第279話 なあなあ姉上どんな気持ち?

 アルバス達がアルジェントノブルスに着いたのは夜になってからだった。


 アルジェント伯爵家の屋敷では、ジェシカがアルバス達を待っていた。


 応接室を借り、アルバスとイルミ、スカジ、ジェシカが情報共有を始めた。


「愚弟、よく帰ってきました。イルミ、スカジさん、愚弟がお世話になりました」


 スカジは人見知りを発動し、黙ってコクンと頷いた。


 その一方、イルミはにっこりと笑って答えた。


「大丈夫だよ。これからお世話になるから」


「・・・愚弟集合、1回集合」


 イルミの口から出た言葉に瞬きすること数回、ジェシカはアルバスにこっちに来いと命令した。


 アルバスは疲れていたが、ジェシカに逆らって無駄な体力を消耗したくなかったので素直に従った。


「なんだよ姉上?」


「イルミのさっきの言葉、どういうことですか? 3行で説明しなさい」


「俺がイルミさんにプロポーズした。イルミさんがOKした。今ここ」


「執務に追われてたら愚弟に先を越された・・・ですって・・・?」


 驚愕するジェシカの表情を見て、アルバスは日頃の仕返しをする時が来たと悟った。


「なあなあ姉上どんな気持ち? いつも愚弟と呼んで見下してた弟に先を越されるのってどんな気持ち?」


「殴りたい笑顔ですね。いえ、殴ります」


いったぁぁぁぁぁっ!」


 殴りたい衝動を抑えることはせず、ジェシカはアルバスの頭に拳骨を落とした。


 ジェシカの手加減なしの拳骨を喰らい、アルバスは余りの痛みに叫んでしまった。


 実際、HPが削れるぐらいには強力な拳骨だったため、それも仕方のないことだろう。


 アルバスがジェシカに拳骨を落とすと、イルミがアルバスを庇うようにジェシカの前に割って入った。


「ジェシカさん、アルバス君を虐めないで」


「メイリンに先を越され、イルミと愚弟にも先を越されるなんて人生わからないものですね」


「母様が言ってた。恋は突発的に生じるんだって。ジェシカさんもきっとそんな人が見つかるよ」


「ソウデスネ」


 ジェシカが思わず片言になってしまうぐらい苛立ったのだが、それは無理もないだろう。


 イルミなんて、つい最近まで恋愛のれの字も理解できていなかった。


 だというのに、気づけばアルバスのプロポーズを受けたことで恋を知った女になっている。


 今までは色気0と言ったって過言じゃなかったが、今のイルミには色気が存在している。


 これは由々しき事態だとジェシカは判断した。


 だが、時間が経過するにつれて頭が冷えて今は何を真っ先に話すべきか思い出した。


 そちらを優先すべきだろうとジェシカは頭を切り替えた。


 決して現実逃避がしたかったからという訳ではない。


「オホン。愚弟、偵察に行ってたのだから、その結果を報告しなさい。脇道に逸れましたが、それが最優先事項です」


「いや、それは姉上から・・・、なんでもない」


「よろしい」


 これ以上続ければ拳骨が再び落ちると察し、アルバスはジェシカを刺激しないように余計なことを言わないとアピールした。


 ジェシカも自分が言う前にアルバスが気付いたから、手を出すことはせずに頷いた。


「パイモンノブルスだけど、恐らく呪信旅団に制圧された」


「恐らくということは、確証はないのですね?」


 アルバスが端的に偵察結果を報告すると、ジェシカは驚いたりせずに静かに応じた。


 詳細な報告をアルバスから訊きだすべく、ジェシカはどうして推測なのかも含めて報告を続けさせた。


「西門から30分ぐらいの場所まで進んで撤退したから、パイモン辺境伯の屋敷がどうなってるかはわからない。でも、西門が呪信旅団に占拠されてて、俺達はパイモンノブルスに入る前に弓の一斉射撃を受けた」


「西門を取り返した後、領内はどうなってましたか?」


「原因はわからないけど、領民の姿が全く見当たらなかった。民家にも何軒かお邪魔したんだ。どこも住人が抵抗して血溜まりがあったり家の中が荒れてた」


「私の音響測距儀ソナーにも、人の反応が全くなかったよ」


「確か、ライト君が発明した<索敵>代わりになる魔法道具マジックアイテムでしたね? となると、家のどこかに隠れてた訳でもないようですね。攫ったとなれば、パイモンノブルスの領民と同程度の者を呪信旅団が引き連れて押し入ったことになります。それは考えにくいですから、呪武器カースウエポンによるものと考えるのが妥当でしょう」


 アルバスとイルミからの話を聞き、ジェシカは自分の中で考えをまとめに入った。


 ジェシカの考えは、現場を見たアルバスと同じ内容で着地した。


 普通の武器で攻撃したとなれば、死体は残るはずである。


 何か薬品を使ったとしたら、臭い等の痕跡が残るだろうがそんな報告はアルバス達がしてこなかった。


 魔法道具マジックアイテムでも、人を消してしまうような物の存在をジェシカは知らない。


 そんな物は彼女の母で魔法道具マジックアイテム作りのプロのモニカも知らない。


 そうなると、残された可能性として思いつくのは呪武器カースウエポンである。


「俺達もそう思った。それで調査を続けてたんだけど、音響測距儀ソナーに二つ名持ちの団員が反応して俺たちの前に現れたからヤバいと思って撤退したんだ」


「誰が現れたんですか?」


蜘蛛スパイダーだ。あいつが呪信旅団の一員になってたんだ」


「突然姿を消した二つ名持ちの中に、そんな者がいましたね。毒使いだったと記憶してますが合ってますか?」


「姉上も覚えてたか。説明の手間が省けて助かるぜ」


 アルバスもそうだが、ジェシカも公爵とした箔が付くという理由で二つ名について調べていた時期があった。


 それゆえ、二つ名持ちの者についてはアルバスと同等の知識を備えている。


 ちなみに、2人の知る蜘蛛スパイダーの情報とは、毒に長けており表舞台ではなく貴族や有力な商人の暗殺といった裏の世界で有名というものだ。


 どんな毒を使うのかわからなかったため、アルバスは蜘蛛スパイダーに遭遇した瞬間に撤退を判断した。


 ニブルヘイムにおいて、解毒薬はアンデッド由来の毒か生物由来の毒で使う物が違うし、アンデッドと生物を問わずその毒に応じた解毒薬というものが必要になる。


 ゲームと現実は違い、解毒薬1つでなんでも解毒なんてことはできない。


 アンデッド由来の毒であれば、瘴気が含まれる毒なので聖水を飲めば助かるケースもある。


 しかし、聖水の純度によって助かるかどうかが左右され、絶対に助かるという保証はない。


 どんな毒でも解毒できるならば、それは解毒薬ではなく万能薬の部類に入るだろう。


 残念ながら、ライトは万能薬の作り方を知らないし、ライトの師匠であるルクスリアも知らない。


 ライトやルクスリアの場合は【治癒キュア】系の技で治療できるから、無理に万能薬の研究は必要ないのだから仕方がない。


 毒の強さに応じて、今のライトなら【治癒キュア】と【中級治癒ミドルキュア】、【上級治癒ハイキュア】の3段階で対処できる。


 そう考えると、ライトがいないから蜘蛛スパイダーと戦えないと判断して撤退したのはアルバスの英断だと言える。


「愚弟、良い判断でした。そこで勇み足を踏まれたら、私達は情報不足のまま呪信旅団と戦うことになってました」


「俺の無事を少しは喜んでくれよ」


「喜んでますよ。貴方達は貴重な戦力ですからね。全軍の指揮を預かる身としては愚弟に死なれると非常に困ります」


「大陸東部のまとめ役なら、全軍の指揮を姉上が執るのは当然か。んで、浪人マスタレスを倒した俺がいないと士気が下がるって?」


「その通りです。ありがたいことに、ゼノビア達が愚弟の雄姿を集結した大陸東部の守護者ガーディアンに語ってくれたおかげで、ドヴァリン公爵家に従えば二つ名持ちも怖くないと私が指揮することに他の貴族達が賛成してくれてるんです」


 ジェシカに愚弟呼ばわりされているが、アルバスは決して馬鹿ではない。


 少なくとも、教会学校では次席をキープしていたし、ドゥネイル公爵家の教育は生半可なものではないのだから。


 ライトと同学年でなければ、アルバスは文武両道の秀才という評価を得たのは間違いない。


 そう思われない原因は、ライトが規格外なスペックを保有しているからである。


「まあ、なんにせよ、これからは姉上の指揮に従う訳か」


「そうですね。ただ、今日は疲れたでしょうからお風呂を借りて休みなさい。貴方達には頑張ってもらうことになりますから、少しでも体を休めてもらいたいです。今回は頭脳労働を私に投げてもらって構いませんよ」


「は~い。ジェシカさんよろしく~」


 頭脳労働免除と聞いて、アルバスではなくイルミが良い笑顔になったのは当然の帰結だ。


 アルバス達はジェシカの厚意に甘え、今日はもう休むことにした。

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