アザゼル辺境伯編

第323話 トールが歩いた!?

 年が明けた。


 昨年の月食で、呪信旅団からクラリッサが光落ちしてソフィアになった際、パーシーの手に渡った不正をしていた貴族のリストが活躍し、12月は粛清の嵐だった。


 粛正の冬と国民から呼ばれるぐらいパーシーが本腰を入れた取り組んだのだ。


 これを行う理由付けとして、呪信旅団に弱みを握られて領地が滅ぶことを防ぐというものだった。


 不正を全て指摘し、それぞれの罪の重さに相応しい処罰を下すことでヘルハイル教皇国は自浄作用が働き出した。


 最初に5件の大きな不正を指摘したパーシーは、自首するならば状況に応じて罰を軽くすることを宣言した。


 その数件がお家取り潰し2件、代替わり3件だったこともあり、下手をすれば先祖に顔向けができないことになると脛に傷を持つ貴族達が次々に自首したのだ。


 無論、罰が軽くなるとはいっても劇的に軽くならないから、自首によって楽ができたのは取り締まる側のパーシーだけである。


 どうにか年末までにリストに書かれていた者達の粛正が終わったので、ソフィアの願いは想像以上に早く叶いそうである。


 それに加えて、不正が再発しないように監視の目を厳しくすることが決まった。


 ライト発案の監察官という職業が教会で新たに生まれ、不正がないか取り締まることになり、それが聖職者クレリックの新たな雇用を生んだ。


 この監察官は地元出身の聖職者クレリックが就くのではなく、セイントジョーカーの教会本部が任命した者を各領地に派遣するというものだった。


 監察官と貴族の癒着が行われないように、監察官が1つの領地で任に当たるのは3年と定められている。


 何か不正が発覚した場合、それを指摘する際は監察官に教皇に次ぐ権限が与えられるので、下手に取り繕うと罪が重くなる。


 そんな制度が始まる中、ソフィアは教会ダーインクラブ支部が運営する孤児院でシスター・ソフィアとして孤児の世話をしている。


 ライトがソフィアに監察官の役割と孤児の世話のどちらをやりたいかと訊ねたら、彼女は後者を選んだのだ。


 パーシーが大規模な粛清をしたことにより、彼女の腐れ貴族に対する恨みは晴れたらしく、今度こそ孤児の世話をしたいと申し出た。


 幸い、ソフィアは子供の面倒を見るのが好きであり、孤児達もよく面倒を見てくれるソフィアのことを気に入ったらしく、ソフィアは孤児院で新しい人生を満喫できていた。


 この一連の粛清は、知らず知らずの内に呪信旅団の目論見を邪魔することになり、ノーフェイスがブチ切れたのはまた別の話である。


 余談だが、クローバーの休暇は年内いっぱいまでだった。


 粛正が済むまでは、ダーインクラブで各々が休暇を満喫していたのだが、これもまた別の話だ。


 それはさておき、今日は1月11日。


 つまり、トールの誕生日だ。


 そんなトールをお祝いするため、ライト達はリビングに集まったのだが、ロゼッタが見せたいものがあると言ってライトとヒルダに少し離れるように言った。


 ロゼッタはトールを抱っこしていたが、しゃがむとトールを地面に下ろした。


 すると、トールが両手を前に出し、テッテッテと両親ライトとヒルダに向かって歩き出した。


「「トールが歩いた!?」」


 ライトもヒルダも、トールがつかまり立ちはとっくにできるようになったことを知っていた。


 ただし、トールが歩いている姿は見たことがなかったので、それを目の当たりにして驚いたのだ。


 だがちょっと待ってほしい。


 これで終わりだと一体いつ誰が言っただろうか。


 ライトが生まれた時よりも切羽詰まった状況ではないので、トールは0歳児から始まるトレーニングはやっていないが、ユグドラ汁も毎日少しずつ飲んでいる。


 その結果、成長速度が平均以上になった訳だ。


 トールは両手を前に出して迎えに入れたライトとヒルダの手に触れてゴールすると、ニパッと笑った。


「パパ!」


「おぉっ!」


「ママ!」


「喋った!」


 なんということだろう。


 自分の力だけで歩くだけではなく、ライトをパパ、ヒルダをママと言ったではないか。


 これにはライトもヒルダも大喜びである。


 すぐにライトがトールを抱っこし、賢い子だとヒルダと一緒に褒める。


 そこにロゼッタが近づいた。


「トール君できたね~。偉いね~」


「ロゼッタ、トールが歩けたのと喋れたのを知ってたの?」


「フッフッフ~。最近では~、私がトール君の遊び相手だもんね~」


 ライトと同い年のロゼッタは、ダーイン公爵家の屋敷の中でトールとの年齢が近い。


 それゆえ、世界樹ユグドラシルや薬となる植物の世話以外の時間を使い、ロゼッタはトールと遊ぶことが多かった。


 そういった事情から、トールが少しならば歩けること、パパとママと喋れることを知り、折角だからトールの誕生日までに仕上げてお披露目することにしたのだ。


 しかし、ここで予想外なことが起きた。


「ロゼ!」


「は~い。ロゼだよ~」


「「「・・・「「えっ?」」・・・」」」


 トールがロゼッタのことをロゼと呼んだ。


 ライトはパパ、ヒルダはママと呼ぶのに対し、ロゼッタはちゃっかり自分のことをロゼと呼ばせることに成功していたのだ。


 それを見た者達全てが目を丸くしたのは言うまでもない。


「今、ロゼッタのこと呼んだよね?」


「そうだよ~。ママって呼ばせる訳にはいかないもんね~。覚えてもらったの~」


「・・・まあ、確かにそうか」


 トールがロゼッタをママと呼んだら大問題である。


 そう考えれば、ロゼッタの判断は間違っていないだろう。


 そんな中、拳を握って悔しがっていた者がいた。


 アンジェラである。


「若様に3番目に名前を呼ばれるポジションが・・・」


「どうだ~」


「他の者ならば愛の説教をしたところですが、ロゼッタだとそうもいきませんね。諦めましょう」


 ほんわかしたロゼッタがドヤってみせると、アンジェラはそれで毒気を抜かれてしまい、次こそは自分の名前をトールに呼んでもらおうと決意した。


 お披露目が終わると、朝食の時間である。


 席に着いて食事の準備が整うと、ライトとヒルダは声を合わせた。


「「トール、お誕生日おめでとう!」」


「あい!」


 どうしてここにカメラがないんだと真剣に後悔する可愛さだった。


 誕生日祝いにケーキを用意したいところだが、残念ながらトールはまだ離乳食しか食べられない。


 それゆえ、ライトはひと工夫した。


「じゃ~ん! ウィークのミルクゼリー!」


「おぉ~」


 初めて見る離乳食に対し、トールは興味津々だった。


 1歳児ともなれば、ライト達の食べてる物にも興味が湧いたっておかしくない。


 その中でも、トールが自分の作るお菓子に興味を持っていることをライトは見抜いていた。


 だからこそ、誕生日ということを考慮して、デザートの離乳食を用意したのだ。


 ウィークのミルクゼリーは、ウィークと牛乳、粉寒天、砂糖を使って作る。


 ヒルダが小さい木さじをトールに渡すと、トールはすぐにミルクゼリーに手を伸ばした。


 木さじでちょっぴりミルクゼリーを掬うと、そのままゆっくりと自分の口に運んだ。


 トールは木さじを使って食べることに慣れていたので、ミルクゼリーをテーブルに落とすことなく一口食べた。


 その瞬間、トールは目を見開いた。


「んま~!」


 美味しかったらしい。


「喜んでもらえて良かった」


「くっ、私も料理がもっと得意なら・・・」


 トールの喜ぶ顔を見て、ヒルダは自分が離乳食を作れないことを悔しがった。


 常識的に考えれば、公爵夫人が自ら離乳食を作る機会なんてない。


 公爵ライトが離乳食を作れる方が異常なのだ。


 そうわかっていたとしても、トールの喜ぶ顔を見たら自分も作れればと思ってしまうのは親として仕方のないことだろう。


 その後、朝食が済むとプレゼントタイムに移った。


「トール、僕とヒルダから遊べるおもちゃをプレゼントするね」


「粘土だよ~」


「あい!」


 トールが部屋で遊べるものを増やすべく、ライトとヒルダは粘土を用意した。


 勿論、誤って食べてしまっても体に害がないように小麦粉粘土を用意している。


 また、遊ぶ時は必ず誰かが一緒にいることを条件にして、粘土を口の中に入れないように注意するつもりだ。


 粘土を用意した理由だが、自由度が高いおもちゃなので想像力を豊かにできるのではと考えたからだ。


 ルクスリアに強制的にやらされたトレーニングをトールにさせるつもりはないライトだが、無理のない範囲で英才教育を施そうとしているようだ。


「面白いね~」


 (ロゼッタがトール並みに気に入ったみたいだけど、一緒に遊ぶだろうから別に構わないか)


 庭師であるロゼッタは、土いじりも仕事の一環だ。


 それゆえ、土いじりに関連性のある粘土遊びに興味があるらしい。


 その後、ライトやヒルダがトールとロゼッタに粘土の遊び方の見本を見せると、2人は大喜びだった。


 この日は終始楽しい気分で満ち溢れるダーイン公爵家だったのは言うまでもない。

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