第244話 説明してないのにこの理解力。やっぱりアンジェラは侮れない
7月2週目の月曜日、ライトは執務室で作業に集中していた。
机の上は綺麗に片付けられ、作業に必要な道具しか置かれていない。
書類や筆記用具は全て引き出しにしまわれており、ライトの作業を邪魔するような物は何もなかった。
「ここの魔導回路が繋がれば・・・、できたかな?」
ライトが手を放すと、そこには完成したばかりのバスケットボール大の箱があった。
自分の思う通りにできたかどうかを確かめるべく、ライトはすぐに<鑑定>で調べ始めた。
確認作業を進めていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「ライト、私よ。入って良い?」
「良いよ」
許可されて室内に入って来たのはヒルダである。
先月よりも少しだけお腹がふっくらしており、妊婦らしさが僅かばかり増していた。
「何を作ってたの?」
「これは
「
「
「
ヒルダの知識量は、同年代ではトップクラスである。
休校になった教会学校では、学年主席の頭脳を持つ自分でも知らない物がここにあるとわかった時、ヒルダはそれが何を意味するのか予想がついた。
そして、その予想は外れていなかった。
ライトが頷いたのだ。
「うん。僕が作ったんだ。<鑑定>にはちゃんと機能が表示されてるから、作成に成功したみたい」
「どんな機能なの?」
「説明するからもっとこっちに来て」
「は~い」
ライトに呼ばれたのを丁度良いと判断し、ヒルダはライトにべったりの位置まで近づいた。
ヒルダが甘えて来ることはわかっていたので、ライトは
「箱の内部の2つの面に刺さってる棒があるでしょ? その中心から先端に球が付いた紐が2つ垂れてるよね? スイッチを入れると玉同士が離れてから衝突する。そして、衝撃波に触れたMPを持つ者の存在をこの箱を持つ者に知らせるんだ」
「<索敵>と同じことができるってこと?」
「そういうこと。
「MPの消費なしで<索敵>ができちゃうなんて、ライトはやっぱりすごいね」
「ありがとう。欲を言えば、もっと小型にして軽量化したいんだけど、試作品だからこれが精一杯だったよ」
「いやいや、
まだまだ
ヒルダの言う通りで、前世の記憶を持った状態で
そう言われても、ライトからすれば便利な物がないニブルヘイムこそ不便であり、少しでも状況を改善しようとしているのだから自重する気はない。
「それはさておき、ヒルダが試してみる?」
「良いの?」
「良いよ。僕が蓋を閉じたら、片手は箱に触れてもう片方の手でスイッチを入れてみて」
「わかった」
ライトが
すると、カーンと箱の中の玉同士がぶつかってMPによって形成された衝撃波が発生した。
「わわっ、すごい! この屋敷のどこに人がいるかわかるよ!」
実際に使ってみた結果、ヒルダは屋敷にいる人の位置を把握することに成功し、嬉しそうにライトに笑みを向けた。
「やったね!」
そこに、走ってはいないが許される限り最速で執務室にやって来る者がいた。
「旦那様、何事でしょうか。入っても構いませんか?」
「アンジェラか。入って良いよ」
「失礼します」
執務室に来たのはアンジェラだった。
MPによる衝撃波を感知し、何事かと思って執務室に急行したのだ。
「新しく作った
「ほんの僅かな違和感でしたが、体に触れたような感じがしました。しかし、<索敵>を
(説明してないのにこの理解力。やっぱりアンジェラは侮れない)
まだ大して
「これは戦場に持ってくには不格好だろ? だから、
「確かにそうですね。この発明は十分評価されるべきだと思いますが、旦那様のように<
「と言うと?」
「この
「その発想はなかった。やるじゃん、アンジェラ」
「ありがとうございます」
ライトはアンジェラの発想を褒めた。
アンジェラは褒められて嬉しく思ったが、気になったことがあってすぐに真剣な顔に戻った。
「ところで、旦那様はその
「売り出すのはもうちょっと小型化してからかな。流石に、このサイズのまま売るのはちょっとね」
困った顔をするライトに対し、今度はヒルダが思いついたことを口にした。
「ライト、行商人なら
「その手があったか。大陸南部の行商には要らないと思うけど、それ以外を旅するならあった方が便利かもね。アンジェラ、設計図を渡すから工場長に届けてくれる?」
「承知しました。すぐに行って参ります」
「よろしくね」
ライトの発明した
それゆえ、アンジェラもその重要性を理解して自ら工場長に届けに行った。
無論、ダーインクラブの治安はヘルハイル教皇国で最良のため、
それでも、万が一のことで紛失するリスクがあることから、ライトは頼りになるアンジェラを使いに出した訳だ。
ちなみに、
アンジェラが執務室から出て行くと、ヒルダはライトと2人きりになれたことで甘え出した。
ライトに抱き着き、スンスンと匂いを嗅ぐ。
こうしていると、ヒルダ曰くとても落ち着くらしい。
「ヒルダ、ありがとう。僕だけじゃ行商人が使うことを見落としてたよ」
「助け合うのが夫婦でしょ? あれぐらい当然だよ」
「そっか。ヒルダは体調に違和感とかない?」
「今のところは平気。辛くなったら、すぐにライトに伝えてるもん」
「それもそうだね。トールが先かな? それともエイルかな?」
「どっちだろうね。でも、きっと素敵な子が生まれてくれるわ」
ヒルダは出産に対し、マタニティブルーとは無縁らしい。
ライトが傍にいてくれるだけで、ヒルダの精神は安定するのだから納得である。
「早く会いたいな」
「私もだよ。ライト、エイルが先でも安心してね。私、5人は産むから」
公爵家ともなれば、跡継ぎは他の家よりも重視される。
<法術>のスキルが継承されるか気になるところもあり、ライトとヒルダにかけられた期待は普通の日ではない。
それでも幸いなことに、ヒルダはその期待をプレッシャーだとは思っておらず、愛するライトとの間にもっと子供が欲しいぐらいの気持ちである。
まだ1人目も生まれていないというのに、そこまで考えているヒルダは公爵夫人としては正しい感覚を持っているのだろう。
ライトからすれば、ヒルダの体が第一である。
だから、ヒルダに無理はさせたくないのだが、ヒルダが産みたいと言ってくれる限りはヒルダの意思を尊重するつもりだ。
それから夕食までの間、ライトとヒルダは子供が生まれた時の話で盛り上がり、時間はあっという間に経った。
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