第354話 デジャヴよね。メアの時と全く同じ展開だわ
9月4週目の木曜日、収穫祭まで1週間を切って準備もいよいよ大詰めとなった頃、ご当地アイドルのフレイがライトを訪ねて屋敷に来た。
「プロデューサー、見て下さい。収穫祭用にいっぱい作りました」
「・・・完成度高いね」
ライトが褒めた物とは、フレイが応接室の机に広げた応援グッズである。
3種類用意されているが、1つはフレイが<手芸>を駆使して作ったリストバンドだ。
このリストバンドには、ダーイン公爵家の家紋に祈る少女のマークが刺繍されている。
そのマークこそ、フレイのトレードマークだ。
最初はフレイの顔を刺繍しようという話だったが、いざ縫うとなると自分で自分の顔を縫うことが恥ずかしくなってライトに相談し、トレードマークを代わりに用意することになった。
トレードマークをどうするかについても、ご当地アイドル感を出すためにあれこれと話し合いがあったが、ダーインクラブと言えばダーイン公爵家なので今のトレードマークに決まった。
自分の応援グッズを自分で作ることは、一般人ならば自信過剰と言われてもおかしくない。
しかし、フレイは既にダーインクラブでは有名人であり、そのデビューの裏にいるのがライトだとわかれば領民達から嫌われることはない。
地元出身の
舞台で歌うだけでなく、地元の店の宣伝を手伝ったりすることで、偶にしか来れないクローバーよりもダーインクラブでの人気は高いと言えよう。
しかも完成度も高いのだから、フレイが自分で自分の応援グッズを作って売っても領民達は応援するために喜んで購入する。
残り2つは、スポンサーであるガルバレンシア商会とサクソンマーケットとのコラボグッズだ。
具体的には
両方とも側面にそれぞれガルバレンシア商会とサクソンマーケットのマークが入っており、正面はフレイのマークが入っている。
ファン達がリストバンドに法被、ハチマキの全てを身に着けて舞台を見に行けば、それはもうライトが前世で知るアイドルのコンサートと何も変わらない。
ニブルヘイムにはまだドルオタなんて概念はないし、フレイよりも先に売り出しているクローバーにだっていない。
「プロデューサー、実は当日の衣装も持って来たんです。新調したのを実際に着てみますので、見ていただけませんか?」
「わかりました。使用人の部屋で着替えて下さい」
そう言うと、ライトは呼び鈴を鳴らした。
普段ならば、アンジェラが10秒と待たせずに馳せ参じるのだが、今日はどうしたのかやって来ない。
30秒後、のんびりしたノックの音が聞こえた。
「アンジェラさんは~、今手が離せないみたいだから私が来たよ~」
そう言いながらロゼッタが入って来た。
「パパ!」
「ロゼッタ、トールと遊んでたところ?」
「そうだよ~。でも~、ライ君が用事だと思って一緒に来たの~」
「そっか。そうしたら、フレイさんを使用人の部屋に案内してくれ。舞台当日の衣装に着替えたいんだって」
「は~い。こっちで~す。ライ君~、トール君と待っててね~」
ロゼッタはトールをライトに預け、フレイを連れて使用人の使う部屋に移動した。
ロゼッタとフレイが応接室を出ていくと、ライトはトールに話しかけた。
「トール、今日はどんな遊びをしてたのかな?」
「ロゼ、ボール、コロコロ!」
「ロゼッタとボール遊びをしてたんだね?」
「あい!」
「楽しかったみたいで良かったよ」
「あい!」
ライトがトールの頭を撫でると、トールは嬉しそうに笑った。
そこに、またしてもノックの音が聞こえる。
ロゼッタ達が戻って来るには時間が早過ぎるが、とりあえずライトは返事をした。
「どうぞ」
「ライト、私だよ。あら、トールもいたのね」
「ママ」
「ヒルダ、どうしたの?」
「さっき廊下でロゼッタとフレイにすれ違ったの。これから舞台の衣装のお披露目なんでしょ? 一緒に見ようと思って」
「なるほど。じゃあ、一緒に待ってようか」
折角フレイが舞台衣装を収穫祭に先行して見せてくれるのならば、感想は多い方が良いだろうというヒルダの考えに賛成し、ライトは図らずも応接室で家族の時間を取ることができた。
2人がなかなか応接室に戻って来ないので、ライト達がボール遊びで時間を潰していると、のんびりしたノックがドアの向こうから聞こえた。
「ライ君~、着替えて来たよ~。入るね~」
「良いよ」
「じゃ~ん」
そう言いながらロゼッタがドアを開けると、ライト達が初めて見る衣装のフレイが入って来た。
だが、ツッコミどころはそのすぐ後にあった。
「ねえ、何やってんのロゼッタ?」
「デジャヴよね。メアの時と全く同じ展開だわ」
「1着余ってたから着させてもらったの~」
ライト達がツッコミを入れたのは、ロゼッタの服装がいつもの服装からフレイが今までの舞台で着ていた衣装に代わっていたからだ。
メアの衣装のお披露目の時も、イルミとクロエがメアの衣装姿を見て自分も着たくなったと言ってアイドルの衣装で現れた。
どうやら、ニブルヘイムではソロのアイドルの衣装お披露目は邪魔が入るお約束らしい。
「ロゼ!」
「は~い。今だけは~、トール君のアイドルのロゼだよ~」
「あい!」
トールはロゼッタのアイドル衣装が気に入ったのか、ニコニコしながら拍手した。
その一方、困惑した表情のフレイが恐る恐る口を開いた。
「あの~、私の新しい衣装についてコメントを貰えないでしょうか?」
「あぁ、ごめん。そうですねぇ・・・。月夜をイメージした衣装ですよね。神秘的な感じがして似合ってますね」
「そうね。フレイの場合、可愛い系よりもクール系の方が似合ってる」
「あっ、ありがとうございます。でも、それって私はフリフリに向いてないってことでしょうか?」
現在のフレイは、髪型をメアの真似をせずにクールショートとも呼ぶべき髪型になっている。
それゆえ、衣装も髪型に合わせてクールな感じの方が似合っている。
勿論、今までに来ていたアイドルらしいフリフリのある衣装も悪くはないのだが、フレイの外見を活かすならば今着ている衣装が効果的である。
加えて言うならば、のんびりマイペースなロゼッタがフリフリのある衣装を着た方がしっくりくるし、体の一部分もロゼッタの方がフレイよりも大きいことが余計にそれを強調している。
「人には得手不得手があるんですよ」
「そうね。フレイのスレンダーな体はそっちの衣装の方が合ってるよ。逆に、ロゼッタだと似合わなくないけど今着てる衣装よりはしっくりこないと思う」
「うぅ、メアに大きさで勝ってると思ってたのに、ロゼッタさんに負けて複雑な気分です。ロゼッタさん、脱いだらすごかったんです。参りました」
「ドヤァ」
普段の服の上からではわからないが、使用人の部屋で着替えた時にフレイが見たロゼッタのプロポーションの良さは想定外だったらしい。
ロゼッタは張り合うつもりがあった訳ではないものの、参りましたとフレイに言われたからには勝ち誇った方が良いのかもと思ってドヤ顔を披露した。
もっとも、ロゼッタが脱いだらすごいとはいえ、脱がなくてもすごいヒルダには敵わないのだが。
「まあまあ。でも、フレイの新しい衣装は本当によく似合ってますよ。きっとファンのみんなも喜んでくれます」
「そ、そうですか?」
「勿論です。それに、フレイさんが評価されてるのは歌の実力と人柄もですよ? そりゃ、見た目も重要な要素かもしれませんが、だからと言って他の要素を疎かにして良い訳じゃないんです」
「そうですね。そうですよね! わかりました! プロデューサー、ありがとうございます!」
若干メンタルがやられ気味だったフレイだが、ライトに励まされて元気を取り戻した。
その後、ライトとヒルダはフレイと一緒に収穫祭当日の流れを確認し、フレイの舞台が成功するように時間をかけて話し合った。
話し合いが始まると、アイドル衣装のロゼッタはトールを連れて使用人の部屋に行っていつもの服装に着替えた。
ロゼッタが衣装を応接室に戻しに来た時には、ライト達の話し合いは終わっており、当日が来るのを待つだけとなった。
収穫祭まで残り数日の時間は、何事も問題なく流れていよいよ本番当日を迎えた。
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