第338話 何よこれ? 絶対に人が飲む色じゃない私のユグドランεはどこ?

 翌日の木曜日、ライトとヒルダ、アンジェラ、ルクスリアは執務室に集まっていた。


 全員揃ったところでライトが口を開いた。


「結界の弱点対策について話し合いたいんだ。アンデッドの侵入を許さず、近寄らせないことについては定評のある結界だけど、呪信旅団のような悪意を持った人間に対して効果はないんだ。結界の性能は変えられないから、結界の弱点を補えるようにしたい」


「衛兵の強化が必要だと思うわ」


「そうだね。戦闘になったら面倒だと思うぐらいにはしたいところだけど、衛兵を強化する方法にはどんなものがあると思う?」


「装備を聖鉄製にするとか?」


「それぞれの衛兵の実力を高める必要もあると思います」


『ユグドラ汁を支給したら?』


 ライトの問いかけに対し、ヒルダ達はそれぞれに考え付いたことを述べた。


「順番に考えてみよう。ヒルダの案は即効性がありそうだけど、コストをどうするかだね。鉄と聖鉄だったら、間違いなく後者の方が強い武器になるから、聖鉄製の武器を支給するだけでワンランク上の実力になると思うけど」


「旦那様、錬金魔法陣を使ってはいかがでしょうか? あれを使えば、石を鉄に変えられるんですよね?」


 先日、ライトから錬金魔法陣の存在を打ち明けられたアンジェラは、それが使えるのではないかと提案した。


『良いんじゃないかしら。石だけじゃなくて、他にも不要になった物も鉄に替えれば、ライト頼みにはなっちゃうけれど衛兵全員分の聖鉄を用意できるわね』


 錬金魔法陣を使うのも、それでできた鉄を聖鉄にするのもライトだ。


 聖鉄さえできれば、後は鍛冶屋が衛兵が使う武器を用意するから、コストはライトのMPが大半であることに目を瞑れば、領内の鍛冶屋にも仕事ができて経済が回る。


 悪い考えではないと言えよう。


「そうだね。聖鉄製の武器の支給はやってみよう。次にアンジェラが言ってた衛兵の実力を上げるってやつだけど、アンジェラには短期間で衛兵を強くする方法が思いつく?」


「その条件ですと、真っ先に思いつくのはルクスリア様がおっしゃったようにユグドラ汁の支給ですね」


「なるほど。ただ、ユグドラ汁の材料も限りがあるから、衛兵の分まで用意するっていうのは無理があるんだよね。ロゼッタが全て賄ってくれてるけど、せいぜい自分達と関係の強い人に少しだけお裾分けするのがやっとだ」


『だったら、ユグドランεの出番ね。あれなら全能力値とまではいかないけど、1回100ml飲めばSTRとVITは強化できるわ』


「ユグドランε? ・・・あぁ、ダーインレポートにあったっけ。ちょっと待ってて」


 ルクスリアからその名を聞き、どこかで聞いた覚えがあったライトはそれがダーインレポートに記載されていることを思い出した。


 <道具箱アイテムボックス>からダーインレポートを取り出すと、該当のページを開いて作り方を確認した。


 ライトが今までユグドランεを作らなかったのは、これがユグドラ汁の下位互換だからである。


 ユグドランεを作る時間があるならば、ユグドラ汁を作った方がステータス向上の点で効率的なのだ。


「確かに、これだったら衛兵全員に支給できそうだね。必要な素材もユグドラ汁に比べれば集めやすい物ばかりだし」


『ただ、1つ懸念点があるのよね』


「懸念点?」


『そこに書いてないけど、ユグドランεって滅茶苦茶不味いのよ』


「改良前のユグドラ汁とどっちが不味い?」


『甲乙つけ難いわね。でも、強いて言うならユグドランεかしら』


「その言い方、改良前のユグドラ汁が滅茶苦茶不味いって自覚あるじゃん」


 ライトがルクスリアにジト目を向けると、ルクスリアの目が泳いだ。


『べ、別に最初から美味しいなんて言ってないわ』


「僕はあれを飲んで良薬は口に苦しって言葉が大嫌いになったよ」


『人生何事も経験なのよ。とりあえず、ユグドランεを1回作ってみたらどうかしら?』


「そうだね。作ってる内に改良する方法が見つかるかもしれないし」


 改良前のユグドラ汁から話を変えたいルクスリアは、ライトにユグドランεの作成を促した。


 その意図が見え見えだったが、どうせユグドランεを作ってみなければ始まらないとわかっていたので、ライトはそれに頷いた。


 MP節約のため、英霊降臨を解除したライトはヒルダとアンジェラを連れて庭へと向かった。


 庭に移動すると、ライトがユグドランεの作成に必要なものをテーブルの上に載せていく。


 必要となる素材は、マッシブウコギとアーマーチャヅル、牛脂とウィークの葉、水である。


 マッシブウコギはダーインクラブに群生地があり、アーマーチャヅルはニブルヘイムのどこでも雑草レベルで生えているから、他のユグドランシリーズに比べてユグドランεが作りやすいのは確からしい。


「ライト、牛脂だけ妙に浮いてる気がするんだけど・・・」


「僕もそう思う。さあ、気を取り直してユグドランε作りを始めよう。ヒルダはウィークの葉をみじん切りにして」


「わかったわ」


「アンジェラはアーマーチャヅルを細かく刻んでからフライパンで炒めて。油は牛脂を使うこと」


「承知しました」


 ヒルダとアンジェラに指示を出すと、ライトもマッシブウコギを細かく刻んでから、擂り鉢で擂り潰す作業に入った。


 3人の作業が終わると、ライトはそれらを薄くて清潔な布に包んで水の入った鍋に入れて茹で始めた。


「これを茹でたら完成なの?」


「そうだよ。沸騰後3分はそのままにして、火を止めてからも3分待つんだ。そうすることで、布の中の素材からエキスが鍋に滲み出てユグドランεができるから、そうなったら冷ますだけ」


 ライトの言った通りに作業を進め、冷ます作業はヒルダが鍋を【水牢ウォータージェイル】に閉じ込めることで時間を短縮した。


 少し時間を置くと、ヒルダが【水牢ウォータージェイル】を解除する。


 鍋が手で触れても問題ないぐらい冷めたので、ライトは鍋の蓋を開けた。


 すると、ライトは首を傾げた。


 鍋の中身の液体が薄茶色だったからだ。


「あれ、ダーインレポートに記された色よりも薄い? レシピ通りに作ったのに」


 ライトはすぐに<鑑定>を発動した。


 その結果、できあがった薬はユグドランεだった。


 (このパターン、ユグドラ汁の時にもあったな。何が違うんだ?)


 初めてユグドラ汁を作った時も、レシピ通りに作ったはずなのにできた物の色が違った。


 あの時はクレセントハーブの質がユグドラ汁の性質に差が出た原因だったが、今回は何が原因なのか。


 ライトは考えてすぐに原因に思い当たった。


 (わかった、ウィークだ! このウィーク、聖水で育てたやつだった!)


 エネルギーポットに植えて聖水で育てたウィークは、生った実が野イチゴのような味のする甘味なので当然屋敷でもそのように育てている。


 ライトにとってのウィークは、自分で育て方を見つけたものという認識だったから少しだけ気づくのが遅れたが、普通のウィークは道端に生えているだけだ。


 間違ってもエネルギーポットに植えられていないし、聖水も与えられていない。


 レシピに変更があったので、ライトは英霊降臨でルクスリアを呼び出した。


『ユグドランεはできたの?』


「できたよルー婆。でも、ユグドラ汁の時と同じ展開っぽい。これ見てよ」


 ライトに促されたルクスリアは、鍋の中身を見て目を丸くした。


『何よこれ? 絶対に人が飲む色じゃない私のユグドランεはどこ?』


「ルー婆、またそんな碌でもない物を飲ませようとしたの?」


『うぅ、私が味わった苦痛をライトが味わうことがないなんて・・・。不条理よ』


「なんてことを言うんだ。まあ、ルー婆は放置で良いや。ちょっと飲んでみようか」


 項垂れるルクスリアは放置して、ライトはヒルダとアンジェラに試飲用のカップを用意して一口ずつ注いだ。


 色は麦茶よりも薄い茶色になったが、味はまだわからない。


 それゆえ、不味い可能性も考慮して一口ずつにしたのだ。


 ライト達はカップに手を伸ばし、覚悟を決めてユグドランεを口にした。


 (うっ、薄い麦茶みたいな見かけして、漢方薬みたいな味がする・・・)


「一瞬甘いと思ったら後から苦さが来たわ・・・」


「上げて落とすとは恐ろしい薬です・・・」


 甘い薬だと思って喜んだら、そのすぐ後から苦さがやって来たのでヒルダとアンジェラはしょんぼりした顔になった。


『何を甘っちょろいことを言ってるのよ。私が作ったユグドランεなんて、苦くて酸っぱいのよ? 甘さを感じただけでもマシじゃないの』


「ウィークを贅沢に育てて良かった。昔の僕を褒めてやりたいよ。さあ、口直しに水を飲もう」


「うん、ライトは昔から偉いわ」


「そうですね。旦那様は昔から偉い方でした」


 ライトが口直しに水を人数分用意したおかげで、3人の気分がかなりマシになった。


 後日、衛兵達は強くなるためとユグドランεを飲んで呻くことになるが、強さの代価として甘んじて受け入れるべきだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る