第306話 映えるのにカメラがないのが残念だ

 ライトとヒルダが庭に行くと、アンジェラが待ち構えていた。


「アンジェラ、どうした?」


「旦那様が人手を欲する作業をする予感がして、ここに駆け付けました」


「僕限定の予知能力でも持ってるの?」


「そんなスキルはございません。私には旦那様が私を少しでも必要と思えば察知できる仕様なんです」


「仕様ってなんだよ、仕様って」


「旦那様に躾けられてしまった私は、旦那様が声に出さずとも駆け付けられるようになりました」


 (ストーカー垂涎の技能じゃん・・・)


 アンジェラがいて役に立たないことは決してないが、アンジェラがライトを察知する技能はライトにとって落ち着かないものなのは間違いない。


 現に、ライトの顔は絶賛引き攣り中である。


 しかし、アンジェラの変態ぶりよりも米を食べたい気持ちが勝ち、ライトはグッと堪えた。


「そうなんだ。じゃあ、折角来てもらった訳だし、ガンガン働いてもらおうかな」


「お任せ下さい。何をすればよろしいでしょうか?」


 アンジェラが命じられればすぐにでも動き始めそうだったので、ライトは<道具箱アイテムボックス>から業務用の大きな擂り鉢と擂り粉木を取り出し、擂り鉢の中に籾を注いだ。


「アンジェラ、擂り鉢と擂り粉木を使って殻の中の玄米を取り出して」


 そう言いながら、ライトはSTR任せで手に取った籾殻を割ってその中から玄米を取り出した。


 こんな方法でも玄米を駄目にしないで済むのは、ライトのDEXがSTR以上に高い数値だからである。


「承知しました。その玄米というのは食べ物は穀物でしょうか?」


「そうだよ。僕が長年ずっと食べたいと思ってた物だ」


 その瞬間、アンジェラの目が光った。


 アンジェラの頭はフル回転し、この作業を素早くかつ丁寧に終わらせるべきだという結論に至った。


 ライトが食べたい物を用意する手伝いで貢献すれば、自分への好感度がグーンと上がるという計算に基づいての結論だ。


 アンジェラは無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで籾摺りを行う。


 ライトとヒルダも、その隣で普通サイズの擂り鉢と擂り粉木を使って籾摺りに励んだ。


 アンジェラが気合を入れて取り組んだおかげで、夕食に使う分の籾摺りの作業は30分とかからずに終わった。


 (この物欲しそうな顔・・・。頑張ってくれたし、こういう時はきちんと褒めないとな)


「流石アンジェラだね。ありがとう」


「旦那様はこれで私にお背中を流す権利を下さ・・・」


「自重しろ変態」


「ありがとうございます!」


 アンジェラの後に続く言葉としては、”る”か”らない”の2つだが、ライトはどちらも選ばずに強い否定の言葉を口にした。


 ライトに罵られるのもご褒美なので、ライトの背中を流す権利を獲得してもライトに罵られてもアンジェラに損はなかった。


 アンジェラのペースに持っていかれては困るので、ヒルダはライトの意識を作業へと戻した。


「ライト、変態は放置して次にやることを教えて。これで終わりじゃないんでしょ?」


「そうだった。次は精米だね」


 ライトはアンジェラを放置して玄米を大き目のガラス瓶の中に注ぎ込んだ。


 そして、アンジェラが使っていた大きい擂り粉木を手に取ると深呼吸し、高速で瓶の中に上下動させ始めた。


「すごい! こんなに速いのに丁寧だなんて!」


 ライトの小宇宙コスモを燃やさんとする作業姿を見て、ヒルダは戦慄せずにはいられなかった。


 そんなライトの様子にアンジェラも正気に戻り、ライトが疲れて手を休めるとバトンタッチして精米に励んだ。


 その後、ライトとアンジェラ、ヒルダの順番で精米を続け、1時間程で精米が完了した。


「ヒルダ、アンジェラ、お疲れ様。【【【疲労回復リフレッシュ】】】」


 疲れる作業をしても、ライトには【疲労回復リフレッシュ】があるから問題ない。


「ありがとう。元気になったよ」


「旦那様、ありがとうございます」


「協力してもらったんだからこれぐらい当然だよ。それじゃ、この白米も使って夕食の準備をしないとね」


 ここで、ヒルダはトールの様子を見るために離脱した。


 ということで、後片付けをしてからライトとアンジェラは精米済みの米を持って厨房へと向かった。


 厨房では、屋敷の料理人コック達が夕食の準備をしていた。


 それゆえ、ライトとアンジェラは邪魔にならないように調理をしなければならない。


「旦那様、何を作るおつもりでしょうか?」


「おにぎりだよ」


「おにぎり?」


「そう、おにぎり。作るには米を炊く必要があるから、まずはそれからだね」


 そう言うと、ライトはテキパキと米をボウルに移して研ぎ始めた。


 アンジェラにやらせずに自分でやるのは、アンジェラにやり方を覚えさせるためであるのと同時にライトが自分でやりたかったからだ。


 うっすらと米が透けて見えるくらいの透明度まで何度か水を入れ替え、水を切ってから米の1~2cm上まで水を注いで米を浸水させる。


 浸水が終わったら米を鍋に移し、炊くのに必要なだけ水を注ぐ。


 蓋をした鍋を火にかけて沸騰するまで待ち、沸騰が確認出来たらそのまま2分間は火の勢いをキープする。


 そこから火の勢いを弱めて2分、更に弱めて3分とライトは火加減にこだわりを見せた。


 蓋を少し開けてみて、鍋の内部に水分が残っていなかったことから炊きあがったと判断して蒸らす作業に入る。


 10分間蒸らしてようやく鍋炊きご飯が完成すると、おにぎりを握れるように熱を冷ます。


 その間に、ライトは具になる物がないか厨房を探した。


 すると、運が良いことに今日はかき揚げが食卓に並ぶ日だったらしく、料理人コックが丁度揚げている最中だった。


 (天むす作るか)


 そう思ってすぐに、ライトはその料理人コックに小さめのかき揚げも作るように頼んだ。


 料理人コックはライトから指示を受け、小さめのかき揚げをおにぎりに使える分も用意した。


 ご飯の熱が握れる程度まで冷めたら、手を濡らして塩を揉みこみ、柔らかく3回握って三角形にする。


 できたおにぎりの上に、小さいかき揚げを載せたら爪楊枝で固定し、側面に天かすで簡単な顔を作ったら完成である。


 (えるのにカメラがないのが残念だ)


 ライト個人としては、イン○タグラムに投稿したい出来栄えだったらしい。


 残念ながら、カメラなんてものはニブルヘイムには存在していない。


 トールの成長記録をアルバムにしたいという気持ちがあるので、工場に投資してカメラを作らせている真っ最中だがまだ成果物はできていない。


 それはさておき、キャラ天むすの完成だ。


「旦那様、おにぎりとはかわいらしい料理ですね」


「これもおにぎりだけど、これだけがおにぎりじゃないんだよ。もっとたくさん種類があるんだ」


「・・・単純だからこその奥の深さですか。流石です」


 アンジェラはおにぎりの奥深さに気づき、ごくりと唾を飲み込んだ。


 夕食の準備が整うと、ライト達は食堂に移動した。


 トールも離乳食を食べられるので、ヒルダに抱っこされたまま食堂に来た。


 そんなトールは、おにぎりを見つけて目を輝かせた!


「あい!」


 可愛いと言いたいのだろう。


「何これ可愛い!」


 ヒルダはトールの視線の先にあるキャラ天むすを見て叫んだ。


「可愛いだけじゃないよ。早速食べよう」


「えっ、これを食べるの・・・?」


「あう・・・」


 可愛い仕上がりなので、ヒルダはキャラ天むすを食べるのが勿体ないと思ったのだ。


 トールもまだキャラ天むすを食べられないが、それでもこれが食べられてしまうことにしょんぼりとしている。


「食べるために作ったんだから美味しくいただこう。気に入ったなら、また今度別に作ってあげるよ」


「・・・そっか。そうだよね。うん。食べよう」


「あい」


 あくまでキャラ天むすが食べ物であることを思い出し、ヒルダは食べる覚悟を決めた。


 トールも覚悟を決めたヒルダの顔を見て表情を真似している。


「「いただきます」」


 いざ、実食。


 ライトとヒルダが最初に手を伸ばしたのは、当然のことながらキャラ天むすである。


 爪楊枝を抜いて一口頬張ると、ライトの目から自然と涙が出た。


《ライトは”美食の伝道師”の称号を会得しました》


 ライトが涙を流すのと同時に、ヘルのアナウンスがライトに届いた。


 だが、そんなことは全く気にせずにライトはキャラ天むすを味わっていた。


 (まだまだ前世のレベルじゃない。でも、僕はこれを待ってたんだ)


 転生しても日本人としての魂は忘れていなかったようで、ライトの心はおにぎりを食べて震えた。


 食に拘りのある日本から比べれば、まだまだ米のレベルは高いとは言えない。


 それでも、錬金魔法陣から手に入れた米はライトのこれから先の人生に新たな希望を与えた。


「ライト、大丈夫? 泣いてるよ?」


「これは嬉し涙だから大丈夫。うん、美味しい」


「良かった。でも、本当に美味しいね。ライトが好きなのもわかるよ」


 ライトとヒルダが美味しそうにおにぎりを食べると、使用人達はアンジェラを筆頭にとても物欲しそうな目で見ていた。


 そんな空気の中でヒルダと2人だけ食べる訳にはいかないので、ライトは使用人達に残りのおにぎりをふるまった。


 その結果、満場一致で米の生産が決まった。


 ”美食の伝道師”が早速仕事をしたらしい。


 後にダーイン米と呼ばれるようになるのだが、それはまだ先の話である。

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