第324話 まだ14歳だけど何か?

 トールの誕生日から3日後、ライトは執務室でとある作業が運良く成功した。


「できちゃったね・・・」


『できちゃったわね・・・』


 その場にいたのはライトとルクスリアで、やっていた作業とは信号棒シグナルスティックの改良である。


 では、どんな改良に成功してしまったのか。


 それは、信号棒シグナルスティックに液晶画面を付けることだ。


 信号棒シグナルスティックを作ったものの、正直使う機会がなかったため、<道具箱アイテムボックス>の肥やしになるぐらいならばと今日まで時間を見つけてはあれこれ試していた。


 その結果、思いつきで繋いだ魔導回路が作用して信号棒シグナルスティックの改良に成功してしまったのである。


 今までの信号棒シグナルスティックの仕組みは、片方が棒に設置されたボタンを押している時間に応じて長短2種類の聖気を放つと、もう片方の棒で聖気をキャッチして持っている者に振動を伝えるというものだった。


 しかし、改良に成功した信号棒シグナルスティックは、先端近くに液晶画面が設置されて、受信した長短2種類の聖気を文字化できるようになった。


 送信者は改良前と同じで、棒に設置されたボタンを押している時間に応じて長短2種類の聖気を放つ必要がある。


 それでも、振動では自分の感覚が鈍いと相手の伝えたいことがわからない可能性があったので、液晶画面に文字化されて受信者が送信者の伝えたい内容を可視化されるのは間違いなく良いことだ。


 聖気の送受信できる距離だが、信号棒シグナルスティックに使用していた魔石をカーミラのものからタキシムスカルアーマーのものに変えたことで、半径5kmまで伸びた。


 ただし、伝えられる文字数には140文字と制限があった。


 とはいえ、140文字あればまとまった意味を伝えるには十分だ。


 何故なら、ニブルヘイムの文字はアルファベットと同じだからだ。


 日本語で140文字だと物足りなくなるかもしれないが、アルファベットで140文字ならば全く問題ない。


 <鑑定>でその事実を知った時、ライトがツ○ッターかよと心の中でツッコミを入れたのは仕方のないことだろう。


「改良できたこと喜ぶべきだよね?」


『喜ぶべきだわ。喜ぶべきなんだけど、今までの苦労に対してあっさり改良で来たものだから釈然としないわね』


「文明の進歩なんて偶然の産物なんだよ、きっと」


『う~ん、深いこと言うわね。ライト、今いくつだったかしら?』


「まだ14歳だけど何か?」


『発言が14歳のものとは思えないのよねぇ』


「なんと言われようと14歳なことに変わりはないよ」


 ライトは別に、自分が永遠のティーンエイジャーだと言いたい訳ではない。


 精神年齢は脇に置いておくとして、肉体年齢が14歳だからそうだと言っているに過ぎないのだ。


 ルクスリアとの雑談を止めて英霊降臨を解除すると、ライトは執務室を出てヒルダを探しに行った。


 肉体を持たないルクスリアでは、改良した信号棒シグナルスティックを試せない。


 それに、信号棒シグナルスティックは元々ライトとヒルダがペアで持つ物だったから、片方はヒルダに持たせておくためにもヒルダに渡す必要があった。


 (この時間なら、ヒルダはトールと遊んでるかな)


 そう考えたライトは、リビングに向かった。


 リビングに着くと、ライトの予想通りでヒルダはトールに絵本を読み聞かせていた。


「めでたしめでたし」


「ママ、ママ!」


 ママと繰り返しながらトールは手を叩いている。


 それを見たヒルダは、トールが拍手しているのだと理解した。


「トールは本当に絵本が好きね~」


「すき!」


「ママは?」


「すき!」


「パパは?」


「すき!」


「ロゼッタは?」


「すき!」


「ライト、トールは好きって言葉の意味も理解してるみたいだわ」


「そうみたいだね。トールは賢い子だよ」


 ライトが近寄って来るのに気が付いていたヒルダは、トールの小さな成長をライトに共有した。


 ライトはトールの頭を撫でながら褒めた。


 褒められて嬉しいらしく、トールはニコニコしている。


「ライト、それって信号棒シグナルスティックよね? もしかして、改良に成功したの?」


「あっ、そうだった。偶然思いついた魔導回路を試してみたら、改良に成功したんだ」


「おめでとう。どんな風に改良できたの?」


 ヒルダに質問されたライトは、バージョンアップした信号棒シグナルスティックの片方をヒルダに渡してからそれについて説明した。


「何それすごい」


 説明を聞いたヒルダは目を丸くした。


「それで、ヒルダには実際に改良した信号棒シグナルスティック使ってもらおうと思って来たんだ」


「そういうことね。早速やってみましょう」


「そうだね」


 ライトがヒルダから離れると、彼女に対して聖気の信号を送った。


 (トールの成長が嬉しい。まずはこんな感じで送ろう)


 新しい単語を話せるようになったトールを思い出し、ライトはヒルダの信号棒シグナルスティックにそう送った。


 すると、受信したヒルダが液晶画面を見た瞬間にパッと顔を上げた。


「すごい! 本当に文字が映ったよ!」


「良かった。それじゃ、ヒルダも何か送ってみて」


「は~い!」


 元気に返事をしたヒルダは、送信する言葉を少し考えてから信号棒シグナルスティックのボタンを押した。


 液晶画面が光ったのが見えたと思ったら、ライトは目に映った文字を見て吹き出してしまった。


 (2人目はいつ作る? ってヒルダはしょうがないなぁ・・・)


 子供は少なくとも5人は作ると言っているヒルダは、トールの成長を感じて弟か妹を作ろうとライトに持ちかけた。


 実験でそんな言葉を目にするとは思っていなかったので、ライトが吹き出すのも無理もない。


「ライト~、答えは~?」


 ヒルダ、まさかの催促である。


 トールの前で答えを声にする訳にもいかず、ライトは信号棒シグナルスティックで答えた。


 声を出さずに会話するための魔法道具マジックアイテムなので、ライトは早速その機能を利用した。


 ライトの回答を液晶画面で確認すると、ヒルダはグッとガッツポーズをした。


 つまりはそういうことである。


 その時だった。


 突然、ライトは背後に気配を感じたので振り返ると、とても良い笑顔のアンジェラが立っていた。


「アンジェラ、いたのか」


「ええ、ずっと」


「気配を殺さないで普通に声をかけろよ。びっくりするだろ?」


「そこは旦那様に気づいてほしいという私の乙女心を汲んで下さい」


「・・・乙女?」


 何言ってんだこいつと言わんばかりにライトは首を傾げた。


 そんなライトにアンジェラが食い下がる。


「旦那様、そこで首を傾げないで下さい。私だって忍ぶ恋をする乙女なんですよ?」


「忍べてない変態が何言ってんの?」


「冷たい目線が堪りません! ありがとうございます!」


「お礼言っちゃったよ、はぁ・・・」


 駄目だこいつと呆れるライトに対し、ヒルダはトールを抱っこしながら近づいて来た。


「トール、アンジェラは?」


「や!」


「嫌だって」


「あい!」


「旦那様、若様は私の一体何が嫌だとおっしゃってるのでしょうか?」


 突然駄目と言われてしまったアンジェラは、トールの言いたいことが正確に理解できなかったのでライトに訊ねた。


 ライトは良い笑顔を浮かべて答えた。


「トールはアンジェラを好きじゃないらしい」


「あい」


「なん・・・ですと・・・」


 ライトの言葉にトールが頷くと、アンジェラが膝から崩れ落ちた。


 ライトに罵られたり蔑まれるのは一向に構わないアンジェラでも、トールに嫌われるのはショックらしい。


「アンジェラが僕に対して変なことをしなきゃ良いんだよ」


「それだけはご勘弁を」


「いや、変態的発言と行動を自重するだけの簡単なお仕事じゃないか」


 ライトがそう言うと、アンジェラはキリッとした表情になって立ち上がった。


「私にも貫き通すと決めた覚悟があるんです」


「そんな覚悟はごみ箱に捨ててしまえ」


 アンジェラの馬鹿げた覚悟にライトは容赦なくぴしゃりと言った。


「そんなことよりも旦那様、信号棒シグナルスティックの改良おめでとうございます」


「ありがとう。でも、アンジェラの分はないよ」


「なんでですか!? 私も旦那様の専属メイドとしていついかなる時も連絡できる手段は持つべきだと進言します!」


「言ってることは間違いじゃない。だが断る」


「そうね。アンジェラに持たせたら、ライトの心労が絶えなくなるわ。私も反対」


「め!」


 ライトとヒルダ、トールに立て続けに断られてアンジェラは捨てられそうになった子犬みたいな愛くるしさを出した。


 やればそんな雰囲気も出せるのかと感心したライトだったが、それでアンジェラ用に信号棒シグナルスティックを作るかどうかは別の話である。


 結局、信号棒シグナルスティックは改良されてもライトとヒルダ専用のままとなり、非常時のみアンジェラに貸し出されることになった。

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