第278話 三十六計逃げるに如かずってね!

 アルバスとイルミが西門を制圧すると、スカジが蜥蜴車リザードカーを操縦して防壁内に入った。


 2人は蜥蜴車リザードカーに戻った。


「スカジ、結構ここヤバいかも」


「と言うと?」


「上から見て動く人の姿が見当たらなかった」


「・・・既に呪信旅団に制圧された?」


「かもしれない」


 イルミとスカジが暗い表情になってしまったので、アルバスは慌てて口を開く。


「まだそうと決まった訳じゃないですよ。希望は捨てちゃ駄目ですって」


「そ、そうだよね。うん。そうだよ! 良いこと言ったよアルバス君!」


「それでこそイルミさんです!」


 イルミが元気を取り戻したので、アルバスは笑顔になった。


 スカジもアルバスの言葉を受けて、パイモンノブルスの住民に生き残りがいるかもしれないと心を奮い立たせた。


 それから、アルバス達は周囲を警戒しつつパイモン辺境伯家へと向かうことにした。


 異常事態があった時、最も情報が集まるのは領主の屋敷だからである。


 物陰に潜んでいるかもしれない呪信旅団に注意し、生存者の救出と状況の把握を目的に行動を開始した。


 生存者探しと索敵だが、イルミはピッタリなものを蜥蜴車リザードカーに積み込んでいた。


 それは、ライトが発明して僅かではあるが小型化された音響測距儀ソナーだ。


 発明されてから半年も経てば、ライトの姉であるイルミにも音響測距儀ソナーが回ってくるのは不思議ではない。


 クローバーの乗る蜥蜴車リザードカーには、音響測距儀ソナー即時拠点インスタントポータルが常備されている。


 今回はイルミが友人の結婚式に参加すること、クローバーがセイントジョーカーでオフ真っ最中であることから、イルミがアルジェントノブルスに行くにあたって両方とも借用したのだ。


 勿論、許可はメアから取っている。


 音響測距儀ソナー即時拠点インスタントポータルの作成は、ダーイン公爵家所有の工場で行われているが、手作りのため大々的に量産することはできていない。


 ある物は有効活用すべきという考えから、イルミが音響測距儀ソナーを持って来たのだがそれは正解だったと言えよう。


 イルミがそのスイッチを入れると、衝撃波が周囲の状況を探る。


 アルバスもスカジも、音響測距儀ソナーの存在は知っていたが使ったことはなかったので、イルミが結果を口にするのを待った。


 しかし、イルミは首を傾げるだけだった。


「イルミさん、どうしたんですか?」


「あのね、ここから半径1kmで反応が全くないの」


「そんなことってあるんですか?」


「・・・当たっててほしくないけど、その可能性はあるよ」


「まさか・・・」


 イルミの表情が険しくなると、アルバスもイルミが言わんとしていることを察して眉間に皺が寄った。


 アルバスが言わなかった答えは、スカジが代わりに口に出した。


「半径1kmで生存者なし?」


「うん。アルバス君、そこの民家に入ってみて」


「わかりました」


 イルミに指示されて、アルバスは目の前にある民家のドアをノックした。


 残念ながら、ドアの奥から反応はなかった。


 アルバスがそっとドアに手をかけると、鍵はかかっていなかった。


 覚悟を決めて民家の中に入ると、家の中は荒れていた。


 争った形跡が残っていて、血痕よりも血溜まりと呼ぶのがふさわしいものも残っていたのだが、人の姿は死体も含めて存在しなかった。


 アルバスは一通り確認すると、民家の外に出てイルミとスカジに報告した。


「誰もいませんでした。死体はありませんでしたが、家の中が荒らされてて血溜まりがありました」


「争った感じ?」


「金品を物色したというよりは、民家に住む人が呪信旅団に抵抗したけど大怪我を負わされたまま消し飛ばされたと言われた方がしっくりくる様子でした」


「2,3軒他にも見よう」


「そうだね」


「了解です」


 スカジはアルバスの回答を受け、全部はチェックせずとも数軒は適当に選んで確認しようと提案した。


 アルバスもイルミもそれに頷き、蜥蜴車リザードカーで移動しながら適当な民家を調査した。


 その結果、どの民家でも最初の民家と同じ状況だった。


「人がいないのは呪信旅団の仕業ですかね?」


「攫った?」


「物理的にそれをやるとしたら、パイモンノブルスに攻め込んだ呪信旅団の数が尋常じゃないと思うんですが」


「きっと呪武器カースウエポン


「不可能を可能にするならそれしかないですか」


「多分」


「むぅ」


 アルバスとスカジが意見を出し合っている姿を見て、イルミはスカジにジェラった。


 アルバスにプロポーズされたことが嬉しかったからこそ、アルバスとスカジが真剣な顔で意見交換をしているのがなんとなく嫌だと感じたのだ。


 ライトのように洞察力にも長けていれば、自分もアルバスとそんな風にできたのにと思ったのである。


 アルバスはそんなイルミの様子を瞬時に察し、イルミに話を振った。


「イルミさんはどう思いますか?」


「すっごい呪武器カースウエポンのせいだと思う!」


「俺もそうだと思います。さすがはイルミさんです!」


「ドヤァ」


 イルミはチョロ過ぎやしないだろうか。


 スカジはそう思ったもののそれを口にはしなかった。


 アルバスがイルミの気持ちを察して機嫌を取ったというのに、自分がそれを台無しにしては申し訳ないからである。


 それから、アルバス達は音響測距儀ソナーの効果範囲外に移動してはスイッチを入れ、民家に手掛かりを求めて中に入ることを繰り返した。


 ところが、結果は芳しくなかった。


 そして、5回目にスイッチを入れた時、イルミは何者かが自分達のいる場所に向かってくるのを探知した。


「何か来る!」


「その通り」


 イルミが注意するように告げた時には、静かに接近する反応の主がアルバス達の前に現れた。


 アルバスがイルミとスカジの前に立って誰何する。


「誰だお前?」


「私には今から死にゆく者に名乗る名はない」


「女?」


 目の前の人物が中世的な顔をしており、一人称が私だったためにスカジが首を傾げて疑問を口にした。


 その瞬間、その者の表情が険しくなった。


「男だ。私は私を女と間違えた者を決して生きては返さない」


「身勝手な奴だな」


「なんとでも言え。いや、すぐにあの世に送るから何も言えまい」


「オカマ野郎」


「誰がオカマ野郎だって!? 私は蜘蛛スパイダー! 貴様のような男は真っ先に殺してやる!」


 アルバスが挑発すると、男は激昂して蜘蛛スパイダーと名乗った。


「撤退します!」


「「了解!」」


 アルバスがそう言うと、イルミとスカジが蜥蜴車リザードカーに乗り込み、アルバスがランドリザードを走らせた。


「逃げるな小僧!」


「三十六計逃げるに如かずってね!」


 蜘蛛スパイダーが必死の形相で追うが、アルバスはそれを振り切ろうと煙玉を後ろに投げた。


 ぼわっと白煙が広がり、蜘蛛スパイダーはそれにやられてむせた。


 その隙にアルバスは蜥蜴車リザードカーを加速させて、蜘蛛スパイダーから距離を取る。


 デコイも使い、蜘蛛スパイダーに自分達がどこにいるかを誤魔化して逃げた。


 だが、事はそう簡単には運ばなかった。


 パイモンノブルスの西門には呪信旅団の団員達が待ち構えていたのだ。


 それでも、アルバスは蜥蜴車リザードカーを減速させることはしなかった。


「イルミさん、屋根に上がれますか!?」


「わかった!」


 行儀が悪いとか危険だとか、そういったことを棚に上げてアルバスは車内のイルミに声をかけた。


 イルミはアルバスに呼ばれ、ドアを開けて車の屋根に上る。


 何をするにしても、車体のバランスが安定していた方が良いと思ったスカジは、イルミの開けたドアを閉めた。


「イルミさん、前方の敵をお願いします!」


「任された! 【輝拳乱射シャイニングガトリング】」


 前方に向かってイルミが技を放つと、西門を制圧する際にイルミが攻撃して耐久度が削れていたらしく、正門付近の防壁が崩れた。


「防壁が!?」


「崩れるぞ!」


「なんてことしやがる!」


「もう一丁! 【輝拳乱射シャイニングガトリング】」


 慌てて逃げようとする団員達は、瓦礫ごとイルミによって吹き飛ばされた。


 目の前に障害があるならば、それを壊して進むのがイルミスタイルである。


 アルバスは視界が開けたのを確認し、そのまま蜥蜴車リザードカーを走らせる。


 そのおかげで、どうにかアルバス達はパイモンノブルスから無事に撤退することに成功した。


 イルミはしばらく屋根の上に残り、後ろから追手が来ないか見張り続けた。


 警戒するイルミだったが、パイモンノブルスから十分に離れて追手が来ていないことを確認すると、アルバスのいる御者台に降りた。


「もう大丈夫だよ」


「イルミさん、ありがとうございます。やっぱりイルミさんは頼りになりますね」


「ふふん。私は頼れる女なんだよ、アルバス君」


 アルバスに褒められ、イルミはすっかりご機嫌である。


「でも、撤退できて本当に良かったですよ。蜘蛛スパイダーを相手にしたくなかったんで」


「知ってるのアルバス君?」


「二つ名持ちのことは調べましたからね。蜘蛛スパイダーってのは毒使いの暗殺者アサシンなんです。ライトがいない限り、少数じゃ安心して戦えるような相手じゃないんですよ。まさか、あんな奴まで呪信旅団にいるなんて驚きです」


「そっか。ライトも結婚式に引っ張ってくれば良かったね」


「いやぁ、それはライトが困るんじゃないかと」


 公爵になって忙しいライトのことを思うと、アルバスはやんわりとそれは止めてあげてほしいと言った。


 それはさておき、アルバス達はこれ以上の偵察は厳しいと判断し、アルジェントノブルスに戻るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る