Eウイルス編
第255話 甘えん坊だからね
時間が少し経過し、11月に入った。
8月から今月までの間は、ライト達の日常が穏やかに過ぎていった。
例えば、ダーインクラブならばセイントジョーカーの他にドゥラスロールハートとドゥネイルスペードと街道を通じて結界が繋がったのだ。
残念ながら、大陸北部にセーフティーロードができるまでには至っていない。
というよりも、セーフティーロードに繋がっているのはダーインクラブを除く3つの公爵家の領地だけだ。
その理由として、ヒルダのお腹が大きくなったことが挙げられる。
ライトがヒルダの傍から離れることを良しとしないため、日帰りで移動できる範囲でしか行動しないようにしている。
ダーインクラブではベビーラッシュが始まりつつあった。
衣食住で困ることがなく、職にあぶれることもない。
聖水も適宜配給されている。
安心して暮らせる環境にいれば、子供を作るのも生物として当然のことだ。
ケニーのおかげで、医療水準も着実に向上していることから、領民が以前よりも子供を作ることに前向きになった訳である。
「あっ、赤ちゃんがお腹を蹴ったわ」
「元気な子だね」
「うん。どれぐらいで産めるかな?」
「一般的にはあと2ヶ月ちょっとだよ」
「早く会いたいな」
「僕もだよ」
リビングで朝食後の休憩を取っていると、ヒルダのお腹の中にいる赤ちゃんが元気なようでライトもヒルダも微笑んだ。
ライトがヒルダのお腹に優しく触ると、ヒルダもその上から手を重ねる。
ちなみに、ヒルダの着ているマタニティウェアはライトがデザインし、アンジェラが作成したオーダーメイドである。
このマタニティウェアは是非とも売り出すべきだとヒルダが言うと、貴族らしくないマタニティウェアをライトがデザインしてダーイン公爵家のブランドとして展開されるようになった。
食休みを終えてから、ライトが午前の執務がキリの良いところまで片付けたタイミングで、執務室のドアをノックする音が聞こえた。
入室を促すと、アンジェラがライトに客が来たことを知らせた。
「旦那様、スルト様がいらっしゃいました」
「スルト君が来たか。庭に行こう」
スルトがやって来た理由は、ライトに稽古をつけてもらうためだ。
月に1回、スルトはライトに杖術の腕を磨くためにダーインクラブへとやって来る。
既に杖術の基礎は身についているので、今はライトと実戦形式の稽古を行う段階である。
<直感>があることにより、スルトはスキルがなくとも近接戦がそこそこできるようになった。
ライトが庭に移動すると、スルトが顔をパーッと明るくして駆け寄った。
「こんにちは、ライト義兄様!」
「こんにちは、スルト君。元気にしてた?」
「はい! 毎日稽古を欠かさずやってます!」
「偉い偉い。努力は必ず報われるよ。今日はエルザも来たんだね」
「ライト君、ごきげんよう」
スルトは普段、エルザを稽古に連れて来ることはないのだが、今日は連れて来たのでライトは珍しいと思った。
「エルザが同伴なんてどうしたの?」
「以前からライト君がどんな稽古をつけてるのか気になってましたの。今日は見学させていただきたいのですがよろしくて?」
「僕は構わないけど、スルト君は良いの?」
「仕方ないんです。最近ではエルザとも実戦形式で訓練をするようになったんですが、僕が着実に強くなってるからなんで強くなったのかと訊かれまして、隠し通せませんでした」
スルトはただエルザにかわいがられるのを良しとせず、少しでもエルザを守れるように強くなろうと努力した。
努力の結果は着実に出始めているが、エルザからすればどうやって純粋な後衛だったスルトを近接戦もできるようにしたのか気になった。
その秘密がわかればと思い、エルザが強引について来たということを理解できたので、ライトはスルトを咎めるようなことはしなかった。
「エルザ、無理矢理同伴するのは良くないよ?」
「無理矢理だなんて誤解ですわ」
「でも、説得するためにスルト君をたっぷり甘やかしたんじゃない?」
「そ、そんなことありませんわ」
「エルザ、目が泳いでるよ」
ライトに真実を言い当てられ、エルザの目が泳いだのだから間違いない。
「バレてしまっては仕方ありませんわ。1日中スルト様の言うことを聞く権利と引き換えに頼みましたの。甘えるスルト様は大層かわいかったですわ」
「それはエルザにとって得にしかなってない取引だね」
「
いつまでもエルザと絡んでいても仕方がないので、ライトは見学するなら邪魔しないようにと伝えてスルトと向き合った。
ライトもスルトも木製の杖を持って見つめ合う。
「スルト君、ひとまずエルザとの稽古の成果を見せてごらん。好きに打ち込んで構わないよ」
「わかりました。では、参ります。やぁっ!」
「良い踏み込みだね」
力強く踏み込み、剣道でいう面の勢いで杖を振り下ろすスルトに対してライトは自分の杖で受け止める。
「まだです!」
「そう、その勢いだよ。攻撃は単発で終わらせちゃ駄目だ。初撃は通らないと思って二撃目、三撃目も撃てるようにするんだ」
「はい!」
カン、カンと木と木がぶつかり合うこと15分が経過すると、ライトはそこまでと言って稽古を止めた。
「すごいじゃないか。先月は10分やったらバテてたのに、今日は15分やってもまだ余裕があるじゃん」
「はぁ、ありがとう、はぁ、ございます」
汗だくなスルトに対し、ライトは涼しい顔をしている。
実力差がかけ離れているのだから仕方がない。
「【
「お手数をおかけします」
「構わないよ。時間は有限だからね」
汗は浄化され、肉体的疲労は【
ライトがいれば、短い時間でも効率良く稽古ができる。
それに加え、スルトには<直感>がある。
ライトとスルトだからこそできる密度の濃い稽古だと言えよう。
再び実戦形式で稽古を始める2人を見て、エルザは納得した表情になった。
「これがスルト様の強さの秘密だったんですわね」
「そうだよ。もやし一直線だったはずのスルトも、ライトにかかればここまで化けるの」
視界の外から声が聞こえ、エルザが振り返ると隣の椅子にヒルダが座ったところだった。
アンジェラが追加で紅茶を用意していることから、ヒルダもこのまま見学するつもりらしい。
「お義姉様、お邪魔してますわ。お体の調子はいかがですか?」
「大丈夫よ。ライトが毎日体調を管理してくれてるもの。きっと、この世で一番安心して子供を産めるのは私だと思うわ」
「間違いありませんわね。私が妊娠した時も、ライト君に面倒を見てもらえますかしら?」
「見てくれるんじゃないかな? ライトって身内には優しいから」
「それを聞いて安心しましたの。これでドゥネイル公爵夫人になっても務めを果たせそうですわ」
ヒルダを羨ましく思うエルザは、自分もライトに面倒を見てもらえるならば安心だとほっと一息ついた。
「お義姉様、1つ訊いてよろしいですの?」
「何かしら?」
「ライト君はどうしてここまで強いのでしょうか?」
「ヘル様から
「・・・
予想していたよりも遥かにスケールの大きなことを言われ、エルザは顔が引き攣ってしまった。
しかし、ヒルダはそれに構わず言葉を続けた。
「私は残念ながら、ヘル様と直接お話したことがないから詳しいことはわからないわ。でも、どんなことがあっても最後までライトの傍に立ち続ける覚悟はあるわ。エルザ、貴女はスルトの傍にいてあげてね」
「任せてほしいですの。お義姉様がライト君と添い遂げるように、私もスルト君が寂しがらないようにずっと傍にいますわ」
「甘えん坊だからね」
「そうですわね。でも、私を守れるぐらい強くなるって宣言した時のスルト様にはキュンと来ましたわ」
「ふ~ん。スルトも男の子だね」
「かわいくとも頼もしいですの」
その後、ライトとスルトの稽古が終わるまでの間、ヒルダとエルザは紅茶を飲みながら仲良く見学していた。
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