第254話 大事なことだから2回言ったのね

 ライトとヒルダが応接室に入ると、ソファーに寝かされたイルミと反対側にメアとアルバスの3人がいた。


「今朝送り出したと思ったら、また何かに巻き込まれたの?」


「ライト~、筋肉痛が~」


「はいはい。【疲労回復リフレッシュ】【範囲浄化クリーン】」


 イルミが筋肉痛を訴えた時点で、何があったか大体察したライトはイルミの筋肉痛を治した。


 そのついでに、戦闘後そのままここに来たのだろうと判断して念のため応接室ごと浄化した。


 筋肉痛が治った途端、イルミは元気良く起き上がった。


「治った~!」


「良かったね。それで、何と戦ったの?」


「レツだよ。かなり強かった。お姉ちゃん頑張ったから誉めて」


「偉い偉い。で、アルバスがいるのはなんで?」


「プロデューサー、ここは私から説明します」


「メアさん、お願いします」


 イルミとアルバスの説明だと、いまいち要領を得ない可能性があると判断したのかメアが口を挟んだ。


 ライトもメアに説明してもらった方が状況がわかりやすいと思い、メアに任せることにした。


 全ての説明を聞き、ライトは頷いた。


「なるほど。メアさん、お疲れ様でした。イルミ姉ちゃんとアルバスもお疲れ」


「いえ、私達は歌っただけですから」


「それでも、いきなりネームドアンデッド相手に改良した拡声器<マイク>のテストをするのはハードですよ」


「あはは・・・。でも、プロデューサーが改良してくれたおかげで、教皇様とエリザベス様のパワーアップと聖水作りを同時に行えました。ありがとうございました」


 クローバーの<聖歌>により、パーシーとエリザベスはパワーアップした。


 そのおかげで、レツとの戦いが楽になったのは間違いない。


 それに加え、実は蜥蜴車リザードカーに水樽を積んでいたため、<聖歌>の効果で水樽の中身が聖水に変わったのだ。


 テストとしてハードだったのは否定できないが、一石二鳥だったのは事実である。


 結果的に誰も取り返しのつかない怪我をせずに勝てたのだから、上々の出来と言えよう。


「ライトはすげえな。拡声器マイクまで改造しちまうなんてよ」


「僕には優秀なアドバイザーがいるからね。アルバスもデコイの改良は上手くいったの?」


「おう。瞬間的にMPの放出ができたから、レツの気を逸らすことができたぜ。ライトのおかげだな」


「そっちも上手くいったようで良かったよ」


 アルバスは戦闘時のテンションではないので、助太刀に加わった際にカッコつけたことを言ったのは内緒にしていた。


 ライトもまさかそんなことを言って登場したとは夢にも思っていなかったので、指摘しようがないのだが。


「でも、アルバス君あの時かなりテンション高かったですよね。『俺、参上!』って叫んでましたし」


「メ、メアさん!?」


 なんということでしょう。


 アルバスの思い返すと恥ずかしくなる登場シーンは、メアによってライトに知られてしまった。


「アルバス、そんなこと言ったのか」


「ライト、ニヤニヤすんな!」


「何が? 僕はただ最近のアルバスは叫ぶのが好きだなぁなんて思ってないよ?」


「わざとだろ、それ!?」


「確かにそうね」


「ヒルダさんもですか!?」


「アルバス君、元気なのは良いことだよ!」


「イルミさんマジ天使!」


 一喜一憂するアルバスのリアクションが面白く、ライトとメアは笑いを堪え切れなくなった。


 アルバスは愛しのイルミにサムズアップしてもらえただけで、もうそれだけで十分という気持ちになったから2人が笑っていることなんて気にしていない。


「それにしても、レツが月食前に姿を現してくれて良かったね」


「まったくだぜ。前回姿を消した時は、ドゥネイルスペードの近くだったから月食で姿を現されたら堪ったもんじゃないぜ」


 流石に真面目な話に戻ったので、アルバスも落ち着きを取り戻してコメントした。


「最近じゃ大陸北部で呪信旅団が目撃されなくなったから、次は大陸東部だと思うんだけどそこんところはどうなの?」


「大陸南部はセーフティーロードがあるからわかるけど、なんで大陸西部じゃなくて大陸東部こっちだと思うんだ?」


「直近で公爵が代替わりしてないからだよ。大陸北部は父様と叔父様が物理的に争いを終わらせたって聞いた。となると、次に奴等が狙うのは今年ジェシカさんが爵位を継いだ大陸東部だと判断したまでだよ。アルバス、今の大陸西部と東部はどっちが安定してると思う?」


「あ~、そういうことか。納得したぜ。でも、どうなんだろうな。少なくとも、ドゥネイルスペード近辺では目撃情報はねえぜ」


「パイモンノブルスの方はどう? 個人的に、僕はあそこに潜り込まれたら面倒だなって思ってるけど」


「・・・パイモン辺境伯家か」


 アルバスの声のトーンが落ちた。


 まだライト達が教会学校1年生だった頃、ライトは料理大会でパイモン商会の次期会頭であるマチルダ=パイモンと争ったことがある。


 天狗になっていたマチルダの心を折り、ゼノビアの所属するパーティー以外パイモン辺境伯家に関わる者は治療しないと通達した一件があったのは貴族の間では有名な話だ。


 ヘルハイル教皇国中に結界を張る際は、パイモンノブルスに住む領民達に罪はないから情けで結界を張り、ライト達はパイモン辺境伯に土下座までされたが関係は冷え切ったままである。


 結界を張って以来、ライトは1回もパイモン辺境伯家と関わろうとしないし、パイモン辺境伯家もライトから面会を謝絶されているから仕方がないことだろう。


 ちなみに、ゼノビアは今、辺境伯家を出て教会に所属する守護者ガーディアンとして活動している。


 この情報はガルバレンシア商会がライトに齎したものなのだが、今は脇に置いておこう。


「正直なところ、僕はマチルダ=パイモンをあそこまで甘やかしたパイモン辺境伯家に良い感情は抱いてない。あっちは会ったときに土下座までしてきたけど、何かあったら助けてもらえるようにって魂胆が見え見えだったからね」


「まあ、あそこの家とは俺ん家も仲が良いとは言えないからなぁ。確かに、ライトへのマイナス感情を刺激されたら呪信旅団に靡いちまうかもな」


「そうなった時、真っ先に苦しいことになるのはアルバス達だよ?」


「うへぇ、面倒臭ぇ・・・」


 そんな展開になってほしくはないと思ったようで、アルバスは露骨に嫌そうな顔をした。


「それは置いといて、ライト、お姉ちゃんの戦利品を見てほしいの」


「ぶった切るね、イルミ姉ちゃん」


 政治の話は難しいらしく、イルミはそんなことよりこれを見てと言ってメアに預かってもらっていた袋から鈍色の輪を取り出した。


 その輪は鈍色であり、ラーメン丼の縁に描かれているような模様が赤く刻まれていた。


 イルミに話をぶった切られたアルバスだが、そんなイルミも全然イケるらしくおとなしくしている。


 イルミが関わるとポンコツになるのがアルバスの残念なところだろう。


 とりあえず、呪武器カースウエポンに間違いない輪が出て来たからには、ライトも<鑑定>で調べない訳にもいかない。


 名前や効果、デメリットをすぐに調べ始めた。


 (ディヴァイドギプス。ブレスレットにしては大きいと思ったけど、アンクレットだったのか)


 呪武器カースウエポンの名前はディヴァイドギプスであり、その効果とデメリットは今までとは毛色が違った。


 これはデメリットありきの呪武器カースウエポンだった。


 一旦足に嵌めると壊れるまで外せなくなり、その間は全能力値が半減する。


 その代わり、ディヴァイドギプスが壊れた時、装着していた時間に応じて全能力値が元通りの状態に加算されるというものだ。


 ヤールングレイプルの強化前だったディープラーナーとも違い、ヤンデレみたいなデメリットもない。


 負荷をかけてでも強くなりたい者にとっては垂涎ものの呪武器カースウエポンと言えよう。


 ライトがディヴァイドギプスの説明をすると、イルミがむぅと唸った。


「どうしたの?」


「レツとの戦いでね、お姉ちゃんが頑張ったからディヴァイドギプスはお姉ちゃんが貰ったの。でも、使うかどうか悩んでるの」


「まあ、護衛が弱くなるとかお話にならないもんね」


 クローバーの護衛を任されている以上、強くなるために一時的に弱くなるのはどうかとイルミは悩んでいたが、イルミは唸ってから数秒で結論を出した。


「うん、決めた。ライト、使い道が決まるまで預かっといて」


「僕が?」


「お姉ちゃんが持っててなくしたら怖い」


「納得した。すっごい納得した」


「大事なことだから2回言ったのね」


「ライトもヒルダも酷い」


 むくれるイルミだったが、この後夕食でたらふく食べたら機嫌が戻った。


 やはりイルミはチョロい。


 余談だが、レツとの戦いでは魔法道具マジックアイテムが活躍し、同時期に他にもいくつもの役立つ魔法道具マジックアイテムが開発されていたことから、この日から道具革命が起きたと後に騒ぎになったことだけ記しておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る