第251話 つまり、どういうことなの?

 土曜日、ライトを訪ねてイルミとメアがダーインクラブにやって来た。


 イルミがいることから、ライトのサポートのためにヒルダも応接室で同席している。


「プロデューサー、ヒルダ、お忙しいところ時間を割いて下さってありがとうございます」


「今日はメアさんだけなんですね」


「酷いよライト。お姉ちゃんもいるよ?」


「そういう意味じゃない。クローバー全員じゃなくて、メアさんだけなんだねってことだよ」


「そっか」


 話の腰を折ったイルミが納得すると、メアは苦笑いして口を開いた。


「イルミには私の護衛として来てもらいました。今日こちらに伺ったのは、即時拠点インスタントポータルの存在をオールドマンさんに伺ったからです」


 パーシー経由でエーリッヒから持ち歩ける結界の作成依頼を受け、その結果が即時拠点インスタントポータルになった。


 エーリッヒは<法術>に頼らない即時拠点インスタントポータルに感動し、元聖水作成班のメアにもその話をしたようだ。


「オールドマンさんからですか。メアさん、まだ量産できてないから情報の取り扱いには注意して下さいね?」


「勿論です。実は、オールドマンさんがその話をしてくれたのは、拡声器マイクを使った私達クローバー即時拠点インスタントポータルの仕組みが似てるからです」


「言われてみれば、確かにそうですね。即時拠点インスタントポータルは衝撃波に聖気を乗せますが、クローバーは音に聖気を乗せるというところ以外は同じ効力を発揮するとみて良いでしょう」


「そこで私は考えました。拡声器マイク即時拠点インスタントポータルの機能を上乗せできませんか? それができれば、クローバーはもっと人類の役に立てます」


 メアの発言内容にライトは考え込んだ。


 今のクローバーは、国内の各領地に巡業するか戦場の後方支援で歌うという2つの役割を担っている。


 その役割を全うしているはずだが、もっと人類の役に立てるとはないかどういうことか。


 そこまで考えた時、ライトには1つ思いつくことがあった。


「まさか、聖水も作ろうとしてる?」


「おっしゃる通りです。舞台で歌う際に水樽を用意し、即時拠点インスタントポータルの機能を上乗せした拡声器マイクを使って<聖歌>を歌えば、聖水だって作れるのではないでしょうか」


「すごいね。それができれば少ない聖水を元手に多くの聖水を手に入れられるよ」


「ヒルダの言う通りだ。まさか、オールドマンさんはこれを見越してメアさんに即時拠点インスタントポータルのことを話したんでしょうか?」


「そうだと思います。オールドマンさんは即時拠点インスタントポータルの技術を利用すれば、自分達の仕事が楽になると喜んでましたから」


 ライトとヒルダ、メアがすごいすごいと言っている中、イルミは腕を組んで首を傾げた。


「つまり、どういうことなの?」


 (イルミ姉ちゃんの理解力のなさはもはや才能でしょ、これ・・・)


 3人がイルミをジト目で見たのは言うまでもない。


 だが、ジト目を向け続けてもイルミが理解できる訳ではないので、ヒルダは小さく息を吐いてから説明に回った。


「イルミ、聖水が貴重なのはわかるよね?」


「わかる」


「聖水は聖気が付与された水ってことはわかってる?」


「うん」


即時拠点インスタントポータルは聖水を消費して聖気を周辺に放つの。そこはどう?」


「ギリギリわかる」


拡声器マイクは音を大きくして広い範囲に聞こえるようにするのは?」


「護衛してるもん。わかるよ」


「じゃあ、声に乗せて聖気を周囲に放つことができれば、<聖歌>の効果と合わさって効果が上がるんじゃないかって話よ」


「おぉ、すごい!」


 理解力が低いイルミに対し、ヒルダは1つずつ分けて説明した。


 そのおかげで、イルミもようやくライト達と同じ衝撃を受けた。


「ヒルダ、お疲れ様。代わりに説明してくれて助かったよ」


「気にしないで。パーティー組んでた時はいつもこんな感じで説明してたし」


 ヒルダが頼りになるところをみせたことにより、ライトのヒルダへの好感度が上がった。


 もっとも、そんなことをせずともヒルダに対する好感度は尋常じゃないぐらい高いのだが。


「ライト君、ということで拡声器マイクの改造をお願いできませんか? 今日は改造しても良いように拡声器マイクを多めに持って来ましたから」


「わかりました。預からせていただきます」


「報酬は舞台1回でどうでしょうか?」


「それで構いませんよ。領民も喜んでくれると思いますから」


 ライトとメアの間で商談が成立した。


 イルミとメアはこの後ヒルダと一緒に領内でショッピングをすることになり、屋敷から出て行った。


 そうしたのは、イルミがライトの邪魔をしないようにヒルダが気を利かせたからだ。


 ライトは受け取った拡声器マイクがたくさん入った箱を執務室に持って行くと、英霊降臨でルクスリアを呼び出した。


『今日はどうしたのかしら?』


拡声器マイク即時拠点インスタントポータルの機能を追加したいんだ」


『なるほど・・・。考えたわね』


「僕の発案じゃないけどね」


『ふ~ん。まあそれは置いといて、技術的に可能かって話よね?』


「うん。即時拠点インスタントポータル音響測距儀ソナーなら仕組みはわかるけど、拡声器マイクは僕が作った訳じゃないからさ」


『私が生きてた時代にもないわ』


「そうだろうけど、僕より魔法道具マジックアイテムに詳しいじゃん」


『仕方ないわね。拡声器マイクを見せてごらんなさい』


 ライトに頼られて悪い気はしないので、ルクスリアは拡声器マイクをじっくりと観察し始めた。


 その間、ライトも何もしないのは時間が勿体ないから<鑑定>で何か気づけることはないか調べた。


 拡声器マイクの機能とは、内蔵している魔石のMPが切れない限り、スイッチを入れている間だけ声を遠くに届けるものである。


 拡声する仕組みに聖気を上乗せできれば、<聖歌>による聖気と上乗せ分の聖気によって用意しておいた水を聖水に変換させられるだろう。


 その仕組みを作る糸口を2人がかりで調べている訳だが、今回は長く生きているルクスリアに軍配が上がった。


『整ったわ』


「わかったの、ルー婆?」


『ええ。私の指示する通りに作業して。途中まで分解するから』


「了解」


 ルクスリアの指示に従い、ライトは拡声器マイクを慎重に分解した。


 魔導回路が見えるようになると、ルクスリアは分解を止めさせた。


『このラインを並列にしなさい。片方は元のままにして、もう片方を輪にするの。輪にした魔導回路を粉末状の魔石と聖水のブレンドで作れば、音と聖気が同時に拡散するわ。ただ、拡声器マイクのサイズに合わせなきゃならないから、聖気の届く範囲は半径300mがやっとね』


「なるほど。このラインを並列にすることで同時に効果が発揮されるのか。聖気の届く範囲はやむなしでしょ」


 技術的な話なので、イルミがこの場にいたら1分と経たずに頭から湯気が出るだろう。


 どうすれば良いのかさえ分かれば、即時拠点インスタントポータルを作った時の要領でライトは拡声器マイクの魔導回路に手を加え始めた。


 それから1時間後、何度も微調整を繰り返した末にライトは拡声器マイクの改良を終えた。


 既に実験も成功し、音と聖気を同時に拡散できるようになったので英霊降臨を解除している。


「旦那様、奥様達が戻られました」


 ノックして入室したアンジェラが、自分の知りたい情報をタイミング良く伝えてくれたので、ライトは3人を庭に呼ぶように頼んだ。


 改良した拡声器マイクを持って移動したライトに数分遅れ、ヒルダ達が庭にやって来た。


「ライト、もしかしてもうできたの?」


「なんとかね」


「「えっ!?」」


 ヒルダが勘付いて訊くと、ライトはバレたかと笑って頷く。


 イルミもメアももっと時間のかかるものだと思っていたので、驚かずにはいられなかった。


「言うだけじゃ信じられないでしょうから、メアさんにはここで試しに歌ってもらいます」


「わかりました」


 アンジェラに水樽を持ってこさせると、ライトは屋敷全体に【聖半球ホーリードーム】を発動した。


 いきなり大音量が聞こえれば、近隣に迷惑がかかるかもしれないからだ。


 全ての準備が整ったため、メアは1人でお気に入りの讃美歌を歌った。


「うん、ばっちりです。ちゃんと聖水になってますよ」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 メアが歌い終わった後、ライトが用意した水樽全てが聖水になっているのを確認した。


 まさかここまで早く事が進むとは思っていなかったため、メアはとても喜んだ。


「そうは言っても、改良が済んでるのはメアさんが持ってるそれだけなので、預かってる拡声器マイクの改良は明日まで待って下さい」


「待ちます待ちます! それぐらい全然待ちますよ!」


「やった! 今日は実家ご飯!」


 メアとイルミの喜ぶポイントが違うのだが、それは仕方ないのかもしれない。


 翌日、ライトから改良された拡声器マイクを受け取ると、イルミとメアはセイントジョーカーへと発った。

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