第305話 落ち着くんだ僕。まだ慌てるような時間じゃない

 エマが帰った翌日、ライトとヒルダは地下室にいた。


 まとまった時間を確保できたので、錬金魔法陣であれこれ試すためにここにいるのだ。


 初めて錬金魔法陣を使った時は、ライトとルクスリアだけだったから、ヒルダも次こそは使うところを一緒に見たいと言っていた。


 それが準備の都合もあり、今日になった訳である。


 錬金魔法陣を使って錬金すると、成果物の量は元の10%しかないから、錬金しても構わない物を集めるのに時間がかかってしまった。


 その代わり、今日はじっくりと錬金魔法陣を試すことができる。


「ライト、どれから錬金するの?」


「おさらいも兼ねて、鉄を銀に変えてみようか。カタリナが鉄を集めてくれたし」


「そうだったね」


 カタリナに聖銀ミスリル製の杖を譲る代わりに、ライトは10kgの鉄を貰った。


 加工の手間や費用を考えれば、間違いなくライトが赤字だ。


 しかし、それはカタリナへの投資なのでこれからカタリナが行動で返すことだろう。


 さて、ライトは総重量10kgの鉄製品や屑鉄を錬金魔法陣の中心にある台の上に乗せた。


「ヒルダ、よく見ててね」


「わかったわ」


「【祈通神プレイトゥーヘル】」


 手を組んでヘルに祈りを捧げてMPを回復し、そのMPを放出することで 山盛りの鉄が光に包み込まれ、光の中でそのシルエットがインゴットへと姿を変えた。


 光が収まると、台の上には1kgの銀のインゴットが現れた。


 作業はまだ終わりではない。


「【聖付与ホーリーエンチャント】」


 ライトが技名を唱えると、銀のインゴットが聖銀ミスリルのインゴットへと早変わりである。


「なんということでしょう。使わなくなった鉄の山が聖銀に代わってしまいました」


「ライト、なんでそんな喋り方してるの?」


「ごめん、ついやりたくなった」


 ヒルダがライトの喋り方にツッコむと、ライトは満足したので笑いながら謝った。


「そうなんだ。でも、本当にすごいね。鉄が聖銀ミスリルに変わるなんて」


「錬金の効率は良くないけどね」


「10kgの鉄と1kgの銀なら釣り合ってないと思うけど、1kgの聖銀ミスリルなら喜んで屑鉄を提供する貴族だっていると思うよ。私の母様とか絶対にそうする」


「エレナさんが? ケインさんじゃなくて?」


 聖銀ミスリルを欲しがるならば、ドゥラスロールハートの領主の義父ケインだと思っていたのでライトは首を傾げた。


「あのね、母様は聖銀ミスリル製の剣が欲しいんだよ。聖銀ミスリルなんて滅多に手に入らないから表立っては言わないけど、手紙とかで羨ましいとか書いてくるし」


「まあ、エレナさんは剣乙女ソードメイデンだもんね。運が良くなきゃ、呪武器カースウエポン聖銀ミスリル製の物なんて手に入らないか」


「そうだよ。カタリナの杖は必要だったから聖銀ミスリルにしたけど、まだまだ教会でもダーインクラブの月見の塔でも、聖銀ミスリルは聖水作成のために使われてるでしょ? だから、ライトが持ってる聖銀ミスリルのインゴットなんてあったらどんなおねだりをするか・・・」


 母親エレナのおねだりが怖い様子なので、ライトは詳しく訊いてみることにした。


「エレナさんってねだったらすごいの?」


「父様が折れるまでねだり続けてたわ」


「・・・それはすごいね」


 ケインがエレナに延々とねだられている様子を思い浮かべ、ライトはケインに同情した。


 エレナにお義母さん呼びを強要されたライトには、ケインの苦労がすぐにわかったのだ。


 それはさておき、実験の続きである。


 ライトが次に<道具箱アイテムボックス>から取り出したのは大量の木の枝だった。


 前回は鉱物資源の錬金しかしなかったので、今回は非金属の錬金もやってみるつもりである。


「木の枝を何に錬金するの?」


「山のように積んでも錬金して得られるのはこの10%の量だから、妥当なところで木材かな。ルー婆のレポートにも成功例が載ってたし」


「そっか。・・・あれ、ちょっと良い?」


「何か気になることがあった?」


「うん。この木の枝って全部同じ樹から落ちた枝じゃなくない?」


「・・・確かに。この実験は止める?」


「ちなみに、錬金が失敗したら爆発したりするの?」


「そんなことはないよ。錬金魔法陣はルー婆が安全に気を付けて作成したものだから、錬金できない場合は何も起こらないんだって」


 そこまでライトが言うと、ヒルダはニッコリと笑った。


「やってみようよ。ダメ元だし、危険がないならやってみたい」


「OK」


 ライトも好奇心が刺激され、ヒルダの意見に賛成した。


 頷き合うと、ライトは錬金を始めた。


「【祈通神プレイトゥーヘル】」


 手を組んでヘルに祈りを捧げてMPを回復し、そのMPを放出することで 山盛りの木の枝が光に包み込まれ、光の中でそのシルエットが直方体へと姿を変わっていった。


「陣が起動したわ!」


 ヒルダは光の中にある木材が未知の物だろうと思い、期待に胸を膨らませた声を出した。


 光が収まると、そこには1本の直方体の木材が現れた。


 その木材の見た目は、ライトもヒルダも見たことのないものだった。


 とりあえず、初めて見るものに対してライトがすることは<鑑定>を使った確認なのは間違いない。


 (キメラウッド。そのまんまだね)


 木材の種類はキメラウッドだった。


 ライトの感想通り、大した捻りのないそのままのものである。


 当然のことながら、元々ニブルヘイムには存在しないものだ。


 面白いことに、複数の種類の木の枝が錬金の過程で混じり合ったことにより、元となった樹の良い部分の組み合わさった木材になっている。


 (ちょっと待った。もしかしたら、あれが作れるんじゃないか?)


 キメラウッドができたことにより、ライトはあることを閃いた。


 ライトの表情が変わったことに気づくと、ヒルダは何が始まるのか訊ねた。


「ライト、これだけじゃ終わらないんだよね。何をするの?」


「この木材についてはこれで終わりだよ。材料となった複数の樹の良い特性が組み合わさったものだから、これ以上手を加えたりはしないよ」


「そうなんだ。じゃあ、一体何をするの?」


「僕がずっと欲しかったものを錬金する」


 そう言うと、ライトはキメラウッドの木材を<道具箱アイテムボックス>にしまい、それと入れ替わりに大量のウィークを取り出した。


「ウィークだよね?」


「うん、ウィークだよ。大量にあるから、嵩が減っても錬金素材としてはうってつけなんだ」


「これを錬金するの?」


「その通り。上手くいけば、僕がずっと食べたいと願ってた植物が手に入るんだ」


 ライトが目を輝かせて言うものだから、ヒルダもそれに釣られて期待した。


「楽しみだね」


「楽しみだよ。成功したら良いなぁ」


 (ヘル様、どうか僕に希望を与えて下さい)


 ライトは今、本気で神に祈っていた。


 結界を張るために【祈結界プレイバリア】を発動する時よりも真剣である。


「【祈通神プレイトゥーヘル】」


 ライトは手を組んでヘルに祈りを捧げてMPを回復し、次の錬金でどれだけMPを必要としても耐えられるように準備した。


 そして、行けると思った瞬間に錬金を始めた。


 溜め込んだMPを放出することで、山積みになったウィークが光に包み込まれ、光の中でそのシルエットがライトの前世で見たことのある形状へと変わっていった。


 光が収まると、台の上にこんもりと盛られたもみが現れた。


 既に脱穀が終わっており、水分が程良く抜けて加工できる状態にあった。


 なんというご都合主義だろうか。


 (落ち着くんだ僕。まだ慌てるような時間じゃない)


 ライトはその姿を見た瞬間に叫びたくなった気持ちをどうにか堪え、<鑑定>で錬金が成功したか確認し始めた。


「ジャポニカ米キタァァァァァ! よっしゃぁぁぁぁぁ!」


「ライト!?」


 ライトが普段からは考えられないテンションで叫び始めたので、ヒルダは動揺した。


 すぐにライトを抱き締め、興奮して暴れ出さないようにしたぐらいである。


 しかし、ヒルダに抱き着かれば気づかないはずもなく、ライトは徐々に冷静さを取り戻して赤面した。


「ご、ごめん。ちょっとテンションが上がっちゃって」


「ううん。ライトが嬉しいなら私も嬉しいから良いの。でも、いきなり叫び出すから心配しちゃった」


「心配かけてごめん。この植物はね、稲っていう加工すれば米になるものなんだ」


「米って確かチネリ米の元になった食べ物だっけ?」


「そうだよ。米が手に入るなら、チネリ米なんて偽物をわざわざ食べないよ。絶対に米を食べる」


「気合が入ってるね」


「勿論。食べる分とロゼッタに育ててもらう分に仕分けないと」


「手伝うよ」


 ライトはキメラウッドのことなんか忘れるぐらい、米のことで頭がいっぱいだった。


 転生してから今日までの間、ずっと米を食べたいと願っていたのだから無理もない。


 稲の仕分けが終わると、今日食べる分は1合分確保できたので、ライトはご機嫌な様子で地上へと戻った。


 ヒルダもライトが楽しそうなのが嬉しいようで、ライトと同じぐらいご機嫌である。


 2人は夕食にご飯を食べられるように、籾摺りと精米をするべく庭へと向かった。

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