道具革命編

第243話 そんな物騒なくっ殺があって堪るか

 7月上旬、ヘルハイル教皇国某所の執務室にはノーフェイスと爺と呼ばれる老人がいた。


「よくやったと言うには物足りない結果になったね」


「左様でございますね。我等が大陸北部で獲得した呪武器カースウエポンは4つ、我等が失った呪武器カースウエポンが1つ、教会側の手に落ちたのが3つでは手放しに喜べませんな」


「爺、それは違うよ」


「違うとはどういうことでございますか?」


「奴等が手に入れたペイントゥーユーとストレッチスパインだけど、この世からなくなってる」


「というと、小聖者マーリンが強化してただの武器になったということでしょうか?」


「そのはず。予言者プロフェットとアマイモン辺境伯家の次女が、先月上旬に小聖者マーリンを訪ねて戻って来たことが確認されてる。それにもかかわらず、どちらも呪武器カースウエポンを新たに使い出したという報告を受けてない。つまり、失敗したんだ」


「流石はノーフェイス様。素晴らしい洞察力でございます」


「まあこれぐらいはね」


 ノーフェイスの推理を聞き、爺はそれを褒め称えた。


 爺はノーフェイスを程良くご機嫌にしたのだ。


 長い付き合いなので、爺からすればノーフェイスに鬱陶しく思われない程度に機嫌を取るのも容易い。


「でもさ、グロアがシャーマンを乗っ取って負けた時にドロップした呪武器カースウエポンを奪取できなかったのは痛手だよね」


「その通りですが、狂月クレイジームーンの監視をしていた者の実力ではあの場からの奪取は難しいかと存じます」


「諜報部隊の戦力じゃ無理だよねぇ。まあ、情報収集を優先させた部隊だから、これで満足するしかないのはわかるけどさ。それでも、拳聖モハメドの新たな呪武器カースウエポンがこちらの手中に入らなかったのが残念でならないよ」


 クローバーの護衛であるイルミは、戦闘になれば目立つことこの上ない。


 それゆえ、イルミの装備に変化があれば諜報部隊が気づかないはずないのだ。


 イルミの装備は、カリプソバンカーとナグルファルからヤールングレイプルに変化したことが確認されている。


 その事実に紐づいて、パーシーにカリプソバンカーとナグルファルが引き継がれていることも確認済みである。


「クソ、あの忌々しい小聖者マーリンめ。こちらが欲する呪武器カースウエポンを自由に強化したり壊したりと神にでもなったつもりか?」


「そのようなことはありませんぞ、ノーフェイス様。確かに奴は呪武器カースウエポンの扱いに長けておりますが、ノーフェイス様程ではございません」


 <法術>とは、アンデッドに悩まさせる人類にヘルが与えたスキルだから、ライトが神に代わって行使しているのは間違いない。


 事実、ライトには”ヘルの代行者”の称号もあるのだから、神代行を名乗っても何も問題ない。


「まあ良いさ。小聖者マーリン小聖者マーリンの道を行き、呪信旅団は呪信旅団の道を行けば良いのだから。爺、大陸東部でのネームドアンデッド狩りの準備は整ってるか?」


「勿論ですとも。ノーフェイス様が動きやすいように、現地で小聖者マーリンに恨みを持つ者から手引きしてもらえるように手筈が整っております」


「よろしい。あれだけ目立つ奴ならば、必ずアンチだっているさ。大陸東部のネームドアンデッドは腰を据えて対応するつもりだから、そいつはちゃんと繋ぎとめていてね、爺」


「かしこまりました」


 そこまで言った時、ノーフェイスと爺のいる執務室のドアをノックする音が聞こえた。


蜘蛛スパイダーです」


「入って良いよ」


「失礼します」


 ノーフェイスの許可を受け、執務室に入って来た蜘蛛スパイダーとよばれる人物は気を失っている女性を肩に担いで来た。


 手足を縛られたまま床に転がされたその人物を見て、ノーフェイスはじっと見つめた。


「ねえ、そいつは何? なんか微妙に見覚えあるんだけど」


「この拠点を探っていた者です。あちこちに聞き込みを繰り返し、この拠点を探り当てました。見張り2人を殺した瞬間を狙って私が気絶させました」


「へぇ、やるじゃん。というか、物資の調達から目を着けられるとか兵站部隊は無能じゃね? 爺、見直しといて」


「大変失礼しました。すぐに行動を見直させます」


「よろしく」


 爺が部屋を出て行くと、ノーフェイスは椅子から立ち上がって床に転がされた人物を近くで凝視した。


 そして、ポンと手を打った。


「思い出した。教会学校の教師だよ。小聖者マーリン達の足止めにケイジの腹に突っ込んだ囮ちゃんだ」


「私が調べた限りでは、マリアと呼ばれておりました」


「うん、そうだね。マリア=ヘイズルーンだったかな。親の仇で呪信旅団をつけ狙ってたって報告に上がってたよ」


 蜘蛛スパイダーが捕えた人物とは、教師を辞めて守護者ガーディアンに復帰したマリアだった。


 自分が無力だった結果、母親シスター・アルトリアを殺されて教え子達を危険な目に遭わせたマリアは、教師を辞めて以来ずっと単身で呪信旅団の手掛かりを探っていた。


 その目的は、シスター・アルトリアを殺したノーフェイスへの復讐だ。


 教会が指名手配をかけてなお、まともな呪信旅団の手掛かりは掴めていなかったというのに、今ノーフェイスがいるこの拠点を突き止められたことはマリアの執念の強さを感じさせた。


「一応、どんな情報を握ってるかわからなかったので連れて来ましたが、いかがいたしますか?」


「そうだね。握ってる情報は聞き出す必要があるから、とりあえず起こそうか」


「わかりました。おい、起きろ」


 蜘蛛スパイダーは気絶しているマリアを何度か足で突いた。


 すると、マリアはその刺激によって意識を取り戻した。


「ここは・・・」


「やぁ、マリア=ヘイズルーン。まずはおめでとうと言っておくよ」


「くっ、殺す!」


 ノーフェイスはわざわざ、マリアを煽るためだけに机の上に座って足を組んで見下す演出までしていた。


 その効果はばっちりで、マリアの顔に憎悪が浮かんだ。


「そんな物騒なくっ殺があって堪るか」


 ノーフェイスのツッコミはもっともである。


 そのツッコミにワンテンポ遅れ、蜘蛛スパイダーが芋虫状態のマリアを踏みつけた。


「言葉遣いに気を付けろ。こうしてまだ首が繋がってるのは、ノーフェイス様のお慈悲があってこそだ」


「ペッ」


 蜘蛛スパイダーの忠告に対し、マリアの答えは床に唾を吐く行為だった。


 教育者だった頃ならば品がないと咎められただろうが、生憎今は守護者ガーディアンとして呪信旅団を追い詰める立場だからそんなことは気にしない。


「威勢が良いね。死ぬのは間違いないんだから好きなように足掻きなよ。とは言っても、その手足じゃ何もできないだろうけど」


「貴様、よくも母を!」


「この世の不利益は当人の力不足のせいだよ。それはお母さんに習わなかったのかな? あぁ、もう死んでたね」


「おのれ!」


「捕虜の分際で喚くな」


 喚くマリアを不快に感じ、蜘蛛スパイダーがマリアの体を蹴った。


 しかし、マリアはその蹴られたエネルギーを利用して体を回転させ、靴に仕込んでいた刃で足の紐を切って立ち上がった。


 手を縛る紐についても、リストバンドから刃が飛び出て切れたため、マリアの手足は自由になった。


蜘蛛スパイダー何やってんの? マリアが自由になってんじゃん。捕まえるなら徹底的にやらなきゃ」


「すみません。この程度の実力ならば、いつでも殺せたので油断しました」


「その気持ちはわかるけどさぁ」


「余裕な態度も今の内だ!」


 そうマリアが叫んだ瞬間、マリアは自分の体が崩れ落ちる感覚がした。


 りきもうとしても力が入らず、体からドンドンと力が抜けていく感じである。


 それもそのはずで、マリアの体は地面に吸い寄せられるようにして倒れていた。


「やっと効きましたか」


「あれ、毒でも仕掛けてたの?」


「ええ。遅効性の毒です。念のため、気絶させた後で刺しといたんですよ」


「それで余裕ぶってたんだ」


「そういうことです。すみません、少しでも情報を吐けばと思って連れて来たんですが、望み薄なのでこのまま殺しても良いですか?」


「良いよ。というか、あと何秒で死ぬの?」


「10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0」


 蜘蛛スパイダーが0と告げた時には、マリアは口から泡を吹いて動かなくなった。


「あっ、死んだ。蜘蛛スパイダーの毒はよく効くね」


「恐れ入ります。ノーフェイス様、この拠点は放棄した方が良いかと存じます」


「マリア程度に勘付かれてるんだから当然だよね。次は大陸東部かな。蜘蛛スパイダーにも向かってもらうけど、こっちも別行動で行くよ」


「ノーフェイス様もいらっしゃるのですか?」


「まあね。小聖者マーリンが出張ってくる前に、倒しておきたいネームドアンデッドがいるんだ。蜘蛛スパイダー、死体の始末は任せたよ」


「かしこまりました」


 ノーフェイスはそれだけ言うと、執務室を手ぶらのまま出て行った。


 ノーフェイスが出て行った執務室では、蜘蛛スパイダーの緊張感が解けて大きく息を吐き、それから後片付けを始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る