第281話 ワクワクが止まりませんな

 ライトがクロエから報告を受けた頃、パイモンノブルスのパイモン辺境伯家の屋敷にノーフェイスが到着した。


 そこには呪信旅団の幹部やその部下が集まっており、ノーフェイスの到着を待ち侘びていた。


「「「・・・「「ようこそいらっしゃいました、ノーフェイス様!」」・・・」」」


 出迎えの挨拶が済むと、幹部達の列から爺が1歩前に進み出た。


「ノーフェイス様、お待ちしておりました」


「爺、誰がパイモンノブルスを落とした?」


「私でございます。年甲斐もなくはっちゃけてしまいました」


「ほう、爺が勝ったか」


 他の幹部の誰も異議を申し立てないことから、ノーフェイスは爺が本当にパイモンノブルスを落としたのだと理解した。


「協力者がおりますれば、パイモンノブルスの地の利を活かして勝たせていただきましたぞ」


「協力者はここにいるのか?」


「おります。呼び出しましょうか?」


「そうだな。パイモンノブルスを落とすのに貢献したのなら会ってやろう」


「かしこまりました。マチルダ、出て来なさい。ノーフェイス様がお会いになって下さるそうです」


 爺がドアの向こうに声をかけると、1年前にパイモンノブルスの治療院から脱走したマチルダ=パイモンの姿があった。


 その顔は精神を病んだ者とは言えない意識のはっきりしたもので、誰も治療院の世話になる必要があるとは思わないものだった。


「マチルダ、自己紹介しなさい」


「お初にお目にかかります。マチルダ=パイモンにございます。この度はお会いできて光栄です」


 辺境伯家の令嬢であり、数年前までパイモン商会の次期会頭ともてはやされていた彼女は、当然のことながら礼儀作法をしっかり学んでいる。


 上位者に対し、取るべき態度をもってノーフェイスに接した。


 そんなマチルダに対し、ノーフェイスの行動は彼女にとって予想外だった。


 バチンという音がすると、マチルダの腕に蚯蚓腫れができて彼女の目の焦点は合わなくなった。


 ノーフェイスが取った行動とは、以前クシャナから奪い取ったクイーンズハンドでマチルダの腕を打つことだった。


 クイーンズハンドで打たれた者は使用者に従順に調教されてしまう。


 いきなりマチルダを打ったため、爺はノーフェイスに訊ねずにはいられなかった。


「ノーフェイス様、彼女がお気に召しませんでしたか?」


「爺、そいつは小聖者マーリン憎しで家族と領地を差し出した売女だ。今までは良くてもいつ寝首を掻くかわからない。だから、裏切られないように調教した」


「ノーフェイス様がそこまで徹底すべきとお考えだったにもかかわらず、大変失礼いたしました」


 爺は呪信旅団が大陸東部で動きやすくなるようにするため、マチルダの提供する情報を存分に利用した。


 その情報のおかげで、大陸東部では大陸北部よりも被害を出さずに呪武器カースウエポンを調達できた。


 マチルダが爺に協力したのは、ノーフェイスが言った通りライトを憎く思って復讐する手段を探していた時に爺と知り合ったからだ。


 精神を病んだふりをして治療院で隔離されたら、陰で情報収集をして復讐のために力を蓄えないかと爺が話を持ち掛けた。


 マチルダはそれを快諾し、爺と協力関係を結んだ。


 自分の部下を貸し出し、マチルダの情報収集の手足にしたことで、マチルダは爺が頼りになる相手だと判断した。


 ライトへの復讐も、爺経由で呪信旅団の力を借りれば容易いと思って浮かれていたところ、パイモンノブルスを落とした後にノーフェイスの下僕となるのだから彼女は報われない。


 いや、目的のために家族と領地、領民の生殺与奪権を売ったのだから、それは自業自得なのだろう。


 ノーフェイスがマチルダの裏切るリスクを考えて下僕にしたことを知り、爺はノーフェイスに自分の認識が甘かったと詫びた。


 しかし、ノーフェイスは顔の前で手を横に振った。


「別に構わないよ。パイモンノブルスを落とすまでは意識がはっきりした方が便利だったけど、これからは意識がない方が便利だからそうしただけだ。さて、約束だ。爺はどんな呪武器カースウエポンを望む?」


 事前に宣言した通り、ノーフェイスは爺に欲しい呪武器カースウエポンが何か訊ねた。


 約束を守らねば、幹部達の頑張りに報いたことにならない。


 呪武器カースウエポンを信仰する呪信旅団の団員にとって、新たに自分の呪武器カースウエポンが増えることは願ってもないことだ。


 それゆえ、ノーフェイスが勝者たる爺に訊ねるのは当然のことだった。


「恐れながら、私はシザーハンズを所望いたします」


「それで良いのか?」


「それが良いのです」


「わかった。良いよ」


 爺の決断は揺るがないとわかると、ノーフェイスは亜空間から鋏を模したガントレット型の鉤爪を取り出した。


 ノーフェイスは<道具箱アイテムボックス>持ちだった。


 だからこそ、1人手ぶらでパイモンノブルスまでやって来れた訳だ。


 爺はノーフェイスからシザーハンズを受け取ると、早速両腕に装備した。


「着け心地はどうだい?」


「ワクワクが止まりませんな」


 ノーフェイスの問いに対し、爺は歳をまるで感じさせないテンションで答えた。


 シザーハンズとは、スカルロブスターのシザーズというネームドアンデッドからドロップした呪武器カースウエポンだ。


 その効果として、注いだMPの量に応じて鋏の部分であらゆる物が切れるというものだ。


 石だろうが鉄だろうが、それどころか鋼だってMPを注げば切れるようになる。


 ただし、デメリットとして自分の体から失血すると止血にかかる時間が通常の3倍になってしまう。


 切って良い者は出血した時に命掛けであることを覚悟できる者だけということだ。


 褒美の受け渡しの時間が終わると、ノーフェイスは爺に改めて話しかけた。


「では爺、パイモンノブルス制圧に関する結果報告を頼むよ」


「かしこまりました。まずは良い報告からいたしましょう。パイモンノブルスには我々を除いて生存者はおりません。方法を問わずそれぞれが皆殺しにしましたので、領民からの反乱はありません」


「へぇ。それぞれどんな風に攻めたの?」


「私は屋敷を落としにかかりましたが、それ以外の幹部は基本的に領民を殺す数で競い合っておりました」


「なるほど。領民がいなくなっても制圧と言えるからね」


「その通りでございます。無駄に抵抗する戦力がある貴族よりも、先に殺すのに労力のかからない者から始末しようと考えたようです」


「他の幹部が各自で暴れてる間に、爺は屋敷の者を皆殺しにしたと?」


「マチルダから引き出した情報のおかげで、容易く屠ることができました」


 頭脳プレーの勝利だと爺は静かに勝ち誇った。


「それで、悪い報告は?」


 ノーフェイスからすれば、こちらの方が重要である。


 正直、誰がパイモンノブルスを落とすかまでは予想していなかったが、パイモンノブルスを落せる確信はあった。


 自分があれだけ力の入った演説をしたのだから、パイモンノブルスを落とせないはずがないと思っていたのだ。


 だが、良い報告だけで終わるとも思っていなかった。


 何かしらの被害が生じることも想定するのが自然であろう。


「この場に姿がないことから察せられたとは思いますが、浪人マスタレスが殺されました。その部下もです。アルジェントノブルスからパイモンノブルスに続く街道で見張り中に殺され、リモースも奪われました」


浪人マスタレスを殺ったのは誰だ?」


「アルバス=ドゥネイルにございます」


「フリングホルニの所有者か。聖銀ミスリル製の呪武器カースウエポンとは厄介だね。浪人マスタレスが殺られるなんて」


 すると、そこで蜘蛛スパイダーが1歩前に出た。


「ノーフェイス様、私からも報告がございます」


蜘蛛スパイダー、言ってごらん」


「はい。アルバス=ドゥネイルと交戦したところ、恐らく魔法道具マジックアイテムらしき初見の道具を使われて取り逃がしてしまいました」


「どんな魔法道具マジックアイテムかわかる?」


「使用者を模したMP反応を示すものにございます」


「それを囮にされて逃げられたんだ?」


「申し訳ございません。煙玉で視界を封じられてしまったため、偽の反応だと気づくのに遅れました」


蜘蛛スパイダーから逃げるとは大したものじゃないか」


 狙った獲物を逃がすことがないと定評のある蜘蛛スパイダーが取り逃がしたと知り、ノーフェイスはアルバスの評価を改めた。


「次は騙されません。必ず殺します」


「そうしてくれ。さて、パイモンノブルスの制圧が完了した訳だが、おそらく大陸東部の貴族達が結束してここを取り返しに来るだろう。そうなれば、人数比ではあちらに分があるのは確かだが、こちらも人数比ごときでやられるような者はいないと見せつけろ」


「「「・・・「「はっ!」」・・・」」」


呪武器カースウエポンが向こうからやってくるんだから、ありがたいことだ! 呪武器カースウエポンは全て奪い尽くせ! 以上!」


「「「・・・「「はっ!」」・・・」」」


 ノーフェイスが呪信旅団の全団員にやる気を出させた。


 戦争の第2ステージの開幕はもうすぐである。

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