極東戦争編

第267話 おめでとうございます、奥様! 男の子です!

 ライトとアンジェラがカーミラを倒して月食が終わると、Eウイルスの感染者数は徐々に減っていった。


 カーミラが討伐されたことで、聖水だけでなくユグドランαも効き目が出るようになったからだ。


 その結果、ライトが前世で経験したような新型コロナウイルス感染症と比べ、死者の数はかなり抑えられた。


 年が明け前にはEウイルスに新たに罹患する者もいなくなり、緊急事態宣言も解除された。


 その翌年の1月11日、正午まで1時間を切った頃にライトは寝室でベッドに横になっているヒルダの手をしっかりと握っていた。


 アンジェラはライトの後ろに控え、ライトに何か指示を出された時のために備えている。


 どうしてこうなっているかと言えば、ヒルダの陣痛が始まったからである。


 ヒルダの出産は、ライトが<法術>を使ってサポートする。


 ただし、ライトはヒルダにかかりきりになるので、アンジェラがライトを補助するべくこの場にいる。


 ヘルハイル教皇国において、出産時にはもっと人手が必要になるのが普通だが、ライトには<法術>があるから補助にアンジェラだけいれば事足りる。


 ヒルダも自分の出産を取り囲まれて見られるのは嫌なので、自分とアンジェラだけで対応するというライトの申し出に賛成した。


「うぅ、痛い・・・。ライト・・・」


「大丈夫。僕を信じて」


「うん」


 ライトの声を聞くだけで、ヒルダは陣痛にも耐えてみせると気持ちを持ち直した。


 そんなヒルダに無駄な痛みを感じさせないように、ライトはヒルダのお腹にそっと手を当てて技名を唱えた。


「【助産ミッドワイファリー】」


 その瞬間、ライト達のいる部屋を白い光が包み込んだ。


 光に包み込まれた部屋の中で、ヒルダは痛みがなくなっていくのを感じた。


 光が収まると、ライトの腕には黒髪黒目の赤ちゃんが抱かれていた。


「おめでとうございます、奥様! 男の子です!」


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


 アンジェラが喜びの声を上げたすぐ後に、生まれて来た男の子は産声を上げた。


 男の子ということは、ライトとヒルダが事前に決めていた通り、名前はトールになる。


「アンジェラ、タオルを。【範囲浄化エリアクリーン】」


「どうぞ」


 念のため、ライトが部屋ごと浄化してから、アンジェラは清潔な白いタオルでトールを優しく巻いてライトに戻した。


 トールを抱いたライトはヒルダにその顔が見えるように移動した。


「ヒルダ、よく頑張ってくれたね。ありがとう。元気な男の子、トールが生まれたよ」


「こんにちは、トール。お母さんだよ」


 ヒルダは産声を上げ続けるトールに対し、優しく微笑む。


 そんなヒルダを見て、アンジェラはライトに訊ねた。


「旦那様、私の知る出産はもっと長丁場で過酷なものだったのですが、どうしてここまであっさりと無事に済んだのでしょうか? これが【助産ミッドワイファリー】の効果なのですか?」


「その通り。母親の負担を極限まで減らして赤ちゃんを取り上げることができるんだ。出産による疲労も軽減できるから、こうしてヒルダも余力があるって訳さ」


「この事実が知られたら、旦那様は貴族の方々からひっきりなしに呼ばれそうですね」


「本当に親しい間柄なら手伝っても良いけど、誰でもってのは時間の拘束がヤバくなりそうだから内密にね」


「かしこまりました。このアンジェラ、旦那様の秘密は決して口外しません」


 アンジェラはライト最優先なので、ライトの指示に対して迷うことなく頷いた。


 それはさておき、今はアンジェラの質問も適当に切り上げてヒルダのケアの方が優先される。


「【疲労回復リフレッシュ】」


 ヒルダが体を起こせるように、ライトはヒルダの疲労を心身両方から取り除いた。


 【助産ミッドワイファリー】と【疲労回復リフレッシュ】のおかげで、ヒルダはすぐに体を起こすことができた。


「ヒルダ、トールを抱いてあげて」


「うん。トール、良い子良い子」


 ヒルダに抱かれると、トールは段々と落ち着き初めてやがて泣き止んだ。


 黒い目がヒルダをじっと見つめている。


「黒髪黒目は僕の性質を継いだみたいだけど、顔の特徴はヒルダから受け継がれてるね」


「そうみたい。目の形と口元は私に似てるわ」


「かわいいね」


「うん。トールは私とライトの愛の結晶だもの。かわいくないはずがないよ」


 ライトとヒルダは、トールがかわいくて仕方ないらしい。


 2人がトールを仲睦まじく見守っていると、アンジェラが口を開いた。


「旦那様、奥様、邪魔をしてしまい申し訳ございませんが、念のために<鑑定>でトール様の状態を確認してはいかがでしょうか?」


「おっと、うっかりしてた」


 アンジェラに指摘され、ライトは浮かれ過ぎだと内心反省しつつ<鑑定>を発動した。



-----------------------------------------

名前:トール=ダーイン  種族:人間

年齢:0 性別:男 Lv:1

-----------------------------------------

HP:5/5

MP:10/10

STR:5

VIT:5

DEX:5

AGI:5

INT:10

LUK:5

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称号:ダーイン公爵家長男

職業:なし

スキル:<法術><雷魔法><状態異常耐性>

装備:なし

備考:眠気

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 (色々ツッコミどころはあるけど、トールで<雷魔法>って狙ってるのかな?)


 トールのステータスにはツッコミどころがいくつもあったが、ライトが真っ先に着目したのはトールが<雷魔法>を会得していたことである。


 奇しくも北欧神話の雷神トールと同じ名前であり、<雷魔法>を授かったのだから気にならないはずがないだろう。


 それ以外にも、一般的なLv1の3歳児の能力値がオール5となるのが平均だというのに、トールが既にそれを上回っているのも驚きである。


 黒髪黒目であることから、<法術>をライトから引き継いでいるのはわかり切っていることだったが、<状態異常耐性>も持って生まれたことは嬉しい誤算と言えよう。


 このスキルがあるかないかで、病に抵抗できるかどうかが変わって来る。


 当然、<状態異常耐性>がなくても元気な者はたくさんいる。


 しかし、スキルとして<状態異常耐性>があれば親としては安心だというのがライトの素直なところだ。


 ライト<鑑定>の結果をヒルダとアンジェラに伝えた。


「すごいわ! ライト、私達の子は天才なのよ!」


 ヒルダはとても嬉しそうに言った。


「これでダーイン公爵家は次代も安泰です」


 アンジェラも頷きながらそう言った。


 ライト達3人が楽しそうにトールの将来について話していると、当の本人は眠気に負けてスヤスヤと寝息を立てていた。


 トールが寝てしまったことに気づくと、ライトは人差し指を口の前に持って来て静かに話すようにジェスチャーをした。


 声のボリュームを下げて話していると、ヒルダはあることを思い出した。


「ライト、ルクスリア様に報告しなくて良いの?」


「・・・忘れてた」


「ルクスリア様も楽しみに待ってるはずだから、呼び出してあげましょうよ」


「そうだね」


 ヒルダに言われて思い出したライトは、英霊降臨でルクスリアをこの場に呼び出した。


 姿を現したルクスリアは、トールが無事に生まれたことを目で見て確認すると嬉しさのあまり叫びそうになったが、ライトとヒルダに静かにとジェスチャーをされたことで落ち着いた。


『おめでとう、ライト、ヒルダ。1人目で黒髪黒目の男の子とか、どんな引きしてるんだか』


「ありがとう、ルー婆。それはヒルダが頑張ったからだよ」


「ありがとうございます、ルクスリア様。ライトの日頃の行いのおかげだと思います」


『わぁい。甘々だ~』


 (ルー婆がおかしくなった!?)


 ツッコみたくなったライトは、両手を口の前に持って来てどうにかその気持ちを抑え込んだ。


 大きな声でツッコミを入れ、それでトールを起こす訳には行かないから必死で耐えた。


『何やってるのよライト』


「何やってるっていうのは僕のセリフだね。ルー婆が変なこと言い出すからだよ」


『仕方ないじゃない。ライトとヒルダが砂糖てんこ盛りな雰囲気を作るんだもの。でもまあ、本当に良かったわ。弟の子供が生まれた時、<法術>を引き継がなかったと知った両親の顔は今でも忘れられないもの』


「それは大丈夫。父様も母様も、元気な子供さえ生まれてくれれば良いって言ってたから」


『・・・良い親を持ったわね』


 ルクスリアはしんみりと言った。


「うん。何はともあれ、トールはみんなに祝福されて生まれて来た。これが事実でこれが全てだよ」


『間違いないわ。【助産ミッドワイファリー】も上手くいったみたいだし、私からは文句なしの100点をあげるわ。とにかくお疲れ様、ライト、ヒルダ』


 ルクスリアは改めてライトとヒルダを労った。


 その後、屋敷中にトールが無事に生まれたことが通達され、この日はずっと屋敷中がお祝いムードだった。

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