第340話 直球で言った! 流石はヒルダ! 僕に言えなかったことを平然と言ってのける!
6月3週目の月曜日、アンジェラがライトを訪ねて執務室にやって来た。
「旦那様、アンジェラです。入ってよろしいでしょうか?」
「良いよ」
「失礼します」
特にライトから用事を頼もうと思っていなかったタイミングだったので、ライトはアンジェラにどんな用事があるのか訊ねた。
「どうしたの?」
「月見の塔の件で相談したいことがございます」
「月見の塔のことで? どんな相談?」
月見の塔の名前が出て来るとは思っていなかったので、ライトは相談内容に見当がつかなかった。
「月見の塔で働く女性ですが、アイドルになれそうな人材がおります。クローバーの後続としてアイドルにするのはいかがでしょうか?」
「アイドルに? そんな人材いたの?」
「月見の塔で働き始めた時は地味で真面目にしていたそうですが、クローバーがダーインクラブで休暇中に行ったゲリラライブを見て憧れたらしく、年明けから垢抜けた見た目になりました。最近では、クローバーの歌う讃美歌を余興代わりに披露することもあるとのことです」
「そうだったんだ。ところで、なんでアンジェラがそんなこと知ってるの?」
「先日、私が月見の塔に旦那様から頼まれた用事で出向いた際、見慣れない女性が昼休みに歌っていたので誰かと訊ねたらその事実が発覚しました。クローバーの皆様は国内各地を回りますが、ダーインクラブ専属のアイドルがいても良いのではないかと愚考します」
「なるほどね。でも、会ってみないと僕からはなんとも言えないよ。資質があるのか、本人にアイドルになりたいって意思があるのか確かめないとね。僕達の都合でアイドルになってくれって一方的に言うのは違うと思うからさ」
「であれば、すぐにお会いすることができますよ? 応接室に待たせておりますので」
「なんで・・・、って今日は月次の検品の日だったね」
「左様でございます。偶然ですが、今日こちらに来たのがその候補者なんです」
月見の塔で作られる聖水は、その品質を高い水準でキープするべく月に1回はダーインクラブの屋敷に運び込まれてライトの<鑑定>で検品を行う。
品質が低いと効果も薄れてしまうので、月に1回は欠かさず確認するようにしているのだ。
今日は聖水を持ち込んだのがアイドル候補者だったため、アンジェラが思い出したように自分に提案したのだろうとライトは察した。
「わかった。検品のついでに話をしてみよう。応接室にいるんだよね?」
「はい。聖水もそちらに置いてあります」
検品とその結果報告を別の部屋でやる理由もないので、当然のことながらアイドル候補者は持ち込まれた聖水と一緒に応接室で待機している。
ライトはアンジェラに連れられて、応接室に向かった。
その途中でヒルダとばったり会い、ヒルダもアイドル候補者のことが気になったので同席することとなった。
応接室にライト達が入ると、アイドル候補者がビシッと立ち上がって頭を下げた。
「お邪魔しております、ダーイン公爵、公爵夫人」
「そう固くならないで良いですよ。頭を上げて下さい」
「はい。ありがとうございます」
自分の許可を得て頭を上げたアイドル候補者の顔を見て、ライトは<鑑定>を使わずともその正体に気づいた。
「フレイ=キャンベルさんでしたよね? 随分雰囲気が変わりましたね。クローバーのメアさんを意識してるんですか?」
「ひゃい! あっ、申し訳ございません!」
ライトに言い当てられたことに動揺し、フレイは思わず噛んでしまった。
メアを意識しているとライトが判断したのは、フレイの髪型がツーサイドアップだったからだ。
メアがダーインクラブで休暇をしていた時も、アルバスの結婚式に参加した時も彼女の髪型がツーサイドアップだった。
しかも、髪を留めるリボンも色と形がそっくりだから、正直狙っているとしか考えられない。
ちなみに、フレイ=キャンベルはヒルダと同い年であり、教会学校ではメアと同じクラスに所属していた。
彼女の実家はダーインクラブにあり、メアが要チェックという判定を下しはしなかったものの、月見の塔が聖水を作成できるようになったおかげで彼女は地元で就職できたのだ。
ライト達はフレイと知り合いではあるものの、フレイは公爵や公爵夫人となったライトやヒルダにフランクに接することができるような性格ではないから、このように応対が固くなってしまっている。
「落ち着いて下さい。メアさんの真似をしたって良いんですよ。アイドルという職業は、女性に憧れられてなんぼですから」
「は、はい。あの、今日は聖水の検品で来ました。ご確認いただけますでしょうか?」
「わかりました。今チェックしますね」
フレイが恥ずかしそうに話題を変えようとするので、ライトはそれに逆らってアイドルの話をするのはかわいそうだと判断して<鑑定>を発動した。
その結果、持ち込まれた聖水はどれも月見の塔で作成されたものとして求める基準を満たしていたことがわかった。
「終わりました。問題ありません。ばっちりです」
「ありがとうございます」
聖水の検品が終わったので、フレイが立ち上がってお礼を言おうとするとヒルダが口を開いた。
「フレイ、ちょっと待った。1つ聞きたいんだけど良いかしら?」
「なんでしょう?」
「貴女、アイドルになりたい?」
(直球で言った! 流石はヒルダ! 僕に言えなかったことを平然と言ってのける!)
ライトの脳内ではズキュウウウンという擬音が聞こえた。
フレイは一瞬呆然としたが、それを頭の中で半数するとあたふたし始めた。
「べべべべ別に、そんなことありますよ!?」
「なりたいんだ」
「はひっ!? 間違えました!」
滅茶苦茶動揺しているが、本心はアイドルになってみたい願望があるようである。
「【
急激な精神的ストレスによる混乱状態だと診断し、ライトはすぐに適切な処置を行った。
それにより、フレイは落ち着きを取り戻した。
「フレイ、別に悪いことを考えてるんじゃないんだから堂々として良いの。それで、どうなの? アイドルになりたいの?」
「・・・なれたら良いなって思ってます」
「だそうよ、ライト」
「ありがとう、ヒルダ」
質問の仕方は強引だったが、ライトが知りたかったのは本人の意思だった。
だから、ヒルダのおかげでフレイの意思確認ができたのでライトはヒルダにお礼を言った。
「フレイさん、ここで1曲歌えますか? できれば、月見の塔で歌ってる時と同じようにしてもらえるのが理想です」
「ここでですか?」
「はい。アイドルを目指すというならば、月見の塔の身内以外の前でも歌えなくては駄目でしょう? クローバーをプロデュースしたのは僕です。僕の前で自分の実力、試してみたくはありませんか?」
ライトが煽るように言うと、フレイは覚悟を決めた表情で立ち上がった。
「わかりました。歌います。いえ、歌わせて下さい」
「良いですよ。好きな曲を歌って下さい」
「はい。それでは聞いて下さい。”祈りを捧げよ”」
フレイが選んだ曲は、ライト達がアルバスの結婚式で聞いた曲だった。
<祝詞詠唱>しか持っていないはずのフレイだったが、歌に込められた感情は熱いものが感じられた。
歌い終わってやり切った表情のフレイに対し、ライト達は拍手で応じた。
「<祝詞詠唱>だけでここまで見事に歌えるとは驚きです。フレイさんも歌がお好きなんですね」
「好きです。歌ってると、感情が解放される気がしてとても気持ち良いです」
「そうですか。では、こちらを飲んでみて下さい」
そう言うと、ライトは
フレイは毎日見ているので、それが何なのかすぐにわかった。
いや、正確には毎日見ているのは今手に持っている物の下位互換に過ぎない。
それがわかっているからこそ、フレイの手は震えた。
「よろしいのですか?」
「構いません。フレイさんがアイドルになれるかどうかは、それを飲んでスキルが強化されるかどうかで決まります。歌がお好きならば、きっとスキルは応えてくれるはずですよ」
「・・・いただきます」
ライトの言葉に頷くと、フレイは受け取った聖水を一気に飲み干した。
全力で歌って喉が渇いていたようで、それは見事な一気飲みだった。
その直後、フレイの体から神聖な光が仄かに光った。
「<聖歌>を獲得したようですね。<鑑定>で確かめても良いですか?」
「お、お願いします」
緊張した表情で答えるフレイを見て、ライトは無駄に緊張する時間を延ばすことがないようにパパッとフレイのステータスをチェックすることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます