呪武器争奪戦編

第309話 ハーレム・・・だと・・・?

 11月第1週の水曜日、パイモンノブルスの屋敷の執務室にはノーフェイスと爺がいた。


「爺、マチルダの様子はどうかな?」


「今は落ち着いておられます。問題はございません」


「それなら良い」


「しかし、本当によろしいのですか?」


「この話は何度もしたよね?」


「そうでございますが、隷属させたマチルダ様を孕ませて子供を作ると聞いた時、私は腰が抜けそうになりましたぞ」


性格中身は置いとくとして、血筋だけなら悪くないだろ?」


「勿論、辺境伯家の娘ともなればノーフェイス様と釣り合いますが・・・」


 ノーフェイスは1月にマチルダをクイーンズハンドで調教した後、爺に跡継ぎを残す道具として使うと告げた。


 ユミル家の跡継ぎ問題は、今後の呪信旅団の在り方に大きな影響を与える。


 それゆえ、爺はノーフェイスに鬱陶しいと思われない程度に誰かを嫁に取るように言っていた。


 ノーフェイスは結婚に乗り気ではなかったので、どうしたものかと爺は悩んでいた。


 それがまさかマチルダを妻にするとは思っていなかったのだから、爺が驚くのも無理もない。


 爺の予想では、団員の実力のある者を妻にするのではないかと考えており、水面下ではノーフェイスの寵愛を受けられる妻の座をかけた争いが起きていたのも知っていた。


 その動きを知らないはずがないのに、ノーフェイスはいきなりマチルダを妻にしたものだから、呪信旅団内部も当初はざわついていた。


 しかし、ノーフェイスは団員の前でマチルダを妻とすると一言述べただけで、それ以外プライベートなことは一切口にしなかった。


「爺、理由はちゃんと話しただろ? パイモンノブルスを乗っ取るにあたって、マチルダの血を取り込んでおけばパイモン辺境伯家の血を守るという大義が生じる。それに、クイーンズハンドを使ったマチルダなら、意のままに動くから裏切られる心配がない。良いこと尽くしじゃないか」


「わかっております。ですが、私はお世継ぎが産まれた後のことを心配しております」


「裏切り者が出るとでも?」


「いえ、おそらく本人達に裏切るつもりはないでしょう」


「何が言いたい?」


「ぽっと出の女がノーフェイス様の妻であることを良しとせず、お世継ぎに些細なものでも欠点があれば、マチルダ様とお世継ぎを追放して妻の座を奪おうとする者がいるやもしれません」


「主の妻子に相応しくないから団員が個人的に排除したというのも、爺の中では忠誠に定義されるの?」


 その瞬間、爺はノーフェイスからぞわっと怖気を感じた。


 ノーフェイスは目下の者に自分の考えを否定されるのが許せない。


 だから、いくら自分のことを好いていようが、自分の道を邪魔する者は排除も辞さないスタンスである。


 爺もそれを重々承知しているが、ここが踏ん張り時だと覚悟を決める。


「ノーフェイス様、私にとっての忠義とはノーフェイス様第一主義にございます。ですが、呪信旅団はノーフェイス様の貴重な手足ゆえ、旅団の円滑な運営のためにある程度寛容である必要があるとも考えております」


「爺の言ってることもわからなくはない。個人でやれることには限りがあるから、手足となる者にも適度なガス抜きが必要ってことだろ?」


「その通りにございます。団員の不満や感情が暴走するようなことが起きる前に、あらかじめガス抜きをしておきたく存じます」


「その言い分だと、考えがあるようじゃないか。聞かせてよ」


 先程感じた怖気は収まり、ノーフェイスもある程度自分の言葉に耳を傾けてくれるとわかると、爺はほんの少しだけホッとした。


 だが、真にホッとすべきは自分の目論見が成功した時だと気を引き締め直した。


「私からの提案ですが、妾を娶られてはいかがでしょうか?」


「ハーレム・・・だと・・・?」


「恐れながら、ユミル家の跡継ぎには最も優秀な子供を継がせるべきだと進言します」


「複数の女を娶って孕ませ、できた子供を競わせて最も優秀な者を後継者にしろってことかい?」


「おっしゃる通りでございます」


「ふむ・・・」


 蠱毒のような考えを提案する爺に対し、ノーフェイスは黙って考え込んだ。


 30秒程経つと、ノーフェイスは沈黙を破った。


「候補者は誰だ? 爺のことだから把握してるのだろう?」


死使ネクロム堕神官フォールン化粧師コスメティシャンの3名です」


「待て。化粧師コスメティシャンは男だろ」


「団員の中で最も美容に気を使っているのは自分だと宣言し、美しくない者がノーフェイス様の妻になることは許せないと参戦しております」


「確かに化粧師コスメティシャンは誰よりも身だしなみが整ってる。だが男だ」


「・・・団員から一定数以上の支持があるのです」


化粧師コスメティシャンは容姿どころか声や仕草も女に見える。だが男だ」


 化粧師コスメティシャンの二つ名を持つ幹部は、ノーフェイスが言う通り男である。


 ただし、服装は女物ばかり身に着けており、いつも女装しているのである。


 職業は暗殺者アサシンであり、相手を油断させるためにはその服装が理に適っているからノーフェイスも黙認していた。


 <鑑定>を使える者がその場に1人もいなければ、間違いなく化粧師コスメティシャンは女認定されていただろう。


 だが男だ。


 その事実だけが、爺のハーレム案から化粧師コスメティシャンを除外すべきだとノーフェイスが訴える唯一にして最大の理由なのだ。


 ノーフェイスは異性愛者ストレートであり、両刀使いでも同性愛者でもない。


 だからこそ、爺に候補者から外せとノーフェイスは目で訴える。


 正直なところを言えば、爺も化粧師コスメティシャンはないだろうと思っていたが、団員からの一定以上の支持があることから提案したという事実が欲しかっただけだ。


 それゆえ、ノーフェイスの拒絶を爺は受け入れた。


「失礼しました。では、死使ネクロム堕神官フォールンを第二婦人、第三婦人にするということでよろしいでしょうか?」


「待て。よく考えたら、その2人を娶るべきという実績はない。幹部としてなら合格だが、仮にも第二婦人、第三婦人を名乗るならそれ相応の実績が必要だ。違うか?」


 危うく誰を娶るかという爺のペースに流されるところだったが、ノーフェイスからすれば妻とするに相応しいかの基準に到達したか確かめていない。


 それに気づいたため、ノーフェイスは待ったをかけた。


 爺は誤魔化すことはできないと判断し、首を縦に振った。


「左様でございますね。それならば、ノーフェイス様より死使ネクロム堕神官フォールンに試験を与えていただけますでしょうか?」


「よし、こうしよう。また月食の季節がやって来た。これを利用しようじゃないか」


 ノーフェイスはそう言うと、爺に試験内容を伝えた。


 その後、爺が執務室から出て今に向かうと、見るからに死霊魔術師ネクロマンサーだと言わんばかりの黒いローブを着た女と黒塗りの神官服を着た女、女性にしか見えない男が爺に駆け寄った。


拳執事クロード、どうだった?」


「ノーフェイス様は私を妻に迎えてくれるって?」


「貴女達じゃ品がないから無理でしょうに」


「「あ゛?」」


 化粧師コスメティシャンの言葉に対し、迫力のある声で死使ネクロム堕神官フォールンが威圧した。


 しかし、化粧師コスメティシャンはまったく気にしない様子だった。


 ちなみに、拳執事クロードとは爺の二つ名である。


「落ち着いて下さい。私がノーフェイス様にお三方も娶られてはいかがかと話した結果をお伝えします」


 爺がそう言うと、険悪だった雰囲気が一転して3人ともおとなしくなった。


「まず、化粧師コスメティシャンはこの戦いから脱落です。外見は女性らしく身だしなみも整っているとのことでしたが、性別の壁は乗り越えられないとのことでした」


「フン、当然よ」


「ぽっと出の男はすっこんでなさい」


「くっ、駄目でしたか。ですが、外見を評価されてない2人よりはマシですね」


「「ああ゛ん?」」

 

 化粧師コスメティシャンに対し、品性の欠片も感じられないメンチを切る死使ネクロム堕神官フォールンの姿を見て、爺はノーフェイスへの提案は早まったかもしれないと思った。


 それでも、ノーフェイスからの言葉を死使ネクロム堕神官フォールンに伝えない訳にはいかないので、爺は話を続けた。


「ノーフェイス様からの言葉を続けます。自分の妻として相応しい成果を月食終了までに挙げよ。さしあたっては、期日までに呪武器カースウエポンを手に入れよとのことです。なお、評価基準は質と量のそれぞれだそうです」


「やってやろうじゃないの」


「望むところね」


「最後にルールをお知らせします。他人の協力は得ても構いません。しかし、大陸東部で手に入れた呪武器カースウエポンはカウントしないそうです。よろしいですか?」


「私は問題ないわ」


「私も」


「では、これより勝負開始です」


 爺が開始を告げると、死使ネクロム堕神官フォールンは居間から駆け出していった。


 残った化粧師コスメティシャンは、気になったことがあったので爺に訊ねた。


拳執事クロード、質問しても良いですか?」


「なんでしょうか?」


「どうして大陸東部の呪武器カースウエポンはカウントされないんでしょうか?」


「大陸東部は他の幹部主導で任せるからだそうです。化粧師コスメティシャン蜘蛛スパイダーの後継者である貴方にも期待しているとノーフェイス様はおっしゃっておりましたよ」


「わかりました。その期待に応えてみせましょう」


 それだけ言うと、化粧師コスメティシャンもその場から軽い足取りで去っていった。

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