第237話 ライト義兄様、僕に最強を教えて下さい!

 6月3週目の水曜日の朝、スルトがライトを訪ねて来た。


 男同士で話したいとのことで、ヒルダは応接室に同席していない。


「スルト君、僕とサシで話したいことがあるんだって?」


「はい。お忙しい中、時間を作っていただいて申し訳ございません。ですが、ライト義兄様にしか相談できないことなんです」


「エルザとの婚約に関わること?」


「その通りです。姉様が僕のことをあれこれ教えたせいで、婚約できたもののエルザさんが僕のことを弟のようにかわいがって来るんです」


「まあ、エルザの弟がかわいがることのできないタイプらしいから、姉として燻ってた気持ちに火が点いたんじゃない?」


「本当にそんな感じです。流石はライト義兄様ですね」


 (先週のエルザの様子を見れば、そうなるのはわかってたからね)


 スルトがライトの洞察力に感動しているが、ライトからすればそれは容易に想像できる話だった。


「話は変わるけど、スルト君は僕達の結婚式でエルザを見て一目惚れしたの?」


「・・・はい」


 言い当てられたスルトの顔は、茹でられたタコのように赤くなった。


 (ヒルダ、予想が的中してたよ)


 姉弟だけあって、ヒルダはスルトのことをよくわかっていたことが証明された。


「貴族、ましてや僕達は公爵家なんだから、時には政略結婚をする覚悟を持たなきゃいけない。それでも、スルト君はまだ婚約だけど、僕も君も恋愛結婚ができるんだから恵まれてるよ」


「そうですね。好きになった人と婚約できたことは、僕もとても嬉しいです」


「それで、スルト君はエルザにかわいがられてる現状に対し、僕に何か相談したいことがあるんだよね?」


「その通りです」


「力になれることなら力になるけど、どんなことを相談したいの?」


「ライト義兄様、僕に最強を教えて下さい!」


 (そう来たか・・・)


 スルトはライトのことを尊敬している。


 ヒルダがドゥラスロール公爵家にいた頃は、いつもライトをすごいと口にして来ただけに留まらず、ライトは数々のネームドアンデッドを倒して12歳の若さでダーイン公爵の地位を継承した。


 だからこそ、スルトはライトに憧れるようになったのだ。


 <法術>だけでなく、<神道夢想流>の使い手としてアンジェラから一本取る実力もあるのだから、スルトにとってライト以上に教えを乞うべき者は見当たらないのである。


「わかった。可能な範囲で鍛えてあげるよ」


「ありがとうございます!」


「スルト君の職業は魔術師マジシャンだっけ?」


「はい! <火魔法>を使います!」


「そっか。そしたら、ちょっと<鑑定>を使わせてもらうよ。育成方針を決める参考にしたいから」


 そう言うと、ライトはスルトに<鑑定>を発動した。



-----------------------------------------

名前:スルト=ドゥラスロール 種族:人間

年齢:7 性別:男 Lv:10

-----------------------------------------

HP:150/150

MP:200/200

STR:100

VIT:100

DEX:200

AGI:150

INT:200

LUK:100

-----------------------------------------

称号:ドゥラスロール公爵家長男

   小聖者マーリンファン

二つ名:なし

職業:魔術師マジシャン

スキル:<火魔法><直感>

装備:アイアンロッド

   レザーマント

備考:なし

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 (7歳にしては大したものだ。というか、”小聖者マーリンファン”って何?)


 スルトのステータスを見て感心したライトだったが、”小聖者マーリンファン”なる称号が気になって仕方なかった。


 <鑑定>により、著しく誰かを慕っている者は”○○ファン”という称号を会得しやすく、〇〇には二つ名があれば二つ名が当てはまるのだとわかった。


 つまり、スルトが自分のことを本当に慕っているのだと証明されて、ライトは面映ゆく感じた。


「<火魔法>は教えられないから、僕が教えられるのは武器を使った近接戦闘だけどそれで良いのかな?」


「勿論です。敵に近づかれても自衛できるようになりたいです」


「自衛か。スルト君って、<火魔法>の発動体はそのアイアンロッドだよね?」


「その通りです」


「アイアンロッドで殴ったり突いたりはできないよね。<火魔法>の使用に支障が出そうだし」


「そうですね。発動体が壊れちゃうと、<火魔法>が安定しなくなっちゃいます」


 スルトの言い分を聞くと、ライトは<道具箱アイテムボックス>からある物を取り出した。


「うわぁ、綺麗ですね。ライト義兄様のダーインスレイヴと少しだけ似てる気がします」


「装飾してあるからね。ダーインスレイヴと似てるように感じるのは、このブレスレットが発動体だからだよ」


 スルトが<直感>で感じ取ったことを口にすると、ライトはすぐに答えを教えた。


 ライトが取り出したブレスレットだが、これはダーインスレイヴのスペックを元にダーイン公爵家で試作したものだ。


 残念ながら、呪武器カースウエポンと普通の武器ではどうしても埋められない差があるので<道具箱アイテムボックス>の肥やしになっていた。


 しかし、スルトの訓練に使うのならば丁度良い。


 そういった事情から、ライトはスルトにこのブレスレットを渡した訳である。


「今日からスルト君は、杖ではなくこのブレスレットを発動体にするんだ。それで、手に持つ杖は発動体じゃない殴ったり突いたりできる物にしよう」


「僕もライト義兄様みたいに、杖で戦えるようになれば良いんですね?」


「そういうこと。自衛できるようになれば、エルザもスルト君を頼もしく思うはず」


「なるほど! 頑張ります!」


「よろしい。じゃあ庭に行こうか」


 ライトは話を一旦終わらせ、スルトを連れて庭に出た。


 庭に出ると、ライトは<道具箱アイテムボックス>から木製の杖を2本取り出し、片方を自分が持ってもう片方をスルトに渡した。


「とりあえず、最初は杖の扱い方になれることから始めよう。僕の真似をして杖を振るってみて」


「わかりました」


 それからしばらく、ライトとスルトは杖術の基本の型の素振りを行った。


 幸いなことに、スルトの運動神経は悪くなかったので、ライトの真似をして杖を振るうにつれてなかなか動きが様になってきた。


 正午を回ると、アンジェラが庭にやって来てライトに話しかけた。


「旦那様、昼食のお時間となりましたがどうなさいますか?」


「今日は天気も良いし外で食べる。ヒルダを呼んで来てくれないか?」


「かしこまりました」


 日差しが強過ぎず、適度に風も吹いているため、ライトは庭で昼食を取ることにした。


 ライトの指示を受けたアンジェラは、ヒルダを庭に連れて来てから厨房へと向かい、外で昼食を取れるように手配した。


 ヒルダが来る前に、ライトは【浄化クリーン】で身だしなみを整えているから、ヒルダが抱き着いて来ても一向に構わなかった。


「姉様は本当にライト義兄様と仲が良いですよね」


「喧嘩したことなんて1回もないよ。ね、ライト?」


「そうだね。言い争いになることもないし」


「僕もエルザさんとそういう関係になれるでしょうか?」


「相手を尊重できれば、もしも言い争いになったとしてもすぐに謝れるよ」


「夫婦円満の秘訣はお互いを尊重し合うことなんですね。勉強になります」


 ライトの言い分を聞き、スルトは真面目な顔で頷いた。


 もう済んだ話ではあるが、ヒルダがエクスキューショナーを所持している頃は、ライトの傍にいられないとピリピリする時も珍しくなかった。


 そんなヒルダがライトといるととても幸せそうで、今となっては妊娠3ヶ月だ。


 それをよく理解しているから、スルトはライトの言葉を深く受け止めた。


 昼食と食休みが終わると、ライトはスルトに1人だけで基本の型をやらせてみた。


 午前中に1時間以上同じ動作を繰り返したこと、<直感>を会得していることが影響し、ライトの真似をせずともスルトは基本の型を披露できた。


 <神道夢想流>を会得したライトと比べれば、まだまだ動きにぎこちない所があるが、型を繰り返してライトが適宜修正してやることで、1時間後には流れるように基本の型をやってのけた。


「今日はここまで。次のステップは、目を瞑っても同じ動作ができることだね。あまり遅くなるとお義父さんとお義母さんに悪いから、次に会う時には実戦に入れるように帰っても練習すること」


「はい! ありがとうございました!」


 ルクスリアやアンジェラとの鍛錬でも、基礎が大事ということは嫌と言う程体に教え込まれているライトは、スルトにもまずは基礎を学ばせるつもりである。


 スルトも繰り返すだけの作業と思わず、ライトの強さに近づくために一生懸命基本の型を繰り返した訳だが、基礎とは奥が深いものだと改めて思い知った。


 自分のために時間を割いてくれたライトにお礼を言うと、スルトはドゥラスロールハートへと帰っていった。

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