第325話 様式美かと思って

 1月3週目の日曜日、ミーアとオットーがライトを訪れて来た。


「ミーア、オットー久し振りだね」


「久し振りやな、ライト君」


「おっす。ライトの結婚式以来だな」


 応接室に入ったライトが声をかけると、ミーアとオットーがそれに応じた。


 ミーアとは結婚式後に1回会っているが、オットーと会うのは結婚式後初めてである。


 それもこれもオットーがミーアに仕えるまで、国内各地を両親と共に依頼で駆け回っていたからなのだが。


「オットーはミーアに雇われてるんだっけ?」


「まあな。クラスメイトで俺だけ地に足ついてなかったから、いい加減腰を落ち着けることにしたんだ」


「せやで。今はウチにこき使われとるねん」


「こいつマジお嬢様感皆無。そりゃ、次期辺境伯になるんだからお嬢様じゃられねえだろうけどさ」


「なんや肉壁、解雇クビがお望みか?」


「そんなこと言って良いのか? 腐ってるってバレたら婿がいつまでたっても来ねえぞ?」


「貴腐人ネットワーク舐めんなや。どこに逃げても必ず捕まえたるぞ?」


 (オットーもミーアが腐ってることを理解したのか)


 そんなことを思いつつ、言い合いがどんどんエスカレートしていくので、そろそろ止めるかとライトが動いた。


「君達夫婦漫才は他所でやってよ」


「「誰が夫婦だ(や)!」」


「ほら、息ぴったり」


「ミーア、ちょっと黙っとけ」


「黙るのはお前や肉壁」


「ねぇ、喧嘩するためにここに来たの? 何か用があったんじゃないの?」


「悪い」


「すまんかった」


 喧嘩を再開し始めた2人に対し、ライトはジト目で本題に入るように促した。


 ジト目を向けられたことで、ここがアマイモンノブルスではなくダーインクラブであることを思い出した2人はおとなしくなった。


「それで、2人の用件は何?」


「ミーア、俺から話すぞ」


「ええで」


 ミーアから許可を得ると、オットーが用件を話し始めた。


「単刀直入に言う。俺に使える呪武器カースウエポンがあったら売ってくれ」


呪武器カースウエポンを? オットーは武器を使わないんじゃなかったっけ?」


「今まではそうだったんだけどよ、火力不足で呪信旅団に獲物を掻っ攫われてな。短期的に強くなるには方針変更も辞さねえつもりだ」


「呪信旅団に獲物を搔っ攫われた? いつ? どこで? 幹部に?」


 自分の知らない情報が出て来たので、ライトは詳細を聞こうとオットーに質問した。


 ガルバレンシア商会が手に入れられなかったということは、公表されていない事実を聞ける可能性が高い。


 であれば、ライトがぐいぐい質問するのも当然だろう。


「月食期間中にアマイモンノブルスの南で死使ネクロムに奪われた。戦ってた敵はワルプルギスっていうデスウィッチだ。俺達がワルプルギスを追い詰めたところを死使ネクロムにとどめと呪武器カースウエポンを掻っ攫われちまった」


「ウチらがええ感じにボコり始めたところに音もなくやって来よったんや。ダウン取ってこれからっちゅう時に、ワルプルギスの上にトーチナイトを召喚してタコ殴りにしよったんやで。酷い話やろ?」


 オットーの説明を補足するようにミーアも口を開いた。


「なるほど。だからオットーが呪武器カースウエポンで短期的にパワーアップしようとした訳か」


「おう。奴らに美味しいとこどりされたんじゃなかったら、みっちり鍛えてたさ。けど、奴らに待ってくれなんて通用しねえだろ? だったら一足飛びに強くなるためには呪武器カースウエポンしかないって思ったんだ」


「まあ、呪武器カースウエポンがあれば、今まで勝てなかった敵も倒せるようになるよね」


「つーことで、ライトなら呪武器カースウエポンが余ってると思うから買わせてくれ。頼む」


 オットーが頭を下げると、ミーアは苦笑いになる。


「ウチもいくらライト君かてなんでもかんでも持っとらん言うたんやけど、オットーが言ってみなきゃわからんって言うんでついてきたんよ。ごめんな」


「何でもは持ってないけど、丁度良い呪武器カースウエポンならあるよ」


「そうだよな。急に言ってもないよな」


「だから言うたやんけ」


「いや、あるってば」


「「えっ、あるの?」」


 ライトが持っていないと言ったように勘違いした2人だったが、すぐにそれを訂正されて目を丸くした。


「あるよ。ほら」


 そう言うと、ライトは<道具箱アイテムボックス>からカリプソバンカーを取り出した。


「すげえ、イカみたいなフォルムじゃん。これガントレットか? 右腕用だよな」


「カリプソバンカーって言うんだ。使用者はSTR×1.5倍かつパイルバンカーを放てるけど、その代償として装着するとイカを一生食べられなくなるし、パイルバンカーは1回使うと6時間は使えなくなる。要はただの右腕用のガントレットになるんだ」


「イカが食えなくなる・・・だと・・・?」


「アルバスもそれ気にしてたけど、オットーはイカが好きなの?」


「いや、別に。あったら食うぐらいだな」


「だったらなんで軽く絶望したみたいな顔したんだよ?」


「様式美かと思って」


「そんな様式美はいらないってば」


 ライトがやれやれと首を振ると、オットーは悪いと頭を下げた。


「それで、これをいくらで売ってくれるんだ?」


「30万ニブラ」


「30万か・・・。もう少しなんとかならないか?」


「最初から最安値だよ。言っとくけど、これはイルミ姉ちゃんと父様も使ってるからプレミアだからね? それ込みで30万は格安でしょ」


「せやでオットー。ウチもオークション参加したけど、出品したら30万ニブラなんて絶対ありえへんで。0が1つ、いや、2つ多くても買う人が出て来るやろ」


「そりゃ貴族のオークションだろ? こっちは平民なんだぞ?」


 教会の依頼でコツコツ稼いでいたとはいえ、自己研鑽や必要な物資の調達で貯金が少ないオットーにとって30万は簡単に出せない金額だった。


 それを雇い主のミーアが知らないはずがなく、大きく息を吐いた。


「しゃあない。オットー、ウチがうたる」


「マジ!?」


「マジや。その代わり、今月の給料はないしもっとこき使ったるからな。ついでに、帰ったらイカ料理の日を作ったる」


 最後は冗談のつもりで悪戯っぽい笑みを浮かべてミーアが言ったが、オットーは真剣な表情で頭を下げた。


「ありがとう、ミーア。感謝する」


「な、なんやの、もう。調子狂うわ・・・」


 思っていた反応と違ったせいで、ミーアの方がおどおどしてしまった。


 それから、ライトはミーアとオットーにカリプソバンカーを30万ニブラで売った。


 ティルフィングが真の姿になったことで、カリプソバンカーはライトがパーシーから預かっていたが、カリプソバンカーを使える者に譲っても良いと言われていたのでこの取引は問題ない。


 むしろ、これでアマイモンノブルスの戦力が増強されるならば、教皇パーシーとしても守護者ガーディアンの派遣をアマイモンノブルスに送る機会が減るからそうして正解と言える。


 カリプソバンカーの取引が終わると、ミーアは更に攻めた。


「なあ、他にも余っとる呪武器カースウエポンないんか?」


「あるけどどんな物が欲しいの?」


「言うてみるもんやな。ウチの武器が弓やから、弓か相手を拘束できる呪武器カースウエポンがあったら万々歳や」


「弓はないけど拘束に使える呪武器カースウエポンならあるよ」


「あるんかい。どんだけ呪武器カースウエポン持っとんねん」


「具体的には言えないかな。情報が洩れると貴族も呪信旅団も面倒だし」


「せやな。すまん、配慮が足りんかった」


 ライトに戦力が集まり過ぎていると明らかになれば、妬み嫉みから国内の持たざる貴族が不平不満を大声で主張する恐れがある。


 また、呪信旅団からも執拗に狙われるリスクが増える。


 トールが1歳になったばかりのライトにとって、そんなリスクは背負わずに済むなら背負いたくないと思うのは当然のことだ。


 それに気づかずに余計なことを言ってしまったと理解し、ミーアはすぐに謝った。


 自分の興味本位の行動がダーイン公爵家に迷惑をかけたら、いかに辺境伯家と言えど何かしらのペナルティが生じるのは間違いない。


 危ない橋を渡り切る前に踏み止まって謝るのは、貴族にとっては必須技能と言えよう。


「次から注意して。それで、拘束できる呪武器カースウエポンはこれだよ」


 ライトはミーアを軽く注意し、<道具箱アイテムボックス>からグレイプニルを取り出した。


 グレイプニルの説明を聞くと、ミーアはすぐに食いついた。


「ごっつ欲しい! 言い値で買うで!」


「じゃあ500万ニブラで」


「えっ、そんなもんでええの? 1,000万は覚悟しとったんやけど」


 ミーアは予想の半額を提示されてキョトンとしたが、ライトは問題ないと首を振った。


「僕は呪武器カースウエポンを売って利益を確保したいんじゃない。ミーア達がこれで1人でも多くの呪信旅団の団員やアンデッドを倒してくれれば、僕に回って来る相談も減るでしょ?」


「それはまぁ、せやなぁ・・・。いつも迷惑かけとってすまん」


 自分も越境して相談した前科があったので、ミーアはバツの悪い顔になった。


「僕がいつでも相談に乗れるとは言い切れないから、これからはグレイプニルとカリプソバンカーを使って頑張って」


「おう!」


「わかったで!」


 ミーアもオットーも、ライトに極力負担をかけないようにしようと気を引き締めた。


 そして、2人はすぐにアマイモンノブルスに帰っていった。

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