が行う通過儀礼のことだ。


 ニブルヘイムでは15歳から成人なので、15歳になった者はそれぞれ大変なことはあってもどうにか成人になれたとヘルに感謝する。


 その感謝の方法が最寄りの教会への金銭ないし物を納めるというものだ。


 相場としては、貴族階級から1万ニブラで平民階級から1,000ニブラ、貧民階級から100ニブラ相当が妥当とされている。


 これはライトが治療院を開いていた頃と同じ値段設定だが、実は奉納の相場を参考にしていたのだ。


 そもそも奉納というものは、各家庭の家計にダメージを与えるものではない。


 奉納と聞くと、納めれば納める程ご利益があると誤解する者もいるかもしれないが、ヘルが納められた物に手を出すことはないからどれだけ納めてもご利益に差が出ることはない。


 では、納められた物はどうなるのかと言えば、教会や孤児院の運営資金になる。


 ヘルハイル教皇国の聖職者クレリックは、聖水作成班のような残業手当が必須の部署でない限り清貧を良しとしており、贅沢は推奨されない。


 だから、奉納で集まったお金や物資を聖職者クレリックが着服するなんてことは絶対に許されず、基本的には清く正しい在り方で教会は運営される。


 例外として、腐った貴族とズブズブの関係にある聖職者クレリックがいない訳でもないが、そういった者達は”破戒者”の称号が強制的に与えられて教会にバレたら破門される。


 ”破戒者”は永久的にそのままで、上書きも消滅もされることがない。


 ”破戒者”=聖職者クレリック失格なので、バレれば人として扱われずにどの領地にも入れない。


 領地から追放された聖職者クレリックは、戦闘系スキルや生産系スキルがなければアンデッドと戦うのも身の回りのことも全て1人だけでこなさなければならないから、遅かれ早かれ死ぬことになる。


 やや脱線してしまったが、以上の理由から奉納によって得られた物は教会が贅沢をするためでなく必要なことに使われる。


 それはさておき、ライト達は礼拝堂のドアの前に到着した。


 礼拝堂の中にある祭壇に納めるのは15歳になった者のみと決まっているため、今日この時に限ってここから先はライトだけしか進めない。


 ということで、ライトはドアを開けて礼拝堂の中に入ってドアを閉める。


 祭壇の前に移動したライトは、無難に金貨1枚を用意して祭壇の上に置いた。


 変に凝った物を納めたところで、教会が扱いに困るのは目に見えているからだ。


 こういう時は、それ単体であらゆる物と交換できる金貨の方が喜ばれるのでライトも金貨を納めた。


 その瞬間、光が礼拝堂を包み込んだ。


 咄嗟に目を瞑ったライトだったが、次に目を開いたらそこは礼拝堂ではなかった。


 周りは真っ暗で、大量の本が積み上げられた空間にいた。


 (ヘル様に呼び出されたのか?)


「いらっしゃい」


 いつの間にか目の前に黒いドレスを着た銀髪赤眼の美しい女性の姿があった。


 間違いなくヘルである。


「ヘル様、今日は仕事の方が落ち着いてるんですか?」


「ライトの誕生日だからなんとか調整したのよ。誕生日おめでとう」


「ありがとうございます。まさかヘル様に祝っていただけるとは思ってませんでしたよ」


「あら、私はそんな薄情ではないわよ。前回会った時からも、ライトが頑張ってくれたおかげでダーインクラブを中心に生活水準が上がってEウイルスの被害は最小限に抑えられたもの。それに応じて私の仕事が減れば、貴方に会う時間だってとれるのよ。特に後者は放置しておけば、ニブルヘイムの人口が半減して私も業務に忙殺されて今日ライトに会えなかったわ」


「呪信旅団による被害はどうなんですか? あれだって放置してたら大変なことになりますよ?」


 呪信旅団のせいでパイモンノブルスは滅亡し、極東戦争以外でも呪信旅団のせいで死んでいる者はそこそこいる。


 それゆえ、ライトはヘルが呪信旅団について言及しなかったことを疑問に思って訊ねた。


「あれの扱いはとても悩ましいのよね」


「そりゃ悩ましいですけど」


「ライトが言ってる悩ましいと私の言う悩ましいは意味が違うわ」


 ライトの思考を読めるヘルは、自分とライトに認識の相違が見られたので待ったをかけた。


「どういうことでしょうか?」


「ライトの言う悩ましいとは、呪信旅団が齎す被害のことでしょう?」


「その通りですがヘル様は違うのですか?」


「ええ。長い時を生きる私にとっては、人類にもアンデッドにも属さない第三勢力に過ぎないもの。ニブルヘイムの歴史を振り返れば、ヘルハイル教皇国建国前にもそういった勢力は何度か出現したのよ。むしろ、建国前は建国後よりも第三勢力の出現頻度が高かったわね。4年に1回は出たもの」


「オリンピックですか?」


「そんな訳ないでしょうが」


 ヘルは思わずライトの口から出たコメントに対し、冷静にツッコミを入れる。


 ヒルダ達にはわからない事柄でも、ヘルならば理解してくれる。


 地球ネタが通じることはライトにとって嬉しいことだった。


「失礼しました。しかし、毎回ノーフェイスのような者が第三勢力を率いたのですか?」


「う~ん、それがちょっと引っ掛かってるのよねぇ・・・」


「どこが気になるのでしょうか?」


「ニブルヘイムの輪廻転生システムにあんな魂は存在しなかったはずなのよね、ライトと同じで」


「えっ?」


 ヘルの言葉にライトは驚いた。


 その言葉が表すことはつまり、ノーフェイスもライトと同じ転生者であることを意味するからだ。


「ヘル様が転生させた訳ではないんですよね?」


「当然。あんな悪に染まった魂に誰が肉体を与えようと思うのよ」


「もしかして、ヘル様はノーフェイスの魂のことを感知できるんですか?」


「できるわ。けど、今は止めておきなさい。攻め込む時期じゃないわ」


「・・・ヒルダが妊娠してるからですね?」


 ヘルが攻め込むべきは今ではないというので、ライトは少し考えてから思いついた理由を口にした。


 今まで散々手を焼いていた呪信旅団、それを率いるノーフェイスを討伐するにはヒルダの協力が不可欠だ。


 ヒルダが妊娠中の今、ライトは頼りになる右腕がいないままノーフェイスに挑むとなれば万全とは言えない。


 そう考えての発言だったが、ヘルはチッチッチと指をライトの前で左右させた。


「半分正解」


「残りを聞きましょう」


「今年の月食はヤバいのよ。ノーフェイスよりもこっちの対処に集中してほしいわ」


「何がヤバいんです?」


「瘴気の流れからして、少なくとも特殊個体ユニークが2体出るわ」


特殊個体ユニークが2体!? というか、そんなことまでわかるんですか!?」


 ヘルの口からとんでもない情報が出て来るものだから、ライトの声が思わず大きくなった。


「当然よ。一体私をなんだと思ってるの? ニブルヘイムを司る神よ?」


「でも、ヘル様の監視を搔い潜ってノーフェイスが転生してるんですよね?」


 そう言った瞬間、ライトはキッとヘルに睨まれて口を自分の手で塞いで何も言っていませんとアピールした。


「オホン。私だって全知全能じゃないのよ。できることも知ってることも多いけど、なんでもできてなんでも知ってる訳じゃないわ」


「失礼しました。人智を超えたヘル様ならば、気づけないはずがないと思ってうっかりしました」


「別にディスるつもりじゃないのはわかってるから許してあげるわ。原因がまだわからないけど、なんらかのエラーが生じた結果が今代のノーフェイスを転生者にしたのよ」


「何が原因かで対処が変わってきますね」


「そうね。ただ、ニブルヘイムの人の手によって転生したことはないと断言するわ。ニブルヘイムに生きる者全てのスキルを把握してるけど、転生に関するスキルなんて誰も持ってないもの」


「全部覚えてるんですか? 流石ですね」


「フフン、当然よ。私、神だもの。とりあえず、輪廻転生システムのエラーから調べてみるわ。まあ、そっちは私が対応するとして、話を今年の月食に戻すわよ」


 ライトのさり気ないヨイショのおかげで、ヘルの機嫌が元に戻った。


 今日はまだ話せる時間があるらしく、ライトとヘルの対話は続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る