第280話 僕が言わずに誰が言う

 時間は少し遡り、アルバス達がパイモンノブルスから撤退した同日の夕方、ガルバレンシア商会のクロエが屋敷にやって来た。


 彼女がやって来たのは、大陸東部で集めた情報をライトに報告するためである。


 トールの耳に入れば、教育上よろしくない内容の可能性もあることから、トールにつきっきりのヒルダは席を外している。


 その代わり、ライトは相談役としてアンジェラを応接室に同席させた。


「クロエ、報告を聞くよ」


「はい。アルジェントノブルスとドゥネイルスペードで拾った情報ですが、最悪の場合パイモンノブルスが呪信旅団の手に落ちます」


「・・・パイモンノブルスが? 最悪の場合ってどういうこと?」


「私達が聞いた話では、呪信旅団がパイモンノブルスに進軍したというものです」


「それで最悪の場合ということか」


「はい。辺境伯家の治める領地ですから、保有する戦力も公爵家を除けばトップクラスです。しかし、Eウイルスの被害からまだ立ち直れてないあそこでは、従来可能な継続戦闘も難しいのではないかと愚考します」


 クロエの推測は突拍子もないものではない。


 むしろ、聞いているライトも納得できるものだ。


 ライトがパーシーに助言したことで、Eウイルスによる被害は大陸東部に留められた。


 その被害は東に行けば行く程酷く、年明け前には緊急事態宣言が解除されるぐらいには罹患者はいなくなったが、Eウイルスで命を落とした者や後遺症が残ってしまった。


 守護者ガーディアンの戦力が落ちたのもそうだが、大陸東部の流通を牛耳るパイモン商会も罹患者が続発し、パイモン辺境伯家の経済状況は近年では最悪の状況に陥った。


 呪信旅団にそこを狙われれば、パイモンノブルスも無事ではいられまい。


 まだまだ戦力面も経済面も立て直している最中だというのに、呪信旅団でも実力のある者が複数で押し寄せれば本格的に被害が生じるだろう。


「結界も万能じゃないからなぁ」


「アンデッドが相手ならば、陣が壊れない限り絶対不可侵なんですよね?」


「そうだよ。ただし、残念ながら悪人や犯罪者の侵入を防げる仕様なんてない。呪信旅団だから侵入を阻止できるなんて器用なことは、僕の張った結界には不可能だ」


「アンデッドの脅威を遠ざけられるだけでも十分です。なんでもかんでもライト様のお力で解決してるようでは人類が堕落します」


「人類とはスケールがまた大きいね」


 そうは言うものの、ライトも自分が全て解決するのは健全ではないことをよく理解している。


 ライトが何かしらの事情で死んだり、意識不明の重体になった際、ライトがいなくなったから何も問題を解決できませんでは人類は終わりである。


 だからこそ、話は違うが<法術>頼りにならないようにケニーにユグドランシリーズを作らせた。


 ライトが不老不死ならば、最終兵器リーサルウエポン的な役割になって普段は人の営みを見守り、どうしようもない時だけ手を貸すという方法もある。


 しかし、現実はそうではない。


 ライトには寿命があるし、<法術>を継いだトールが生まれたがライト並みに<法術>を使いこなせると決まっている訳でもない。


 ということは、呪信旅団という厄介な問題はライトに頼り切らずに人類が力を合わせて解決すべきである。


「ですが、ライト様もご自身だけで解決しないようにしてるのではないですか? 現に、Eウイルスについては教皇様を立てておりましたし」


「そりゃまあね。というか、僕が教皇の立場にある父様を無視してあれこれ仕切ったら拙いじゃん。せいぜい進言するぐらいにしないと」


「教皇様を頂点とする今の秩序を考えると、ライト様の考えはごもっともですね」


「話を戻そう。大陸東部に動きはある? ジェシカさんなら動いてそうだけど」


「”極東騎士団”を率いるゼノビア=パイモン様が、ただならぬ様子でドゥネイル公爵家の屋敷に入ったところを目撃しました。すぐに援軍を出すかはわかりませんが、パイモンノブルスに偵察する人員ぐらい派遣するのではないでしょうか」


 ライトが軌道修正すると、クロエはそれに従って報告を再開した。


「ゼノビアがジェシカさんにパイモンノブルスの危機を伝えたら、ジェシカさんがアルバスに強行偵察を頼むと思う」


 ライトの読みは的中している。


 アルバスは”極東騎士団”と強行偵察のためにパイモンノブルスに向かい、浪人マスタレスを倒している。


 それどころか、イルミとスカジを巻き込んでパイモンノブルスでは蜘蛛スパイダーと遭遇してどうにか撤退して情報を持ち帰る働きぶりだ。


 もっとも、その情報はまだライトもクロエも知らないのだが。


「これはガルバレンシア商会の今後の動きに関わるので伺いたいのですが、ライト様は大陸東部で戦争が起きた時に参戦されるのですか?」


「余程のことがない限りしないよ」


「トール様が生まれたばかりですからね」


「それもある。でも、他にも2つ理由がある」


「あと2つとはなんでしょうか?」


「1つはダーインクラブの領民を守るためだよ。こう言っちゃうと人聞きが悪くなるけど、僕だって領主だから自分の領地に住む人の方が他所の人より大事だ」


「なるほど。ライト様がダーインクラブにいるのといないのでは、領民の安心感が違いますからね」


 クロエは心から納得した。


 自分もダーインクラブの領民になる訳だから、頼り過ぎは良くないと思っていてもいざという時にライトがいてくれるだけで安心感が違う。


 ライトが控えてくれているというだけで、自分達の身に危険があろうとも少しでも多くの情報を集めようと頑張れるからだ。


 万が一、治療を必要とする事態があったとしても、ライトならば助けてくれると信頼しているし、そもそも音響測距儀ソナー即時拠点インスタントポータルを提供してくれたライトに恩を返したいと思っている。


 これはクロエに限らず、ガルバレンシア商会の総意だ。


「もう1つの理由は、ジェシカさんの面子を潰さないためだね。僕が参戦すると、指揮系統が乱れるし大陸東部の貴族がドゥネイル公爵家を軽視する恐れがある」


「この局面を乗り越えた後のことを考えられてるんですね。流石です」


「面子だけじゃ腹は膨れないし、安心を提供できないんだけどね。貴族ってのは面倒だよ」


「それを公爵家のライト様が言いますか」


「僕が言わずに誰が言う」


「・・・誰も言えませんね」


 ライトには治療院で身分に関係なく治療をした経歴がある。


 身分ごとに払える代金を設定し、瘴気による病から多くの人を助けた。


 これはライトが公爵家の面子のためにやった訳ではなく、エリザベスの治療を正当化するためにルクスリアの治療院を復活させた。


 母親を治した後に貴族ノブレス義務オブリージュはどうしたとツッコまれないようにする必要があった。


 世界樹を守るためには他人の力が必要だから、自分の時間を削ることになってもライトはルクスリアの治療院を復活させることに最終的に納得した。


 今となっては、それがヒルダと自分が婚約するきっかけになったのだからやって良かったと思ってすらいる。


 それでも、個人的に母親を助けるために頑張った結果、その力で他人を助けることを強いられるのは貴族だからに違いなかった。


 ライトが平民だったならば、貴族に取り立てられて筆頭医師という扱いになるだけだっただろう。


 だが、ライトは公爵家の長男だからこそ、持った力を他人のためにも使わなければならなかった。


 これを面子のためと言わずしてなんと言う。


 ライトが面子だけを重視するのは違うと考えるのは無理もないことだった。


「その他に報告事項はある?」


「報告というには確度が足りないのですが、最後にライト様の耳に入れておきたい話があります」


「聞かせてくれ」


「マチルダ=パイモンを覚えておりますでしょうか?」


「・・・まさか、呪信旅団と通じてるとでも? 僕が結界を張りに行った時は、精神を病んだマチルダは治療院で隔離されてるとパイモン辺境伯は言ってたけど」


「どうもライト様が結界を張った後に、マチルダの姿が消えたそうです。この情報ですが、マチルダの入院してた治療院と商売をしてる商会から聞きました」


「パイモン辺境伯は娘の失踪を隠してたと? もしも失踪したマチルダが精神を病んでなくて呪信旅団に通じてたとしたら、パイモンノブルスがヤバいな」


「おっしゃる通りです。報告の最初に申し上げた最悪の場合とは、マチルダが呪信旅団の協力者である可能性を指しておりました」


「やれやれ、呪信旅団は僕のアンチを取り込むのが上手いね。クロエ、その想定でいた方が良いよ。こういう時に楽観的だと足元を掬われるから。ダーインクラブの警備体制も見直さないとな」


 きっと大丈夫体制ではなく、かもしれない体制を敷く。


 それこそが大事だとライトは気を引き締めるのだった。

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