第250話 まさにニジマスの宝石箱や~!

 7月4週目の火曜日の午前11時、前々からジャックが会って話がしたいと申し出を受けていたため、ライトはジャックと応接室にいる。


「ライト君、忙しいのに時間を取ってもらってありがとうっす」


「突然のアポイントじゃなきゃ大丈夫だよ。事前にアポイントを取ってくれてれば、スケジュールの調整は問題ないからね。それで、今日はどうしたの?」


 ライトとジャックの場合、雑談で時間を潰すことはほとんどない。


 だから、ライトは早速本題に入るように促した。


「実は、ライト君に共同出資してもらった魔法道具マジックアイテムの試作品ができたっす。これがそうっすよ。見てほしいっす」


 そう言うと、ジャックは足元に置いていた段ボール大の金属製の箱を持ちあげた。


 見た目はそこそこ重そうだが、ジャックは難なく持ち上げた。


 伊達に毎日サクソンマーケットで食品を取り扱っていない。


 商会で働くと聞くと、頭脳労働がメインのように感じるかもしれない。


 しかし、実際には商品の運搬も行うので筋力が必要なのだ。


 話が逸れてしまったが、ライトは<鑑定>で金属製の箱を調べ始めた。


 (携帯氷室クーラーボックス。うん、しっかりできてるじゃないか)


 ジャックが持参したのは携帯氷室クーラーボックスである。


 当然、魔法道具マジックアイテムというからには地球のそれとは別の代物だが。


 この携帯氷室クーラーボックスには、箱の底と壁、蓋に冷却作用のある魔術回路が組み込まれており、魔石に蓄積されたMPを使い切るまで生鮮食品の鮮度を落とさずに運搬が可能だ。


 以前、ジャックが遠くから新鮮な食品を仕入れる方法がないかと相談されたので、ライトは携帯氷室クーラーボックスを作ってはどうかと提案した。


 携帯氷室クーラーボックスを作ることを魅力に感じたジャックだが、自分の扱える額の範囲内では満足できる物の完成は厳しいと判断し、ライトに共同出資を頼んだ。


 携帯氷室クーラーボックスができれば、冷蔵庫やクーラーのような家電もゆくゆくは開発されるかもしれないと思い、ライトはジャックの頼みを聞き入れた。


 その結果がライトの目の前にある。


「上々の出来だと思うよ。欲を言えば冷凍もできれば良いんだけど、一足飛びに技術を進歩させるのは難しい。まずはしっかり冷蔵できるようにするのが大事だね」


「冷凍っすか。確かに、今の技術力じゃまだ出力不足で難しいっすね。でも、冷蔵だけでも扱える商品が増えるっすから、やるだけの価値はあったと思うっす」


 そう言いながら、ジャックは携帯氷室クーラーボックスの蓋を開いた。


 その中には、鮮度が維持されたままのニジマスがたくさん入っていた。


 ライトはこちらも<鑑定>を済ませ、品質が落ちていない食べられる状態であることを確認した。


「このニジマスはどこから持って来たの?」


「ダーインクラブ南部の川っす。早朝に店の者が釣って来たっすよ。携帯氷室クーラーボックスの試験にピッタリだと思って使ってもらったんす」


「確かにピッタリだ。じゃあ、今日の昼はニジマスを使った料理でも一品追加させてもらうか。ジャックも食べてく?」


「ご馳走になるっす!」


 ライトが料理すると聞くと、ジャックは新作の予感がしてノータイムで頷いた。


 ライトとジャックは応接室から出て、厨房へと向かった。


「旦那様、ジャック様、お待ちしておりました。調理の準備は済んでおります」


「流石アンジェラさんっす。オイラ達の行動を先読みしてるっすか」


「ジャック様がこの屋敷にいらっしゃる場合、旦那様が自ら調理する可能性が高いですからね。いつでも調理できるように準備しておりました」


 アンジェラは今日も有能だった。


「すごいっすね。サクソンマーケットの店員にも、その読みや気遣いができるアンジェラさんの垢を煎じて飲ませてやりたいっす」


「ジャック、それは止めとけ」


「諺っすよ? 本気じゃないっす」


「わかってるさ。でも、そんなことをしたらサクソンマーケットの店員が変態ばかりになるぞ」


「・・・やっぱりさっきのは聞かなかったことにしてほしいっす」


 アンジェラがライト専用の変態であることは、ダーインクラブでは周知の事実である。


 店員がアンジェラ並みの変態になることを想像したジャックは、自分の発言をなかったことにした。


 それはさておき、ライトはジャックが携帯氷室クーラーボックスに入れて持参したニジマスの調理に取り掛かった。


 材料として用意したのは、ニジマスにニンニク、葱、レモン、白ワイン、塩、胡椒、バターである。


 まず、ライトはニジマスは寄生虫対策で【浄化クリーン】を発動してから開き、それらの水気を清潔な布で拭き取った。


 開いたニジマスを丁度良いサイズに切り分けると、それらをクルクルと巻いた。


 次に、鍋に白ワインとにんにくのみじん切りを入れ、沸騰直前まで加熱する。


 ワインが十分に温まったら、巻いたニジマスを立つような形で入れ、上から葱と塩、胡椒を加える。


 それが沸騰したら、直ちに火を弱火にして蓋をして15分から20分蒸す。


 余分な煮汁をおたまで掬って取り除き、捨てずに別の鍋に移してソース作りに使う。


 その鍋にバターを加えた後、スライスしたレモンの皮を加えて弱火で温める。


 蒸したニジマスを皿に盛りつけ、作ったソースを上からかければ完成だ。


 皮をスライスしたレモンの残りは、お好みで絞っても良いし、食後の口直しにしても良い。


「相変わらずライト君の料理は美味しそうっすね。なんて料理名っすか?」


「ニジマスの白ワイン蒸し」


「ニジマスがテラテラと輝いて宝石みたいっす。いや・・・」


「ジャック?」


 突然ジャックが俯いて黙り込んだため、ライトは心配して声をかけた。


「まさにニジマスの宝石箱や~!」


「ジャク麻呂、しっかりしろ! 【治癒キュア】」


 口調が変わり、顔芸をし始めたジャックの頭がおかしくなったのではないかと思い、ライトはすぐにジャックに【治癒キュア】をかけた。


「ハッ、今オイラは何を言ったっすか?」


「無意識かよ」


「美味しそうな香りにやられて意識が一瞬なくなったっす」


「ジャックは食べるの止めとく?」


「嫌っす! ここまで作るところを見せられて食べられないなんて、拷問じゃないっすか!?」


「わかったから落ち着いて」


 抗議しようと近寄るジャックの顔を掴み、ライトは小さく息を吐いた。


 食べ物絡みになると、ジャックの反応が大げさになるのは今に始まったことではないのでライトは諦めた。


 ニジマスの白ワイン蒸しが完成してから、ライト達は食堂へと移動した。


 ヒルダも合流し、早速昼食を取り始めた。


 そして、ヒルダはすぐに気づいた。


「このニジマス料理、ライトが作ったでしょ?」


「やっぱりわかる?」


「わかるよ。だって、これだけ初めて食べる味付けだもん。この屋敷の料理人コックの料理は美味しいけど、新しい料理はライトが最初に作るからね」


「見事な推理だね」


「まあ、それは後付けで実際は直感なんだけどね」


「ヒルダさんすごいっす」


「ライトの妻なんだから当然よ」


 ジャックが感心すると、ヒルダはドヤ顔で言ってのけた。


 ちなみに、ニジマスの白ワイン蒸しについては屋敷の使用人達にも振舞われた。


 自分が作っている様子を見て、使用人達も興味津々だったのを理解していたため、ライトは使用人達の分も用意していたのだ。


 偶にでも使用人の賄いを用意してあげるあたり、ダーイン公爵家の福利厚生制度は他の貴族よりも充実していると言えよう。


 ライトはドヤ顔のヒルダの頭を撫でてから、思いついたことを口にした。


「それにしても、携帯氷室クーラーボックスに内蔵する魔石がネームドアンデッド級なら、オリエンスノブルスの海産物とかもダーインクラブで食べれそうだよね」


「確かにそうっすね。ライト君、買い取らせてもらうことはできないっすか?」


「良いよ。カリプソの魔石なら、オリエンスノブルスからダーインクラブまでの道のりでも十分じゃない?」


「カリプソの魔石っすか? 南海の主っすよね? お高いっすよね?」


「オリエンスノブルスから海産物をこの屋敷に持ち込んでくれるなら、50万ニブラで売るよ」


「めっちゃお得っす! 買ったっす!」


 ダーインクラブにいながら、オリエンスノブルスの海産物が食べたいライトはジャックが個人的に動かすのに支障のない金額を提示した。


 ジャックはそれに飛びつき、商談はあっさりとまとまった。


 昼食を取り終えると、オリエンスノブルスの海産物を仕入れられる携帯氷室クーラーボックスを準備するため、ジャックは急いでサクソンマーケットへと帰っていった。

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