第252話 我、不敗なり!

 日曜日、ダーインクラブからセイントジョーカーに帰って来たイルミとメアは、寄り道せずに教会に向かった。


 教会に入ると、なんだか慌ただしい様子だった。


「メア、なんかあったのかな?」


「どうでしょうね。とりあえず、教皇室に報告に行けばわかるかもしれません」


「そだね。いこっか」


「はい」


 物事を深く考えないイルミは、メアの言う通りに教皇室に向かうことに賛成した。


 メアは護衛のイルミの手綱の握り方がわかってきたようで、順調にライトやヒルダの代わりになっているらしい。


 イルミとメアが教皇室に到着すると、パーシーとエリザベス、アーマ、セシリー、ネム、ニコが揃っていた。


「あれ、なんでみんな揃ってるの?」


「イルミ、メアちゃん、丁度良いタイミングで帰って来てくれたね」


「父様、ネームドアンデッドでも出たの?」


「よくわかったじゃないか」


「勘!」


「なるほど」


 イルミが勘で当てたと言って納得するあたり、パーシーにも似たような経験があるのだろう。


 それを裏付けるようにエリザベスが口を開いた。


「勘で当てるなんてやっぱり親子ね」


「リジー、どういう意味だい?」


「パーシーも勘で襲撃とか危険を回避するから似てると思ったのよ」


「・・・否定できない」


 エリザベスの言うことに心当たりが数え切れない程あったため、パーシーは唸った。


 家族の会話を邪魔するつもりはなかったが、自分を除くクローバー全員が集められている時点で、クローバーの出動が要請される事態だと悟り、メアは話に加わった。


「すみません、どんなネームドアンデッドが出たんですか?」


「キョンシーのレツだよ」


「あっ、知ってる! 肉弾戦が得意なアンデッドだよね!?」


 珍しくイルミが知っていたようで、嬉しそうに答えた。


「その通り。あれは他のネームドアンデッドとは違って、強者を求めてフラッと現れる。自分の力が足りないとわかると、力を得るために姿を隠して鍛えるんだ」


「武人臭いアンデッドなんですね」


「まあね。成長するアンデッドなんて困った奴だよ。力試しに暴れられたらいい迷惑だ」


「では、今回もまた突然現れたんですか?」


「そうなんだ。バスタ山から下山して来たらしいよ。多分、バスタ山での修行が終わったから、力試しがしたくなったんじゃないかな」


「面倒なアンデッドは焼却するに限るわ。灰も残さず消さないとね」


 やる気満々なエリザベスの発言から、パーシーとエリザベスも戦場に赴くのだとメアは理解した。


「教皇様とエリザベス様が出陣されるから、クローバーも後方支援として参戦するという認識でよろしいでしょうか?」


「その認識で合ってるよ。俺とリジー、イルミ、アーマ、クローバーの7人に、御者としてセバスも連れてくから」


 戦場に向かうことが確定すると、メアはライトの仕事が速くて助かったと感謝した。


「わかりました。そうであれば、プロデューサーに改良してもらった拡声器マイクが役に立ちそうですね」


「えっ、もうできたの?」


「はい。数が多くて今日までかかりましたが、最初の1個は昨日の時点で改良が終わってました」


「流石はライト。できる息子を持って嬉しい限りだ」


「そうね。今度帰省したらちゃんと労ってあげましょう」


 パーシーもエリザベスも、ライトが優秀であることに感謝した。


 メアが拡声器マイクをメンバー全員に配ると、パーシー達は蜥蜴車リザードカーに乗り込んで教会を出発した。


 1台目はダーイン家の蜥蜴車リザードカーで、セバスが御者の役目を担った。


 2台目はクローバーの蜥蜴車リザードカーで、最近正式にクローバーのもう1人の護衛になったアーマが御者の役目を引き受けた。


 2台の蜥蜴車リザードカーは東門から出ると、そのままバスタ山の方角へと進んだ。


 バスタ山から下山したレツを目撃した者は、去る者を追わないレツの性格によってセイントジョーカーに生還した。


 その情報から半日以上経過しているが、レツの今までの傾向から考えれば、まだバスタ山からそう遠くに行っていない可能性が高い。


 セイントジョーカーからバスタ山に真っ直ぐ向かえば、多分遭遇できるだろうという目論見で2台の蜥蜴車リザードカーは走る。


 そろそろバスタ山というところで、セバスが車内にいるパーシー達に声をかけた。


「旦那様、奥様、お嬢様、レツを捕捉しました」


「停めてくれ」


「かしこまりました」


 セバスは後続のアーマにハンドサインで停止するように指示すると、自らも蜥蜴車リザードカーを停車させた。


「リジー、俺とイルミがヘイトを稼いでる間にクローバーに歌の準備をさせて。歌が終わったら、リジーにも加勢してもらうから。アーマにはクローバーの護衛をさせて」


「わかったわ」


「そんじゃ父様、行っちゃおうか」


「そうだね。派手に暴れようか」


 エリザベスが後衛組に指示を出していると、パーシーとイルミはレツと距離を詰めた。


 レツはキョンシーであり、ボロボロになった紫色の道着を着ている。


 笠を被っており、辮髪がちらりと見える以外に顔は見えない。


 キョンシーとは、ニブルヘイムにおいてタキシムの変異種とされている。


 タキシムと何が違うのかと言えば、キョンシーには人に対する憎悪がないことだ。


 激しく強さへの渇望を抱いた人間が戦場で死ぬと、その執念と瘴気が交わって死体をキョンシーへと作り変える。


 レツはその中でも一際肉弾戦に拘りの強いキョンシーだ。


 レツという名前も、生前の彼の名前がそのまま付けられたものである。


「我、不敗なり」


「そりゃ完全に負けるまでに逃げ延びれば、一応負けてないことになるよな」


 パーシーの言葉が聞き捨てならないものだったようで、レツは半身になって力を溜めた。


「我、不敗なり! 【拳砲フィストキャノン】」


「父様、私がやる! 【聖拳ホーリーフィスト】」


 レツと力比べをしたかったイルミが、パーシーの前に立って聖気を込めた拳を放った。


 それぞれの拳から放たれた聖気と瘴気がぶつかり合い、同程度の威力だったことが原因で相殺された。


「イルミも成長したな。いや、俺も負けてらんないね。【手刀ハンドナイフ】」


 親として、イルミの成長を嬉しく思うパーシーだが、自分も戦うためにここまでやって来たのでイルミに加勢した。


 聖気を帯びていないが、戦闘経験はイルミと比べて豊富にあるパーシーの攻撃にはキレがあった。


 その上、パーシーもライトからユグドラ汁を分けてもらい、日々の隙間時間の鍛錬後に飲んでいるからSTRが上昇しており、技の威力は相当なものだ。


 レツもその威力を理解しているため、下手にパーシーの攻撃に触れようとせずに躱した。


「我、不敗なり!」


「それしか言えないのかな? 【輝拳乱射シャイニングガトリング】」


「我、不敗なり! 【拳撃乱射フィストガトリング】」


 またしても、イルミとレツの攻撃が相殺された。


 そこに、クローバーの歌声が響き始めた。


 改良された拡声器マイクのおかげで、4人の歌声はイルミとパーシーにもよく聞こえている。


 <聖歌>の効果により、パーシーのカリプソバンカーとナグルファルが光輝く。


 そして、イルミとパーシーに歌声が聞こえているということは、対峙するレツにも届いている訳である。


 クローバーの歌により、レツは苦しみ始めた。


「わ、我・・・、ふ、不敗」


「それは今までのことだ。【溜昇撃チャージアッパー】」


 パーシーはイルミの攻撃する間に力を溜め込んでおり、そのままレツの懐に入りアッパーとして放った。


 <聖歌>のせいで不調になったレツは、まともなガードをすることもできずに空中へと打ち上げられた。


「【連鎖爆発チェインエクスプロージョン】」


 後方からエリザベスの技名を唱える声が聞こえると、空中に打ち上げられたレツが連鎖する爆発の餌食になった。


 当然、エリザベスの攻撃も<聖歌>の効果でパワーアップしている。


 地上にいるイルミとパーシーを巻き込まないように、新しく会得した中では比較的におとなしい技を選んだが、それでも十分な威力を発揮していた。


 だが、レツもやられてばかりではいられない。


 爆炎の中から、レツの声が聞こえた。


「我、不敗なり! 【隕石拳メテオフィスト】」


 レツは上空から地上に向け、ひたすらに拳を振るった。


 その無数の拳が巨大な拳を模り始め、レツが重力によって地面に落下するのと同時に巨大な拳が地面へと振り下ろされる。


「父様、私が削るから後詰めよろしく! 【聖壊ホーリークラッシュ】」


 イルミはそう言うと、地面に触れるまで秒読みとなったレツの拳に対して全身全霊の一撃を放った。


 それにより、レツの【隕石拳メテオフィスト】の威力の大半が削がれた。


 しかし、その反動でイルミは後方に吹き飛んでしまう。


「イルミ!? おのれよくも!」


 イルミを心配する気持ちはあるが、まずは降りかかる攻撃をどうにかせねばなるまいと思い、パーシーはカリプソバンカーの機能を発動させた。

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