第266話 リンゴ3個分です

 氷の棺の中に引き籠り、<再生>で回復を企むカーミラに対し、アンジェラは【壱式:投瞬殺とうしゅんさつ】を連発した。


 折角<ヴィゾフニル流>を会得したというのに、この戦いでアンジェラが使用した数の多い技は【壱式:投瞬殺とうしゅんさつ】である。


 グングニルを投げてばかりでは良くないと思っていたはずなのに、やはり一番確実な方法はグングニルの投擲のようだ。


 (引き籠ってるってことは、こちらのやりたい放題なんだ。何か良い手はないかな?)


 アンジェラが氷の棺を削っている間、ライトはこの状況を打開できる方法を必死に考えた。


 そして、ライトは閃いた。


 カリプソを弱体化させた時の方法を自分だけでやれば良いのだと。


 思いつくや否や、ライトは<道具箱アイテムボックス>からホーリーポットを取り出した。


 それを見てライトが何か閃いたのだと悟ると、アンジェラは掘削作業を止めてライトに話しかけた。


「旦那様、ホーリーポットをどう使うおつもりですか?」


「どうってずっとかけ続けるんだよ。その氷の棺、瘴気も練り込まれた氷だからよく融けるんじゃないかな」


「なるほど。カリプソを倒した時のアレンジということですね?」


「そういうこと。アンジェラ、聖水に反応して出てきたところを狙え」


「お任せ下さい」


 アンジェラが頷いたのを確認して、ライトはホーリーポットにMPを注ぎ込み、そのまま氷の棺に聖水を豪快に注いだ。


 すると、シューッという音と共にみるみるうちに氷の棺が融け、あっという間にその中に引き籠っていたカーミラの姿が見えた。


 カーミラは回復に専念していたせいで、反応に遅れてしまった。


 その結果、純度MAXの聖水を全身に浴びる羽目になった。


「ギャァァァァァッ!?」


 パニックに陥ったカーミラは、慌てて氷の棺から飛び出した。


 アンジェラが待ち構えているとも知らずに。


「【壱式:投瞬殺とうしゅんさつ】」


「【【【【聖戒ホーリープリセプト】】】】」


 アンジェラの投擲が決まった瞬間を狙い、ライトはカーミラの四肢を光の鎖で拘束した。


 既に右翼が切断されているため、カーミラが空に逃げることは不可能だ。


 それでも、行動の選択肢を奪うことは欠かす訳にはいかない。


 だからこそ、光の鎖で四肢を拘束したのである。


 さて、未だパニック状態で正常な判断ができないカーミラが身動きの取れない状態ならば、アンジェラが攻撃しないなんてことはありえない。


「【肆式:兜割かぶとわり】」


 アンジェラが全力でペインロザリオを振り下ろすと、カーミラの脳天に直撃した。


 それと時間差で、カーミラの頭がゴム風船のように弾けた。


 しかし、<再生>を使って破片が頭部のあった場所に集まり始める。


「なんて再生力なんだろう、ね!」


 だが、ライトが元に戻ろうとするカーミラの頭部を黙って見ているはずがない。


 再びホーリーポットにMPを注ぎ、そのまま聖水をカーミラの体にぶち撒けた。


 その瞬間、カーミラの体がピタッと止まり、<再生>が機能不全を起こした。


「これ以上旦那様のお目汚しは許しません! 【壱式:投瞬殺とうしゅんさつ】」


 カーミラの心臓部目掛けて、アンジェラがグングニルを投擲した。


 心臓部にぽっかりと穴が開いたカーミラを見て、ライトはそろそろいけるかもと<鑑定>でカーミラの残りHPを確認した。


 (よし、いける)


 いくらアンデッドとはいえ、頭部を粉砕されて心臓部も消失してなおピンピンしていたら人類では太刀打ちできないだろう。


 とどめを刺せる程度にHPを削れたことがわかると、ライトの行動は素早かった。


「【昇天ターンアンデッド】」


 パァァァッ。


《ライトはLv66になりました》


《ライトはLv67になりました》


《ライトはLv68になりました》


《ライトの”スーパーノヴァ”が”セイバー”に上書きされました》


 ヘルの声でアナウンスが聞こえると、ライトはカーミラとの戦いが終わった実感を得ると共に1つ疑問が浮かんだ。


 (超新星スーパーノヴァから救世主セイバーになったけど、終着点はどうなんだろ?)


 そう思うのも無理もない。


 ”スーパーノヴァ”だってかなり無理のある称号だというのに、今度は”セイバー”である。


 ちなみに、”セイバー”の取得条件は”災厄”を持つ者を倒すことだ。


 つまり、アンジェラもライト同様に”セイバー”の称号を取得したことになる。


 称号でその者の成し遂げた偉業がわかる訳だが、世界樹を守り切ったとヘルに判断された時、果たして自分はどんな称号を手にすることになるのか気にならないはずがない。


 それはさておき、戦闘が終わったのだから後処理をする必要があるので、ライトは気持ちを切り替えた。


「【範囲浄化エリアクリーン】【【疲労回復リフレッシュ】】」


 【範囲浄化エリアクリーン】を使ったことで、ライトとアンジェラの体に付着していたかもしれないカーミラの<呪香カースフレグランス>もきれいさっぱりなくなった。


 ついでに、肉体と精神の疲労も癒した。


 ライトがいるのといないのでは、戦闘後のケアも雲泥の差だろう。


「旦那様、ありがとうございます」


「どういたしまして。アンジェラ、ヒルダの不在をよくカバーしてくれた。こちらこそありがとう」


「勿体ないお言葉です。私は専属メイドの務めを果たしたまでです」


 (そのセリフ、世の専属メイドが聞いたら全力で首を横に振るだろうな)


 この世界のメイドのほとんどから、メイドにそこまでの戦力を求めないでほしいと抗議されることは想像に難くない。


 ライトはアンジェラを労い終えると、ホーリーポットをしまって戦利品の回収に移った。


 魔石は特にじっくりと見る必要もないのですぐにしまったが、ドロップした呪武器カースウエポンはそういう訳にはいかない。


 その呪武器カースウエポンとは血のように赤い鎖だった。


 早速、ライトは<鑑定>を発動した。


 (カーミラチェーンか。名前はまんまだけど色々とエグくない?)


 ライトがそういう感想を抱くのも無理もない。


 カーミラチェーンとは、一旦狙った相手を拘束するまで執拗に追跡する代わりに使用後に使用者の血が失われる呪武器カースウエポンだ。


 失う血の量は、狙った相手を拘束するのにかかった秒数×10mlである。


 体重が50kgの男性は約4,000mlの血液を有する。


 その内、800mlが短時間で失われると出血性ショックになり、1,200mlが失われれば生命の危険が生じる。


 つまり、体重50kgの男性がカーミラチェーンを扱っても無事でいられるのは80秒以内ということだ。


 これでは強敵相手に使い勝手が悪い。


 そう判断したライトは、一か八かの可能性に賭けた。


「【聖付与ホーリーエンチャント】」


 ライトが技名を唱えると、聖気をゆっくりと消化するように馴染ませていき、血のような赤い色が徐々に銀色へと変わった。


「旦那様、おめでとうございます」


「気が早いよアンジェラ。【聖付与ホーリーエンチャント】は成功したけど、<鑑定>はまだ使ってないんだから」


 成功を確信したアンジェラの言葉に、ライトは苦笑しつつ再び<鑑定>を発動した。


 (予想してたけど、やっぱりグレイプニルか)


 鎖状の時点で、聖銀ミスリル呪武器カースウエポンになった瞬間にライトは変わった先がグレイプニルだと予想できていた。


 北欧神話の中で鎖や拘束具は何かと訊かれれば、真っ先に思い浮かぶのがグレイプニルだからである。


 グレイプニルはカーミラチェーンと比べ、デメリットがかなり緩和されていた。


 その効果は、一旦狙った相手を拘束するまで執拗に追跡するが、使用者によってキャンセルもできる。


 デメリットは、使用後に使用者の血が狙った相手を拘束するのにかかった秒数×1ml失われるというものだった。


 失われる血液量が1/10になり、使用途中でキャンセルできるのだから使い勝手は良くなったと言えよう。


 アンジェラに<鑑定>の結果をビフォーアフターで伝えると、静かに頷いた。


「それぐらいのデメリットであれば、十分な実用範囲だと思います。おっと、私の体重は教えませんよ?」


「うん、別に興味ない」


「リンゴ3個分です」


「聞いてないから! 大体、それじゃ全然使えないからね!?」


「流石は旦那様。今日もツッコミが冴え渡っておりますね」


「はぁ。いいから帰るぞ。ヒルダが待ってる」


「かしこまりました」


 最後の最後でアンジェラにツッコミを入れて疲れたライトは、光のドームを解除してアンジェラの操縦する蜥蜴車リザードカーでダーインクラブへと戻った。


 屋敷に到着すると、ヒルダがライトの無事な姿を見て嬉しそうに抱き着いた。


 ライトはヒルダの精神に大した負担をかけずに帰還できたことで、心の底からホッとしたのだった。

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