第277話 乗っ取られたら乗っ取り返す

 アルバスが目を覚ました時、頭に柔らかい感触があった。


「ん・・・」


「あ、アルバス君起きた?」


 イルミに声をかけられ、アルバスの意識が徐々に覚醒する。


 自分が蜥蜴車リザードカーの中で眠ってしまったことを理解したのは良いが、寝心地が座席の柔らかさとは違ったことに気づいた。


 また、イルミの声が自分の上から聞こえたため、自分が今どんな状況にあるのかアルバスは悟った。


 アルバスがむくりと起き上がると、イルミが微笑みながら声をかけた。


「アルバス君、私の膝の寝心地はどうだった?」


「天国にいた気分でした。あれ、俺っていつから寝てました?」


「私がアルバス君のプロポーズにOKしたら、テンションがおかしくなってその後バタッと倒れたんだよ」


「よ、良かった。プロポーズは夢じゃなかった」


 アルバスにとって一番重要なのはそこである。


 自分のプロポーズが成功したと思ったら夢でしたなんてことになったら、アルバスは割と本気で号泣しただろう。


「そんなに嬉しかったの?」


「嬉しいに決まってますよ。今日という日を俺がどれだけ待ち望んでたことか伝えたいんですけど、上手く言葉にできないです」


「アルバス君がそこまで私を好きだったとは・・・。なんだか照れるね」


「イルミさんは自分がどれだけ魅力的か自覚した方が良いです」


「魅力的?」


 今まで言われたことがないことを言われたものだから、イルミは首を傾げた。


 そこに、御者台からスカジのムスッとした声が聞こえた。


「そこのバカップル、お熱いところ悪いけど呪信旅団だよ」


 その知らせを聞き、アルバスとイルミの甘ったるい雰囲気が瞬時に切り替わった。


 蜥蜴車リザードカーが停まると同時に、アルバスとイルミが車内から飛び出した。


 アルバス達がいまいる場所は、浪人マスタレスを倒した場所よりも蜥蜴車リザードカーで2時間程進んだ地点だ。


 浪人マスタレスが率いていた数の3倍は団員が待ち構えていた。


「イルミ、アルバス君、ここは私がやる」


「俺も手伝いますよ?」


「私 が や る」


「あっ、はい」


 アルバスとイルミがいちゃついている間、ずっと御者を務めていたせいでストレスが溜まっているらしく、今のスカジには凄味があった。


 本能的にこれ以上余計なことを言ってはいけないと判断し、アルバスはおとなしく引き下がった。


 そんなやり取りを無視して3人に呪信旅団が襲い掛かるが、スカジは上を指さした。


「前ばっかり見てたら駄目」


 そうスカジが言うと、空からレッサーヴァンパイアが姿を現し、氷の矢を雨のように降らせた。


「ぎゃあああああっ!」


「ひぇぇぇぇぇっ!」


「ぐぉぉぉぉぉっ!」


「あそこぐぁぁぁぁぁっ!」


「ぬぁぁぁぁぁっ!」


 人にとって頭上というものは、どうしても死角になりやすい。


 スカジはアルジェントノブルスを出たタイミングで、使役しているレッサーヴァンパイアを召喚して空高くから見張りをさせていたのだ。


 死霊魔術師ネクロマンサーは召喚しなければただの人と思われがちなので、召喚していない風を装うにはこの方法がぴったりである。


 幸い、今日はどんよりと曇っていて日中でもレッサーヴァンパイアは活動できる。


 ヴァンパイアになれば、日が出ていても活動に支障は出ないのだが、レッサーヴァンパイアはアンデッドのくせに皮膚が弱く、長時間日光を浴びると火傷状態になってダメージを受け続けてしまう。


 それゆえ、今日みたいな天候か夜でしかできない戦術だが、初見の者を相手にこの戦術でスカジが負けたことはない。


 スカジは使役するレッサーヴァンパイアの奇襲により、目の前の呪信旅団の団員達を一掃した。


 スカジが勝ったと無意識に気を緩めた瞬間、スカジに向かってナイフが放たれた。


 やられたふりをした団員がスッと立ち上がり、ナイフを投擲したのだ。


 だが、そこにイルミが割って入り、ヤールングレイプルを嵌めた腕で弾き飛ばした。


「油断大敵だよ、スカジ」


「ごめん、撃ち損じた。レッサーヴァンパイア、やっちゃって」


 呼ばれたレッサーヴァンパイアは、その団員目掛けて急降下して重力のエネルギーを加算した蹴りを放った。


 骨が折れる音と同時に、その団員は吹き飛んだ。


 これで撃ち漏らしはいなくなった。


「イルミ、ありがとう」


「対人戦の慣れの問題だからしょうがないよ」


「確かに。私の敵は、いつもアンデッドだった。あれらの死体、レッサーヴァンパイアの餌にして良い?」


「良いよ。ね、アルバス君?」


「問題ないです。敵に与える慈悲はありませんから」


「わかった。レッサーヴァンパイア、飲んで良いよ」


 スカジが許可を出すと、レッサーヴァンパイアが呪信旅団の団員達の死体から血を吸い始めた。


 アンデッドには動物のような三大欲求が存在しない。


 しかし、生きていた頃の記憶に従って動くアンデッドはいるし、理由があって食事のようなことをする者もいる。


 ヴァンパイアやレッサーヴァンパイアは後者だ。


 これは<吸血>というスキルを使っている。


 <吸血>はパッシブスキルであり、生物の血を飲むことでHPやMPを回復するだけでなく、一時的にSTRとVIT、AGI、INTの数値が上昇する。


 一般人に対して<吸血>を使うことをスカジは禁じているが、対象が呪信旅団ならばその限りではない。


 レッサーヴァンパイアに血を吸わせることに対し、全く心は痛まないのである。


 レッサーヴァンパイアに血を吸われた死体は1ヶ所に積み上げられ、街道の横に干からびたミイラの山ができた。


「【召喚サモン:トーチオウル】」


 スカジが藍色の炎を纏った骨だけの梟が召喚すると、それがミイラの死体を焼いた。


 死体を放置しておけば、アンデッドになる恐れがあるのでその予防である。


 特に、呪信旅団なんて負の感情に塗れてそうなので、放置しておけるものではないのだ。


「【送還リターン:トーチオウル】」


 シュイン。


 スカジが技名を唱えると、役目を終えたトーチオウルの姿が消えた。


「先を急ごう」


 足止めを食らったが、アルバス達は再びパイモンノブルスへと蜥蜴車リザードカーを走らせた。


 それから1時間もしない内に、アルバス達はパイモンノブルスを視界に捉えた。


 呪信旅団には待ち伏せされていたが、アンデッドと遭遇しなかったおかげである。


 正確には、アンデッドを引き寄せることも遠ざけることもできる死霊魔術師ネクロマンサーのスカジのおかげだ。


 ところが、アルバス達はパイモンノブルスを覆う防壁を見て困惑した。


 呪信旅団に襲撃されているはずなのに、誰も戦っていなければ突破された様子もなかったからである。


 蜥蜴車リザードカーをそのまま進め、パイモンノブルスの西門が見えて来た時に事態は動いた。


「放てぇぇぇぇぇっ!」


 突然、大きな声の命令がその場に響き渡ると、防壁の上から弓を構えた呪信旅団の団員達が立ち上がり、矢を一斉に射出した。


 それでもスカジは慌てず、蜥蜴車リザードカーを停めつつ技名を唱えた。


「【召喚サモン:デスナイト】」


 モーニングスターを装備したデスナイトを召喚すると、デスナイトがランドリザードの前に出てモーニングスターを振り回し、自分達に降り注ぐ矢を全て撃ち落とした。


 その隙にアルバスとイルミが車から降りる。


「スカジ、呪信旅団が西門を乗っ取ったと考えて良い?」


「良いでしょ」


「乗っ取られたら乗っ取り返す」


「乗っ取り返すって何?」


「小さいことは気にしないで。アルバス君、行くよ!」


「はい!」


 イルミが声をかければ、アルバスが動かないはずがない。


 後衛のスカジを待機させてから、イルミとアルバスは西門に向かって距離を詰めた。


「イルミさん、また撃ってきます!」


「任せなさい! 【輝拳乱射シャイニングガトリング】」


 イルミがアルバスの前に移動し、輝く拳から光弾を乱射して飛来する矢を撃ち落とす。


 その間に、アルバスは溜めがかかる技を発動していた。


「【輝旋風シャイニングワールウインド】」


 防壁の上に横一列に並ぶ呪信旅団の団員達に向かって、輝く旋風が襲いかかる。


 半分以上の者が吹き飛ばされ、防壁から後ろに落下した。


 どうにか踏み止まった者達に対して、イルミが追撃する。


「【輝拳乱打シャイニングラッシュ】」


 西門の扉目掛けて輝く拳を繰り出し続けることで、防壁が激しく揺れて残りの団員達もその場に立っていられずに前に後ろに落下した。


 実に常識外れなノックである。


 しかも、今の技によって西門の扉が壊れ、パイモンノブルスへの進入口が開いた。


 アルバスとイルミはそこから入り、防壁の上へと駆け上がる。


 西門を乗っ取っていた呪信旅団に生き残りがいないことを確認すると、イルミはどや顔でスカジに声をかけた。


「西門制圧!」


「うん、わかってる」


 イルミとスカジの間のテンションの差が開き過ぎているが、それはデフォルトである。


 西門の扉を躊躇なく壊したイルミに呆れているからではないだろう、多分。

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