第355話 参りました、クロエさん

 ライトの15歳の誕生日、つまり収穫祭当日になった。


 ライトは祭りの始めの挨拶のため、ヒルダとトール、アンジェラを連れてダーインクラブの中央広場にやって来た。


 中央広場はフレイが挨拶の後にライブで使うため、仮設舞台が用意されている。


 領民や旅行客が舞台を見上げる中、ライトは舞台の上に拡声器マイクを持って立った。


「今日はとても良い天気ですね。皆さんが今日の収穫祭のために頑張ってたのは知ってました。ですから、ヒルダに<水魔法>を使って晴れるようにしてもらいました。ヒルダ、晴れにしてくれてありがとう」


 ライトが後ろを振り返り、ヒルダに感謝の言葉を告げた。


「どういたしまして。みんな頑張ってたもの。私だってできることは協力するわ」


「すげぇ・・・」


「天候すら操作できるのか」


「流石はSランク守護者ガーディアンだぜ」


「ライト様だけじゃなくて、ヒルダ様も半端ねぇな」


「ありがたや~」


 ヒルダの言葉を聞くと、聴衆がヒルダに尊敬の眼差しを向ける。


 ライトは自分の行動ばかり評価されるが、ヒルダの活躍も領民に知ってほしいと思っていた。


 それゆえ、聴衆の前でわざわざヒルダの成し遂げたことを言ってみせた。


 ちなみに、天候を操作する技というのは【雲操作クラウドコントロール】という正確には雲を操作する技のことだ。


 これによって雲を散らしたり、逆に周囲の水蒸気を集めて雲を形成できる。


 ヒルダは【雲操作クラウドコントロール】を使い、今日の収穫祭にケチがつかないようにした訳だ。


 聴衆が一通りヒルダに感謝したのを確認すると、ライトは挨拶に戻る。


「さて、今日はガルバレンシア商会やサクソンマーケット、孤児院が中心となって収穫祭の準備をしてくれたと報告を受けてます。そんな収穫祭の成功こそが、僕の15歳の誕生日プレゼントだと思ってます。さあ皆さん、今日は大いに楽しんで下さい。これより収穫祭を始めます!」


「「「・・・「「おおぉぉぉぉぉっ!」」・・・」」」


「「「・・・「「ライト様!」」・・・」」」


「「「・・・「「おめでとうございます!」」・・・」」」


 ライトは一礼して舞台の袖に行くと、フレイに拡声器マイクを渡してバトンタッチした。


 フレイは拡声器マイクを片手に舞台の中央に駆け出した!


「皆さん、おはようございます! ダーインクラブ限定アイドルのフレイです!」


「フレイちゃぁぁぁん!」


「よっ、待ってました!」


「ダーインクラブの星!」


「新しい衣装似合ってるわ!」


「今日も別嬪さんじゃぞ!」


 聴衆から声援を受けてフレイは照れていた。


 しかし、照れていては話が進まない。


 だから、照れる気持ちを押さえて挨拶を続けた。


「今日はプロデューサーのライト様から、収穫祭のトップバッターを仰せつかりました! 私の歌を聞いて今日1日をめいいっぱい楽しみましょう! 聞いて下さい! ”大陸讃頌”」


 フレイが歌い始めたのは、ライトが前世の学生時代に合唱コンクールの定番として有名だった曲をニブルヘイム版にアレンジしたものだ。


 勿論、”大陸讃頌”なんて讃美歌は本来存在しておらず、ライトが作詞作曲した扱いになっているし、見本としてライトがフレイの前で歌っている。


 クローバーにも歌わせたことのない曲だと知らされた時、フレイの目がやる気に満ち溢れていたのは言うまでもない。


 それはおいといて、”大陸讃頌”の力強い歌詞を耳にして聴衆は体の底から元気があふれて来るのを感じた。


 これはライトにとっても想定外思わぬ副産物だったのだが、”大陸讃頌”は<聖歌>と相性が良かったからだ。


 今日1日を楽しんでもらうには十分なエールであり、フレイが歌い終わった時には聴衆達が盛大な拍手で称賛した。


「ブラボー!」


「感動したわ!」


「尊い!」


「ありがとうございました! それでは皆さん、気をつけていってらっしゃい!」


 フレイに見送られて、聴衆は各々回りたい所へと向かっていった。


 舞台袖に戻って来たフレイは、ライトに拍手で迎え入れられた。


「お疲れ様です、フレイさん。本番の今日に100%出し切れましたね。聞いてて元気が出て来ましたよ」


「ありがとうございます! アンジェラさん、水の方はどうでしたか?」


「ばっちりでございます。先程、旦那様に<鑑定>で確認していただきましたが、100%の聖水になっております」


「やった!」


 フレイは祭りの開会式という最も人が集まるタイミングで歌を披露するだけでなく、樽に詰まった水を聖水に変えるという仕事も同時並行で行っていた。


 ”大陸讃頌”と<聖歌>の相性の良さもあり、適正な樽の数よりも少し多かったとライトが思っていたにもかかわらず、用意した樽全てが聖水になったのだからフレイは大したものだ。


「フレ、いい!」


「トール君、ありがとうございます」


 トールが手をパチパチしながら自分を褒めてくれるので、フレイはそれを見ただけで和んだ。


「フレイ様、そろそろ次のイベントです」


「そうでした。私、優勝目指します」


 アンジェラに声をかけられると、フレイが体の間でグッと拳を握った。


 何が始まるのかと言えば、戦略遊戯ストラテジーゲーム大会である。


 中央広場では今から、予選を勝ち抜いた上位4人による戦略遊戯ストラテジーゲーム大会の決勝トーナメントが行われる。


 その4人の中に、フレイも入っているのだ。


 アイドルが賢くないと誰が決めたと言わんばかりにやる気満々なフレイは、他の選手の待つ舞台前に移動していった。


 この戦略遊戯ストラテジーゲーム大会では、優勝者がライトから金一封ということが決まっている。


 賞金も出るとなれば燃えない者の方が少ないから、エントリー数が想定の倍を超えてしまい、当日までに予選が行われることとなった。


 予選から当日行ってしまうと、選手達が収穫祭で戦略遊戯ストラテジーゲームだけして終わることになりかねない。


 それは避けようということで、収穫祭当日は決勝トーナメントだけ行うのだ。


 とういうことで、ライト達は戦略遊戯ストラテジーゲーム大会の観覧するために移動した。


 即席の会場とはいえ、貴賓席はちゃんと用意されている。


 ライト達はそこに座ってこれから始まる決勝トーナメントを見守る。


 今日の決勝トーナメントに勝ち残ったのは、フレイ以外ではクロエとケニー、カタリナである。


 ケニーとカタリナは夫婦揃って決勝トーナメントに進出している。


 そして、対戦カードは準決勝第一試合がその夫婦対決だった。


 準決勝第二試合はフレイとクロエの予定である。


 この組み合わせはくじ引きで決められたものであり、誰かが仕組んだというようなことは決してない。


 早速、夫婦対決ケニーVSカタリナが始まった。


「今日は負けないぞ」


「私こそ」


 ライトの印象ではケニーが堅い守りでカタリナが攻めだと思っていたが、実際には逆だった。


 ケニーは攻める手をガンガン指し、カタリナは堅実に守って相手のミスを誘っていた。


 その結果、指し手を悩んだケニーがミスしてしまい、それをカタリナが逃さず大勢が決まってそのまま決着となった。


 決勝戦にカタリナが進むと、次はフレイVSクロエの試合が始まった。


 フレイは勢いで攻めるタイプだが、クロエは相手に応じて柔軟に対処できるらしい。


 現に、フレイが果敢に攻めるがクロエは全く慌てることなくフレイを抑えている。


 むしろ、フレイが攻めあぐねているところを狙ってクロエが反撃を仕掛け、どんどんフレイの駒を奪っていく。


 最終的には、クロエが圧倒的な駒の差で勝った。


「ぐぬぬ・・・。クロエさん強かったですぅ・・・」


「各地で戦略遊戯ストラテジーゲームを売り歩いてますから、戦術の厚みが違うんですよ」


 (クロエ強いな。僕も戦ったら負けたりして)


 そう考えていると、ヒルダも同じことを思ったようだ。


「クロエが想像以上に強いわ。対局したら絶対に勝てるとは言えないかも」


「私もそう思います。彼女はなかなかに強敵ですね」


 ヒルダだけでなく、アンジェラの目から見てもクロエは強いらしい。


 少し休憩を挟むと、カタリナとクロエによる決勝戦が始まった。


 準決勝とは異なり、クロエが今度は攻め手に回った。


 カタリナを相手にして互いに守っていては、試合が一向に進まない。


 そう考えたクロエは準決勝とは打って変わって攻めるスタイルにしたのだ。


 準決勝でカタリナの戦術を観察していたので、クロエはあっさりとカタリナの守りの突破口を見つけて貴族ノーブルを追い詰めた。


「参りました、クロエさん」


「良い試合でした。また機会があればよろしくお願いします」


 クロエとカタリナが握手すると、ライトが立ち上がって拍手する。


 ライトの拍手に釣られて、2人の試合を観戦していた者達も続いて拍手した。


 優勝者が決まると、ライトが用意していたトロフィーを持ち、ヒルダが副賞を持ってクロエの前に移動した。


「クロエ、初代チャンピオンおめでとう。今度一局指そうか」


「ありがとうございます。その時のためにもっと鍛えておきます」


 クロエはライト達からトロフィーと金一封が渡されると、向上心のあるコメントを口にした。


 戦略遊戯ストラテジーゲーム大会が幕を閉じると、昼食にピッタリの時間だったため、ライト達は屋台を回って昼食を取ることにした。

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