第276話 くぁwせdrftgyふじこlp

 アルバス達がアルジェントノブルスに着いたのは夕方だった。


 パイモンノブルスへの援軍を要請するにしろ、ジェシカに報告をするにしろアルジェント伯爵家の力を借りるべきである。


 そう判断したアルバスは、アルジェント伯爵家の屋敷に向かっていた。


 途中でアルジェントノブルスの教会を通過しょうとしたのだが、アルバスは見覚えのあるシルエットがチラッと視界に移ったため蜥蜴車リザードカーを停めた。


「イルミさん! イルミさんじゃないですか! 奇遇ですね!」


 アルバスが見つけたのはイルミだった。


 教会の敷地から出ようとしていたイルミを見逃さないあたり、アルバスは本当にイルミのことが好きらしい。


 そんなアルバスに対し、イルミは顔を赤くして隣の人物の背中に隠れた。


「あれ?」


「何やってんのイルミ? なんで私の後ろに?」


「あっ、スカジさん、こんにちは」


「こんにちは、アルバス君。ほら、イルミ。前に出なさい」


「ご、ごきげんよう」


「ごきげんよう?」


 イルミの口から全く出て来そうにない言葉が発せられたせいで、アルバスは首を傾げた。


 イルミの隣にいるスカジに対して解説を求めるように視線を送るが、スカジもよくわからないと首を横に振った。


 仕方がないので、アルバスは別の話題を振った。


「イルミさん達はなんでここにいるんですか?」


「今日、私達の友達がこの教会で結婚式を挙げたの」


「正確にはイルミが新婦の友人で、私は新郎の友人だったんだけどね」


「そうだったんですか。じゃあ、今日はクローバーを連れてないんですね」


「むぅ、私よりクローバーの方が良いの?」


「違いますよ!? 最近じゃいつも護衛をしてたので、今日はいないなと思っただけです!」


 イルミがムスッとしていうものだから、誤解されたくないとアルバスは必死に否定した。


「何やってんだよ君達は。痴話喧嘩なら他所でやってよ」


「痴話喧嘩って何?」


「イルミ、もうちょっと言葉の勉強しようか」


「護衛が忙しいのでそういうのはちょっと」


「こういう時だけ護衛を言い訳に使わないでよ。はぁ」


 イルミに呆れたスカジは溜息をついた。


 イルミとスカジが話している間に、イルミに会えて舞い上がっていたアルバスの頭が冷えた。


 今のアルジェントノブルスにどれだけの援軍を期待できるかわからない今、目の前の2人に頼らない手はない。


「話は変わるんですが、イルミさん、スカジさん、俺達に協力してもらえませんか?」


「良いよ」


「ちょっとイルミ、話を最後まで聞いてから答えなよ」


「アルバス君が困ってるなら助けてあげても良いかなって。レツ戦では助けてもらったし」


「イルミさんマジ天使」


「・・・はぁ。ちょっと場所を変えよう。教会ここで話すべき内容じゃない気がするからね」


 イルミの義理堅い発言に目を輝かせるアルバスに対し、とりあえず場所を移してからだとスカジは言った。


 そのタイミングで、ゼノビアが蜥蜴車リザードカーから降りて来た。


「アルバス君、どうしたんですかってダーイン公爵のお姉様とホーステッドさんじゃないですか」


「ゼノビア、この2人にもアルジェント伯爵家についてきてもらうことにした」


「わかりました。このお二人に加勢していただけるならありがたいです。是非お連れしましょう」


「アルバス君、何事?」


「屋敷に着いたらお話しします」


 一旦そこで話を切り上げて、アルバス達はアルジェント伯爵の屋敷まで移動した。


 アルジェント伯爵家でアルバス達が退却した経緯を話すと、アルジェント伯爵家はアルバス達にすぐに増援を手配するのは得策ではないと判断した。


 無論、パイモンノブルスの危機に手を貸さないという訳ではない。


 戦力の逐次投入により、アルジェントノブルスの勢力だけがやられてしまうリスクを避け、ジェシカや他の大陸東部の貴族と一斉にパイモンノブルスに援軍を向けた方が良いという判断をしたのだ。


 その代わり、アルバス達威力偵察組にはイルミとスカジが加わることになった。


 イルミとスカジは大陸東部出身という訳でもなく、どちらも1人でも戦力として頼りになるからだ。


 しかも、2人はセイントジョーカーが拠点であり、移動中に襲撃されることを考えて戦える準備を一通りしてあったから戦闘への不安要素はない。


 出発は翌朝となり、アルバスはイルミとスカジが乗って来た蜥蜴車リザードカーに移り、”極東騎士団”はアルジェントノブルスに残ることになった。


 アルジェント伯爵と協力し、援軍を要請する人員に回ったのである。


 翌日の早朝、アルバスとイルミ、スカジはアルジェントノブルスを出発した。


 スカジが御者をやると言って譲らなかったため、車内にはアルバスとイルミだけがいる。


 昨日の雰囲気から何かを察し、スカジはアルバスとイルミに話をさせようという考えていたのだ。


 そんなスカジの考えに反し、アルバスとイルミの間には沈黙が広がっていた。


 しかし、折角イルミと二人きりにしてもらえたのだから、この時間を無駄にする訳にはいくまいとアルバスは勇気を出した。


「あの、イルミさん、昨日はどうしたんですか?」


「ど、どうって?」


「その、突然スカジさんの後ろに隠れたり、口調がおかしくなったりしたことです。様子が変でしたからどうしたのかと思ったんです」


「別に様子がおかしくなんてないんだからね!」


 イルミの反応がツンデレみたいになっているのだが、ライトというツッコミが不在なのでそれに触れる者はいない。


「そうなんですか? てっきり嫌われちゃったかと思って焦りましたよ」


「嫌いじゃないよ」


「それなら良いんですが」


 本当はその後に繋げたい言葉があったが、まだアルバスは自分に自信がなかったので止めてしまった。


 ところが、ここで事態が動いた。


 イルミが攻勢に出たのである。


「ちょっと聞きたいんだけどね、アルバス君って私のこと好き?」


「くぁwせdrftgyふじこlp」


 アルバスは言葉にならない悲鳴を上げた。


 自分がイルミと出会ってからずっと抱いていたことが、本人から口にされたのだから冷静ではいられないのも無理もない。


「アルバス君!?」


 言葉にならない悲鳴を上げられれば、誰だって驚く。


 イルミはアルバスがおかしくなったのではないかと思い、対面に座るアルバスに近づいて肩を揺すった。


 力強いイルミに揺すられれば、正気なんてすぐに戻ってしまう。


 それゆえ、アルバスは正気に戻った瞬間にイルミの顔が目の前にあって顔が真っ赤になった。


 流石にその反応を見れば、鈍いイルミだってアルバスの気持ちに気づく。


 ライトやエリザベスからそうだと言われていても、目の前のアルバスの表情から得られた確証には届かない。


 アルバスが自分を好きだと理解すると、イルミはニヤニヤし始めた。


「へ~、アルバス君私のこと好きなんだ~」


 昨日まではアルバスが自分を好きかもしれないと勝手に1人ではしゃぎ、顔を赤くしたりスカジの背中に隠れたりしていたにもかかわらず、いざそうだとわかるとニヤニヤするあたり精神構造が子供と同レベルである。


 だが待ってほしい。


 イルミに自分の恋心を知られた今、アルバスに恐れるものがあるだろうか。


「そうですよ! 俺はイルミさんのことが大好きです! 俺と結婚して下さい!」


 なんということだろう。


 恐れるものがなくなったアルバスは、ムードもへったくれもない車内でプロポーズに踏み切った。


 破れかぶれと言ってもいいだろう。


 精神的に有利に立ったと思った途端、アルバスからの不意打ちを受けたイルミはと言えば・・・。


「くぁwせdrftgyふじこlp」


 先程のアルバスと同様に言葉にならない悲鳴を上げていた。


 まさかこのタイミングでプロポーズされるとは思っていなかったのだろう。


 アルバスが破れかぶれになってしまうまで追い詰めたイルミが悪い。


 そして、沈黙が車内を支配する。


 これだけ騒いでいれば、御者台にいるスカジには一連の流れが筒抜けだ。


 しかし、スカジは決してこの2人のやり取りに首を突っ込んだりはしない。


 何故なら、どういう結果になるか容易に想像できるからだ。


 という訳で、スカジが何も口を挟まずに時間が進むこと数分、落ち着いたイルミが口を開いた。


「アルバス君、私と結婚したいの?」


「結婚したいです」


「私のどこが好き?」


「全部好きです。でも、強いて言うならイルミさんの自由な在り方がきっかけでした」


「私、いっぱい食べるよ」


「養ってみせましょう」


「毎日模擬戦してくれる?」


「望むところです」


 そこまで聞くと、イルミは深呼吸して気持ちを落ち着かせた。


 それとは対照的に、アルバスは口から心臓が飛び出そうな気分だった。


「アルバス君なら良いよ、結婚しても」


「マジっすか!? ヒャッハー! 今日は祭りだぁっ!」


 緊張していたのが振り切れてしまったらしく、アルバスはうれしそうな顔をしたまま倒れた。


「アルバス君!? スカジ、アルバス君が気絶しちゃった! 助けて!」


「君達さっさと結婚すれば?」


 予想できた甘々な結末に対し、スカジが冷たく言うのは予定調和である。

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