第257話 聖水作成班はすっかりデスマーチよ
11月3週目の水曜日、月食の影響が本格的になるにしたがってEウイルスが大陸東部に蔓延した。
先週の時点で、ライトはパーシーとエリザベス宛てに緊急事態を告げる手紙を送り、今後の対応について彼らはライトの意見全てを取り入れた。
というよりも、医者でもあるライトの意見を聞かないなんてパーシーとエリザベスには考えられなかった。
特に、自分の命を救ってもらったエリザベスは、ライトの意見に従うべきだとパーシーに強く訴えた。
パーシーも大陸東部の状況が悪化した今となっては、ライトの意見に従って良かったと心の底から思っている。
教会は先週の木曜日時点で、一部の者を除いて大陸東部以外の者が大陸東部に行くことと、大陸東部の者が大陸東部を出ることを禁じた。
Eウイルスの蔓延を大陸東部に留めるためだ。
一部の者とは、セイントジョーカーの教会に所属する
Eウイルスの発症予防に繋がる聖水と、発症した者からの感染や感染を未然に防ぐためのマスクは大陸東部に送らなければ事態が悪化する。
それゆえ、比較的体が丈夫だという理由で抜擢された
また、大陸東部の中でも領地間の移動や領地内の外出も不要不急のもの以外自粛することになった。
これがパーシーの発令した緊急事態宣言である。
前世で見た新型コロナウイルス感染症への対応を覚えていたライトが、パーシーに緊急事態宣言を発令させなかったら、Eウイルスの被害はもっと酷いものになっていただろう。
セイントジョーカーの教会では、聖水作成班が必死に聖水を作成している。
それでも足りないので、クローバーにも聖水の作成依頼が出される程の忙しさだ。
「クローバーの皆、お疲れ様。差し入れを持って来たわ。休憩にしましょう」
「「「「ありがとうございます!」」」」
エリザベスは今、セバスを連れてクローバーが<聖歌>で聖水作成を行っている教会地下の行動にやって来た。
聖水作成班とは違って、クローバーの4人は
聖水作成班の班員がグロッキーな今、クローバーも喉を痛めない範囲で毎日讃美歌を歌い続けている。
クローバーに与えられたノルマは、聖水作成班が処理しきれない分だけ日に日に増えていくので、彼女達も大変であるのは間違いない。
「聖水作成班はすっかりデスマーチよ」
「エリザベスさん、デスマーチってなんですか?」
「メアちゃん、ライト曰く終わらない残業、死に向かう行進だそうよ」
「あっ・・・、察しました。その通りだと思います。プロデューサーはズバッと真実を言葉にしますね」
「本当にね。ここに来る前に研究室にも差し入れを持ってったんだけど、瘴気と見間違うぐらいどんよりとした空気が充満してたわ」
「班長、皆さん、私だけすみません・・・」
短い期間ではあったが、聖水作成班に所属したことがあったメアはエリザベスの話を聞いて遠い目をして謝った。
「でもリーダー、戻りたくはないんでしょ」
「絶 対 嫌 です」
「そんな強調しなくても」
「セシリーはわかってないんです。終わりの見えない中、ずっと<祝詞詠唱>を使い続けるんですよ? 段々と感情が薄れ、次第に祝詞で唱えた言葉が幻覚として目の前で踊るように見え、気が付いたら意識を失ってるんです。起きたら唱え、気づいたら倒れてることを繰り返すなんて、私は金輪際経験したくないです」
「ごめんなさい。私は何も知らなかったです」
メアの目が死んだ魚のような目になるのを見て、セシリーは思わず頭を直角まで下げて丁寧に謝った。
「リーダーは運が良かったですよね。アイドルなんて天職をプロデューサーが提示してくれたんですから」
「ネムさん、それを言うなら私達もです。もしもリーダーが私達に目を付けてくれてなかったら、私達も聖水作成班と同じ地獄を見てたんですよ?」
「そうですね。ニコの言う通りです。プロデューサーとリーダーに感謝です」
「ありがたや~」
「ありがとうございます」
ネムの言葉に頷き、セシリーとニコがメアを拝んだ。
「私はプロデューサーに訊かれたから答えたに過ぎません。拝むべきはプロデューサーですよ」
「「「ありがたや~」」」
ライトはここにいないので、セシリー達はライトの母であるエリザベスを拝んだ。
「本当にあの子は大したものだわ。親バカかもしれないけど、ライトは優しくて強くて、その上先見性まであるもの」
「全然親バカなんかではありませんよ。事実です」
「「「同じく」」」
エリザベスがライトのことを褒めると、メアを筆頭にそれは誇張ではなく事実だと頷いた。
そこに、セバスが声をかけた。
「奥様、クローバーの皆様、お茶とお菓子の用意ができました」
「ありがとう、セバス。4人共、お茶にしましょう」
「「「「はい!」」」」
講堂の隅にあった机の上には、セバスが言った通りお茶とお菓子が用意されていた。
それぞれが椅子に座って休憩に入った。
クローバーだけで休憩させると、聖水作成班への申し訳なさから休憩をさっさと切り上げてしまうかもしれないと思い、エリザベスもここで一緒にお茶をするようだ。
メアはエリザベスがここに留まった理由を察し、仕事に関係のない話題をエリザベスに振った。
「エリザベス様、プロデューサーについて訊いても良いですか?」
「答えられる範囲なら良いわ。どんなことかしら?」
「プロデューサーっていつから<法術>を使えたんですか?」
「正確にいつからなのかはわからないけど、私が初めて知ったのはライトが3歳の時よ」
「「「「3歳!?」」」」
エリザベスから予想外にも程がある回答が返って来たので、クローバー全員が驚いた。
そんな彼女達を見て、エリザベスはクスッと微笑む。
「信じられないでしょ? でも、本当なの。ライトが3歳の時、私は瘴気由来の病に体を蝕まれてたのね。ある日、庭に出た時に体調が急激に悪化したんだけど、ライトが【
「マシということは、完治には至らなかったんですか?」
「ええ。流石のライトも、まだ<法術>を使えるようになったばっかりだったみたいで、私が辛そうだからって頑張って毎日かけてくれたわ。5歳になって【
「プロデューサー、とっても良い子じゃないですか」
「幼児の時からしっかりしてたんだね」
「立派ですね」
「小さいプロデューサー、尊いです~」
ライトの過去を知り、4人は今まで以上にライトを尊敬した。
「それでね、今はほとんど開業してないみたいだけど、ダーインクラブの治療院での仕事は5歳からやってたの」
「それは聞いたことがあります」
「「「私も」」」
「そう? じゃあ、ヒルダちゃんがライトに惚れたのも5歳だってのは知ってる?」
「ヒルダから聞きました」
「前に訊いたら1時間かけて話してくれました」
「盛大な惚気でした」
「砂糖を口にねじ込まれた気分になりました」
みなまで言うなと言わんばかりに、メア達は苦笑いしながら頷いた。
仲が良いライトとヒルダを見れば、馴れ初めが気にならない者はいない。
また、その馴れ初めをヒルダに訊いて口から砂糖を吐き出しそうになった者も数知れずである。
エリザベスが話さなくとも、メア達は十分知っているのでエリザベスからの説明は遠慮した。
その後も、ライトがダーインクラブで初めて作ったマヨネーズや食べ物の話をする内にあっという間に時間が過ぎた。
しれっとメア達が知らないお菓子の話が出た時は、彼女達の食いつきが異常だった。
エリザベスが次の用事のために席を立つと、メア達は改めてエリザベスに差し入れのお礼を述べた。
「じゃあ、私はもう行かなきゃいけないから、皆も無理のない範囲で頑張ってね」
「「「「はい!」」」」
エリザベスとセバスが講堂から出て行くのを見送った後、セシリーが真っ先に口を開いた。
「私達、聖水作るの頑張ってるじゃん?」
「頑張ってますね」
「プロデューサー、お菓子作るの得意じゃん?」
「そうみたいですね。私もご馳走になったことのないお菓子がいくつかあると聞きました」
「聖水作成が落ち着いたら、おねだりしてお菓子作ってもらいたいなんて思うんだけどどうかな?」
「「「異議なし」」」
ライトが忙しいことは重々承知しているが、自分達もハードな聖水作成ノルマに追われているのでライトに労ってもらおうと団結するクローバーだった。
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