第339話 ライト、お前って奴はマジで頼りになるな!
金曜日、アザゼルノブルスではアルバスとイルミが頭を抱えていた。
「どうしましょう・・・」
「どうしよう・・・」
2人が頭を抱えていた理由とは、ティック侯爵が取引制限量を超えたエフェンを輸入した件で、今後疑わしい状況にならないようにエフェンの取引を一切禁止したことで、治療院で痛み止めとなる薬が足りなくなったからだ。
大陸東部のアザゼルノブルスは、大陸南部とは違ってセーフティーロードがない。
それゆえ、呪信旅団対策が必要なのと同時にアンデッド対策が必要である。
残念ながら、戦闘があれば負傷する者も当然出て来る。
ライトがいれば<法術>ですぐに治るのだが、ライトはダーインクラブにいる。
そうなると、治療院で負傷した
ユグドランβに鎮痛作用があるので、今はこれの輸入に切り替えているが、エフェンを使えないのならユグドランβを使えば良いと考える貴族は多い。
それが原因で、満足のいく量のユグドランβが手に入らないのだ。
治療院の医者達から、ユグドランβをもっと輸入するか、それが無理ならエフェンの使用を解禁してほしいと陳情があった。
エフェンの場合、用法用量を間違えなければ中毒になることはないので、扱いに自信がある医者達はエフェンの使用を解禁したって問題ないと思っている。
現場は問題ないと判断するかもしれないが、アザゼルノブルスを統治するアルバスとしてはティック侯爵家が取り潰しになった例があるので簡単に首を縦に触れないのだ。
「ユグドランβ以外に鎮痛作用のある薬があれば良いんですが・・・」
「鎮痛作用・・・。湿布ならあるよ? 使う?」
「それがなくなると、いざって時にイルミさんが動けなくなります。気持ちは嬉しいんですが、それはイルミさんが大切に使って下さい」
「わかった」
イルミがライトから貰った湿布だけでは焼け石に水なので、アルバスはイルミの気持ちに感謝しつつ丁重に断った。
「でも、湿布をアザゼルノブルスで生産できたら事態は少しマシになるんですよね」
「作れれば良いの?」
「イルミさん、作り方知ってるんですか?」
「私は知らないよ。でも、この前ライトから湿布の残りが減ったら治療院に持って行けって言った手紙を貰った。これなんだけど」
「見せてもらっても良いですか?」
「良いよ~」
アルバスはもしやと期待を込めてイルミからその手紙を受け取った。
すると、その手紙にはイルミが面倒をかけて申し訳ないという謝罪と添付したレシピ通りに湿布を作ってイルミに渡してやってほしいと書かれていた。
(ライト、お前って奴はマジで頼りになるな!)
アルバスはこの場にいないライトに感謝した。
イルミが湿布を切らす度にダーインクラブに取りに来るのは手間だと判断し、ライトは湿布のレシピをイルミに託していた。
湿布のレシピは貴重なものだが、イルミが湿布切れによって全力で戦えずに命を落とすことは避けたいという思いからレシピを手紙に添付したのだと思うと、ライトの優しさがよくわかった。
「イルミさん、これがあればエフェンに頼らなくて済みますよ!」
「そうなの? 私、お手柄?」
「お手柄ですとも! イルミさんは最高です!」
アルバスに褒められ、イルミはドヤ顔を披露した。
幸い、アザゼルノブルスは薬品の扱いに長けた治療院もあるので、アルバスはイルミと共に手紙とレシピを持ってその治療院に行くことにした。
アルバスとイルミが向かったのは、アザゼルノブルス治療院だ。
領地の名前を使っているだけあって、領内では最も設備も在籍する医者の腕も良いと評判の治療院である。
「院長はいるか?」
「辺境伯様!? すぐに呼んで参ります!」
治療院に入ってすぐ、受付の女性にアルバスが声をかけると、まさかアルバスが来るとは思っていなかったので驚いて大声を上げた。
しかし、受付としての役割は忘れておらず、動揺していてもしっかりと院長を呼びに奥へ向かった。
受付の女性が呼びに行ってからすぐに、院長がやって来た。
余談だが、アザゼルノブルス治療院の院長は鋭い目つきの中年の男性であり、クマのような見た目のせいで怖がられてしまうこともあるが基本的に優しい。
「辺境伯様、辺境伯夫人、急にどうされたのですか?」
「院長に見てもらいたいものがあって来た」
「私にですか? わかりました。院長室へご案内します」
院長はアルバスとイルミを連れて院長室に入った。
「お二方に相応しい椅子でなくて恐縮ですが、どうぞお許し下さい」
「それは構わない。ね、イルミさん?」
「そうだよ。院長、変に緊張しなくて良いからね」
「わかりました」
イルミに言われ、院長の表情がほんの少しだけ柔らかくなった。
もっとも、その違いは院長をよく知る者にしかわからないレベルなので、アルバスにもイルミにもわからなかったのだが。
着席したアルバスはイルミに促して手紙を渡してもらった。
「院長、まずはその手紙を読んでもらえますか? ライトからの手紙です」
「ダーイン公爵の手紙ですか!?」
「「院長?」」
急に院長が大きな声を出すものだから、アルバスもイルミも首を傾げた。
2人に変に思われたかもしれないと気づいた院長は、オホンと咳払いして弁解した。
「すみません。私、こう見えてダーイン公爵のファンなんです。お若い時から人命を救うその姿勢、まさしく医者の鑑です。1人の医者として彼を尊敬しております」
「うんうん、そうだよね。私自慢のライトだもん」
ライトのことを院長が尊敬しているとわかると、イルミは嬉しそうに頷いた。
それから、院長は手紙を読み始めた。
じっくりと読んだ後、院長は顔をゆっくりと上げた。
「湿布のレシピをお持ちいただいたということは、エフェン代わりに湿布を普及させよということでよろしいでしょうか?」
「その通りだ。できるか?」
「お任せ下さい。こんなに丁寧なレシピを見て作れなければ、私は医者を辞めます。できなければ医者を名乗る資格はありません」
(そこまで言うか。いや、確かに素人の俺が見てもわかる書き方だったもんな)
院長がビシッと言ってのけると、アルバスは自分がレシピを読んだ時のことを思い出した。
「それは心強いな。湿布の作成に成功すれば、ユグドランβは節約できると思うが院長の考えはどうだ?」
「私もその認識です。
「良かった。では、まずはアザゼルノブルス治療院で作成し、上手くいけば他の治療院にも作り方を伝えてくれ。アザゼルノブルス内で利権争いなんかしてたら、パイモンノブルスに襲われる可能性が上がる。くれぐれも気を付けてくれ」
「お任せ下さい。アザゼルノブルス一の治療院である当院が先導し、エフェンがなくても問題ない医療体制を構築して見せましょう」
「ああ。よろしく頼む」
アルバスとイルミは院長は握手を交わし、その後屋敷へと帰った。
屋敷を出る前とは違って、アルバスもイルミも明るい表情をしているので、屋敷の使用人達は交渉が成功したと知り安堵した。
一仕事終えたアルバスとイルミは、時間も丁度良かったのでお茶の時間にした。
「アルバス君、院長がライトのファンで良かったね」
「そうですね。もしもプライドが高くて、自分達のやり方に口を出すななんて言われたらどうしようかと思いました」
「ちょっときつい感じの見た目だけど、柔軟な対応をしてくれたから良い人だよ」
「俺もそう思います。それにしても、ライトってその場にいなくても影響を与えますよね」
「ライトだもん。私、家にいた時は困ったらライトが合言葉だったよ」
そこはまずパーシーやエリザベスに相談するのではと思わなくもなかったが、アルバスも教会学校では困ったら教師よりも先にライトに頼っていたのでツッコめなかった。
とりあえず、エフェンに再び手を出さなくて済みそうだとわかったため、アルバスもイルミもお茶を美味しいと感じる余裕ができたのだった。
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