第275話 言い残すことはあるか?

 待ち伏せしていた呪信旅団の集団は、アルバスのフリングホルニに目を奪われていた。


 ”極東騎士団”なんて眼中にない様子である。


 その集団の中に、他の者とは違った空気を纏ったちょんまげに似た髪型の男がいるのをアルバスは見逃さなかった。


 その男もまた、アルバスをじっと見ていた。


「フリングホルニの持ち主、アルバス=ドゥネイルと見受ける」


「そういうお前は誰だよ? 呪信旅団ってことしか知らないけどさ」


「失礼。浪人マスタレスという二つ名に聞き覚えは?」


 その瞬間、アルバスは浪人マスタレスを自分だけで対応する必要があると判断した。


「ゼノビア、お前達は取り巻きをやれ。俺が浪人マスタレスをやる」


「・・・わかりました」


 言外に足手まといだと言われ、ゼノビアは自分達も戦えると咄嗟に言いたくなった。


 しかし、アルバスの緊張感のある声を前に自分達では実力不足であると認め、アルバスの指示に頷いた。


「ほう、拙者のことを知っておるのか?」


「二つ名持ちに憧れてるんでね。一通り頭に入ってるさ」


「それは重畳」


 浪人マスタレスとは、卒塔婆の見た目をした大剣を使う守護者ガーディアンだ。


 二つ名の由来は、どの貴族に仕えるのでもなくふらふらと戦場を歩いて回ることから付けられた。


 ある時期を境に、目撃情報が途絶えたから死んだと噂されていた人物が呪信旅団の団員になっていたと知れば、アルバスも気が抜けない。


「参考までに訊きたいんだけど、なんで呪信旅団に入った?」


「拙者は戦いを求める者故、常に戦場を求めておった。きな臭い話には戦いがつきものであろう? つまりはそういうことである」


「戦場だけじゃ物足りなくなったってか」


「これ以上語るのは無粋であろう? さっさと死合おうぞ」


 狂月クレイジームーンと呼ばれたエイワス程ではないが、浪人マスタレスも強敵との戦いに飢えていた。


 エイワスとの違いは、沸点が低くすぐ手を出すかどうかだ。


 エイワスはすぐに荒事を起こすが、浪人マスタレスは冷静に強さを求めている。


 パイモンノブルスを嬉々として襲撃する幹部とは違い、浪人マスタレスはパイモンノブルスとアルジェントノブルスを結ぶ街道で待ち伏せをしていた。


 浪人マスタレスがパイモンノブルスに強者はいないと判断し、幹部達の中では外れの役である補給路の分断を買って出た。


 その目的は、アルバスのように強力な呪武器カースウエポンを持つ強者が増援としてやってくることを見越していたからだった。


 それゆえ、浪人マスタレスは他の幹部や部下に邪魔されることなくアルバスとの一騎打ちを求めた。


「挨拶代わりだ。【輝啄木鳥シャイニングウッドペッカー】」


「ほう、面白い」


 フリングホルニの石突で放たれる連続の突きに対し、浪人マスタレスは卒塔婆型の大剣で器用に弾く。


「それ、卒塔婆の形の大剣だろうけど、呪武器カースウエポンか?」


「然り。リモースという拙者の愛剣である」


「効果を教えてくれたりは」


「するはずがなかろう。戦って推察せよ」


「だよなぁ。はぁ」


 面倒だと言わんばかりにアルバスは溜息をついた。


 アルバスと浪人マスタレスが戦い始めると、”極東騎士団”も他の団員と戦闘が始めている。


 自分もサボる訳にはいかないので、アルバスは気を引き締め直した。


「次は拙者から参る。【重斬撃巣ヘヴィスラッシュネスト】」


「【幻影歩行ファントムステップ】」


「ほう、良い動きである」


 自分の放った無数の斬撃に対し、アルバスは残像を生み出す足捌きでそれらを躱してみせた。


 浪人マスタレスはその動きに感心した。


 アルバスは呑気な態度の浪人マスタレスに対して反撃に移る。


「【輝重斬撃シャイニングヘヴィスラッシュ】」


「撃ち合いである。【重斬撃ヘヴィスラッシュ】」


 輝く斬撃と斬撃がぶつかり、それらは相殺された。


「ふむ。その歳で大したものだ。これならば、拙者も本気を出せそうである」


「まだ本気じゃねえのかよ」


「一体いつから本気だと錯覚してたであるか?」


 そう言い終えた時には、浪人マスタレスがアルバスの背後に回り込んでいた。


「【脚刀レッグナイフ】」


「【双重斬撃ツインヘヴィスラッシュ】」


「マジかよっ!? 【幻影歩行ファントムステップ】」


 背後に回られたため、アルバスは振りの大きいフリングホルニの攻撃ではなく<格闘術>で牽制したが、浪人マスタレスはリモースを2本の剣にして技を繰り出した。


脚刀レッグナイフ】が【双重斬撃ツインヘヴィスラッシュ】に太刀打ちできるはずもなく、アルバスは【幻影歩行ファントムステップ】で回避を図るも片方の斬撃が左肩を掠った。


「ほう、ったと思ったんであるがな」

 

「生憎、お前よりも強い奴と模擬戦してるんでね。掠っちまったのは反省点だな畜生」


「拙者より強いか。明らかに拙者よりも強いのはノーフェイス殿ぐらいであるが、その者はもしや」


「ライトに決まってんだろ。それに、体術だけならイルミさんの方が強いぜ」


「であるか。拙者よりも強い者がいるというのは、年甲斐もなくワクワクするである」


 嬉しそうに言うあたり、浪人マスタレスは根っからのバトルジャンキーらしい。


「そうかい。そりゃ良かった。それはさておきおっさん」


「なんであるか?」


「俺の踏み台になってくれる?」


「踏み台はお主である! 【双巨体貫ツインペネトレイト】」


「【幻影歩行ファントムステップ】【輝旋風シャイニングワールウインド】」


 浪人マスタレスの攻撃を残像を生み出しながら躱し、その足捌きを利用して体を回転させたアルバスが【輝旋風シャイニングワールウインド】に繋げる。


 ライトとの模擬戦で【輝旋風シャイニングワールウインド】を使った際、技の発動から斬撃を放つまでの時間で攻撃されてしまったため、時間稼ぎと時間短縮を組み込む技の連携を編み出したのだ。


 そのおかげで、浪人マスタレスは完全に避けられずに腰の右側から出血した。


「拙者が傷を負うとは久し振りである! やるではないか! 【双剣乱舞ツインソードダンス】」


「ハイになってやがるな、クソ」


 テンションが上がった浪人マスタレスに対し、アルバスは悪態をつく。


 そして、ポケットから取り出したものを浪人と自分の間に投げつけた。


 それが地面に触れた瞬間、白煙がボワッとその場を包み込んだ。


 アルバスが投げたのは煙玉だ。


 浪人マスタレスの視界を奪って次の攻撃に繋げるための準備だった。


「無駄である! 拙者には、目が見えずとも<索敵>で敵の位置がまるわかりである!」


 そう言った浪人マスタレスは【双剣乱舞ツインソードダンス】のフィニッシュでアルバスを仕留めた気になった。


 だが、人を斬った手ごたえがせずに首を傾げた。


「何を斬ったんだろうな? 【聖裁刃雨ホーリージャッジメント】」


 アルバスの声が聞こえた途端、浪人マスタレスは自身に降り注ぐ無数の聖気を纏った刃の雨に襲われた。


「ぬぁぁぁぁぁっ!」


 1つずつの斬撃の威力は大技とは呼べない。


 しかし、確実に出血を伴うダメージとなる。


 それがしばらく降り注いだことで、浪人マスタレスは全身血だらけで瀕死の状態になった。


 アルバスが取った手段とは、次のようなものである。


 煙玉で【双剣乱舞ツインソードダンス】を発動中の浪人マスタレスの視界を奪う。


 デコイを使い、視界を奪われた浪人マスタレスがそれに反応してアルバス本人から意識が向かなくなる。


 その隙に、アルバスは大技の【聖裁刃雨ホーリージャッジメント】を発動した。


 この技は、手元でフリングホルニをグルグルと縦回転させ、斬撃を一旦空に打ち上げる。


 しかし、重力に負ける程度の勢いで放たれたいくつもの斬撃は、そのエネルギーと真下に働く重力のエネルギーが合算して地上の敵に降り注ぐという訳だ。


 <索敵>持ちではあったものの、浪人マスタレスが自分を傷つけられるアルバスとの戦闘で興奮したことで、アルバスを見失ったのは運が良かったと言えよう。


 その結果、煙が消えると浪人マスタレスは出血多量かつ全身の傷のせいでまともに動けなくなっていた。


「おっさんを生け捕りにして連行できるとは思わない。悪いが死んでくれ」


「これが拙者の最後か」


「言い残すことはあるか?」


「本望」


「じゃあな」


 アルバスはフリングホルニを振るい、浪人マスタレスの首を断ち切った。


 初見殺しの奇策を使わなければ、自分ももっと倒すのに苦労しただろうことは明らかなので、アルバスは浪人マスタレスを生け捕りにしてドゥネイルスペードに連れ帰るのは難しいと判断した。


 もしも浪人マスタレスが移送中に暴れだし、”極東騎士団”を人質にされたら笑えない。


 そんなリスクがあるならば、この場で殺してしまうべきというアルバスの判断は間違っていないだろう。


 アルバスは浪人マスタレスを倒した証拠としてリモースを回収する頃には、ゼノビアがアルバスに駆け寄った。


「ゼノビア、そっちも終わったか」


「はい。残念ながら、無傷で勝利とはいきませんでしたが。アルバス君も浪人マスタレスを倒されたんですね」


「こっちも無傷じゃなかったし、手の内を晒すことになっちゃったけどな。ゼノビアには悪いけど、一旦アルジェントノブルスまで退こう。パイモンノブルスに乗り込むには俺達だけじゃ厳しい。協力を求めよう」


「わかりました。私も賛成です」


 自分達だけで連戦するのは厳しいという判断から、アルバス達は怪我の手当てと倒した浪人マスタレス達の火葬をした後でアルジェントノブルスへと退却した。

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