第308話 このアンジェラ、今後とも全力でダーイン公爵家を盛り立てます

 カースウエポンゴーストの分身体は10体いる。


 それらはいずれも本体の劣化コピーであり、スキル発動時の本体の能力値スペックを基準に作られる。


 つまり、今生み出された分身体はいずれも普段よりAGIが低い。


 そうであるならば、ライト達にとってそれらはただの的も同然だ。


「【渦巻鞭スパイラルウィップ】」


 ヒルダの正面で渦巻く水が鞭を模り、それがカースウエポンゴーストの分身体全てを左から右へ薙ぎ払う。


 避けられるだけのAGIが今はなかったらしく、全体等しく右に吹っ飛んだ。


 だが、劣化コピーとはいえ元が特殊個体ユニークなのだから、この攻撃だけで消滅する程の弱さではない。


「【肆式:兜割かぶとわり】」


 吹き飛ばされた先で分身体達を待ち受けていたのは、アンジェラの追撃だった。


 ペインロザリオを先頭の分身に全力で振り下ろした直後、その場所を中心に衝撃波が発生し、それによって全ての分身体が消し飛んだ。


 カーミラに対して放った際は、1体を相手に放ったから衝撃を1点に集中させていたようだが、今回は衝撃を拡散させたからこそこの結果になったのである。


 カースウエポンゴーストは10体では足りないと判断すると、今度はMPを惜しまずに<分身>を発動した。


 そのせいで、パッと見た限りでは何体いるのかわからない程だ。


 当然、カースウエポンゴーストの反撃はそれだけで終わるはずがない。


 カースウエポンゴーストは全ての分身体を動かし、ライト達に向かって一斉に<呪突撃カースブリッツ>を発動した。


 まだ本体のAGIが元に戻っていないため、分身体劣化コピー達の攻撃はライト達にとって躱せない速さではない。


 それでも、カースウエポンゴーストが3人を包囲しようと数だけは揃えてきたせいで、逃げ場所がないのだ。


 だが、ライトは決して慌てたりしない。


 ライトが慌てないのならば、ライトを信じるヒルダとアンジェラも慌てはしない。


「ヒルダ、僕達を覆うように分厚い水のドームを創って」


「任せて! 【水半球ウォータードーム】」


 ヒルダが技名を唱えた瞬間、ライト達3人を覆うように水のドームが完成する。


 そこに、<呪突撃カースブリッツ>を繰り出した分身体達が次々に突っ込んだ。


 するとどうなるか。


 答えは簡単だ。


 スキルをキャンセルできない分身体達は、ドボドボと音を立てて水のドームの中に入って動きが鈍り、やがて停止する。


 そうなればライトの番である。


「【【聖付与ホーリーエンチャント】】」


 水のドームならば突入しても問題なかったが、聖水のドームでは話が違う。


 しかも、<呪突撃カースブリッツ>の瘴気による汚染を考慮し、二重に【聖付与ホーリーエンチャント】を発動したのだから分身体達にとっては堪ったものではないだろう。


 あっさりと消滅し、カースウエポンゴーストはまたしても壁となる味方を失った。


「ヒルダ、僕が次に技を発動した瞬間に【水半球ウォータードーム】を解除して」


「わかったわ」


 ライトに何か考えがあるのだと理解し、ヒルダはすぐに頷いた。


「【伍式:辰巻たつまき】」


 ヒルダはライトに言われた通り、ライトが上空に向かって【伍式:辰巻たつまき】を発動した瞬間に【水半球ウォータードーム】を解除した。


 そうすることで、聖水は轟音と共に渦巻く暴風によって巻き込まれて聖水コーティングされた竜巻が発生した。


 竜巻の中にいるライト達は安全だが、外にいるカースウエポンゴーストにとっては極めて危険な場所へと早変わりだ。


 すさまじい吸引力により、カースウエポンゴーストの体はじわじわと竜巻に吸い寄せられていく。


 必死に抗うカースウエポンゴーストに対し、もう一押し足りないと思ったヒルダは動いた。


「【聖十字刃ホーリークロスエッジ】」


 光り輝く十字の斬撃がカースウエポンゴーストに向かって放たれ、斬撃は竜巻を削り取って聖水をカースウエポンゴーストにぶち撒けた。


 それに聖水が体にかかり、力が抜けて動きが鈍った瞬間をアンジェラは見逃さない。


「【壱式:投瞬殺とうしゅんさつ】」


 ヒルダの【聖十字刃ホーリークロスエッジ】と同様に、投擲されたグングニルが竜巻を削り取って聖水をカースウエポンゴーストにぶち撒けた。


 しかも、そのすぐ後に聖水で濡れたグングニルも命中し、カースウエポンゴーストの体から完全に力が抜けた。


 空中でバランスを崩した結果、竜巻にカースウエポンゴーストは吸い込まれてしまった。


 これが原因で、カースウエポンゴーストのHPがみるみるうちに削られていき、あっという間にとどめをさせるぐらいまでHPが削られた。


「【昇天ターンアンデッド】」


 パァァァッ。


《ライトはLv71になりました》


《ライトはLv72になりました》


《ライトはLv73になりました》


 (久し振りかと思いきやレベルが3つも上がるなんて、特殊個体ユニークは美味しいな)


 ウエポンゴーストの大群を倒したのは些細なことかもしれないが、その親玉のカースウエポンゴーストが経験値の塊だったということは間違いない。


 ヘルのアナウンスが終わると、ライトはヒルダとアンジェラに声をかけた。


「ヒルダ、アンジェラ、お疲れ様。【範囲浄化エリアクリーン】【【疲労回復リフレッシュ】】」


「お疲れ様、ライト。ケアしてくれてありがとう」


「旦那様、奥様、お疲れ様です。旦那様、ご配慮いただきありがとうございます」


 必死に戦えば、汗をかくのはこれまた必至である。


 ライトのアフターケアは、ライトに近づきたいヒルダとアンジェラにとってなくてはならないものなので、お礼を言うのも当然だろう。


 それはさておき、特殊個体ユニークを撃破したことでライト達は魔石だけでなく、呪武器カースウエポンの代わりに思念玉を手に入れた。


 ライトは思念玉をアンジェラに渡した。


「今度はアンジェラが使う番だ」


「よろしいのですか? ダーインスレイヴやグラムに使うべきではないでしょうか?」


「僕だけが力を持っても仕方ないし、ヒルダはスカルケルベロスを倒した時に1回使用してる。だから、アンジェラのグングニルも強化しておきたいんだ」


 ライトはそう言うが、ヒルダが同じ気持ちとは限らないのでアンジェラはヒルダの方を向いた。


 すると、ヒルダはライトの意見に賛成のようで首を縦に振った。


「アンジェラが使って。私が使っても、また子供ができたら動けなくなるもの。アンジェラの方が戦う機会は多いはずだから使って」


「・・・かしこまりました。謹んで頂戴いたします」


 ヒルダからも改めて許可を得ると、アンジェラはライトから思念玉を受け取ってグングニルに吸収させた。


 すぐにライトが<鑑定>を発動し、グングニルの強化ができたか確かめた。


 すると、グングニルには新たに使用者のSTRを1.5倍にする効果が追加されていた。


 そのことを話すと、ライトとヒルダに向かってアンジェラが片膝をついた。


「このアンジェラ、今後とも全力でダーイン公爵家を盛り立てます」


「よろしくね。頼りにしてるよ」


「私が傍にいられない時、ライトをしっかり守るのよ」


「お任せ下さい」


 それから、ライト達はカタリナが待つ地上へと戻った。


 地上に戻ると、カタリナが魔石を1ヶ所にまとめてから休んでいた。


「おかえりなさい」


「ただいま。カタリナ、魔石を集めてくれてたんだね。ありがとう」


「ううん。私、留守番だけで何もしてなかったから。そ、それでね・・・」


 カタリナがモジモジしている理由に見当がついていたので、ライトは言い出しにくそうなカタリナに代わって言い出した。


「魔石の半分はカタリナが集めてくれた分としてあげるよ」


「そんなに貰って良いの!? 1割だけでもってお願いしようと思ったんだけど・・・」


「ケニーさんとの結婚資金も必要でしょ?」


「ありがとう!」


 ケニーとの結婚はカタリナが15歳になったらなので、最短でも来年になる。


 それまでの間に、少しでも多くお金を稼いでおきたいとカタリナが思うのは当然のことだろう。


 祖母リーベも含めてケニーと3人で暮らすだけでなく、いずれは子供も欲しいと思っていれば尚更動けるうちに稼ぎたいと思うに決まっている。


 ウエポンゴーストの大群を倒したのはライトに違いないが、それでも集める手間は並のものではなかったことを考慮し、ライトは半分譲ると言ったのだ。


 こうして、魔石の取り分でもめることもなく、ライト達はダーインクラブへと帰還した。


 屋敷に帰った後、ライトはルクスリアレポートを写した紙にカースウエポンゴーストについて追記したことでレポートの更新が完了した。


 ライトが追記修正してできあがったレポートは、ルクスリアが生きていた頃には解明できなかったことが解決済みとして処理され、中身も半分ぐらい変わっていた。


 ルクスリアとも相談の上、このレポートはルクスリアレポート改めダーインレポートと呼ぶことになった。


 本当ならば、ライトレポートにしたら良いじゃないかとルクスリアが言ったのだが、これからもダーイン公爵家で追記修正していくのだからと説得してダーインレポートに決まった。


 この日、レポートの完成祝いで食事が豪勢になり、使用人も一緒に食べることになったのでダーイン公爵家の屋敷にいる全ての者達が楽しく夜を過ごしたのだった。

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