第236話 YOU、結婚しちゃいなよ
木曜日、ライトに来客があった。
ライトのクラスメイトだったエルザである。
ライトはどんな用事でエルザが来たのかわからないので、ヒルダに同席することを頼んでから応接室に向かった。
応接室にライトとヒルダが現れると、エルザは立ち上がって恭しくお辞儀をした。
ライトが座るようにジェスチャーで示すと、エルザはライト達の対面のソファーに座った。
「珍しいね。エルザがここに来るなんてどうしたの?」
「ライト君とヒルダさんに相談があるんですわ」
「相談?」
「オルトリンデノブルスが今、大陸北部の影響で困ったことになってしまったんですの」
「また北部絡みか」
「その様子ですと、北部に関する相談は私だけではないようですわね」
「そういうこと」
ヘレンやミーアから相談を受けたこと、ガルバレンシア商会の
来客がある度に大陸北部の話をされれば、ライトだってうんざりするだろう。
「それだけライト君が頼りになるってことですわ」
「そうなのかもしれないけど、こっちだって領内の発展に力を入れたいところであれこれ頼まれちゃ困るって」
「・・・申し訳ありませんの」
「ネチネチ言ったって非生産的なこと極まりないから、エルザの話を聞かせて」
謝るぐらいなら何故来たとツッコみたくなったが、それを言うと拘束時間が長引くのは間違いない。
それゆえ、ライトはどういう判断をするにしろ、まずは話を聞いてみることにした。
「オルトリンデノブルスの位置はご存じですわね?」
「大陸西部と北部の中間地点、クローバー型の大陸では海に面した領地だね」
「その通りですわ。今回相談に来た理由はその場所が関係するんですの」
「もしかして、大陸北部の勢力争いで複数の貴族から手を組まないかって言われてる?」
「流石はライト君ですわ。事の発端をあっさりと言い当てるなんて驚きましたの」
「それが相談内容なら相手を間違えてるよ。ドゥラスロール公爵かドヴァリン公爵に相談すべきだと思う」
勢力争いに関する相談ならば、エルザの相談先としてライトは適当ではない。
何故なら、ライトは大陸南部のまとめ役であるダーイン公爵家の当主だからだ。
大陸西部と北部の中間地点の問題ならば、それぞれを取りまとめる地位にあるドゥラスロール公爵家かドヴァリン公爵家を頼るべきだろう。
いきなりライトが出張ってしまえば、両公爵家のメンツに関わるだろうことは想像に難くない。
「勿論、それは重々承知してますわ。基本的にオルトリンデノブルスは大陸西部側と足並みを揃え、ドゥラスロール公爵家にお伺いを立てるようにしてますの。その件は当然、ドゥラスロール公爵に相談しましたわ」
「じゃあ、なんで僕とヒルダにも相談するの?」
「ドゥラスロール公爵から、私の父にスルト様と私の婚約を提案されたからですわ」
「「え?」」
寝耳に水なエルザの発言により、ライトとヒルダは目を見合わせた。
どちらもそんな話は聞いたことがなく、スルトの婚約についてエルザから知らされたのだから無理もない。
そうなると、なんで自分達に相談するのかよりも、何を自分達に相談したいのかという風に対応が変わる。
「私が相談したいのは、スルト様の人柄についてですの。婚約を受けるにしても、スルト様のことをよく知らずにいるのは嫌ですの。スルト様について訊くなら、ご本人のいるドゥラスロール公爵家よりもライト君とヒルダさんが良いと思ったんですわ」
「ちょっと待って。スルト君との婚約に大陸北部がどう絡むの?」
「父がドゥラスロール公爵に大陸北部のゴタゴタに巻き込まれたくないと相談したところ、だったらオルトリンデノブルスは大陸西部の派閥であることをアピールするためにスルト様と私の婚約を提案されたのですわ」
「父様も公爵だから、そう言い出す可能性もないとは言い切れないかな。でも、ライトと私の婚約を認めてくれたことを考えると、ただの政略結婚じゃない気がする」
エルザの話を聞くと、ヒルダはそれが全てではないと言った。
実の親子なのだから、何か引っかかるところがあるのだろう。
そして、少し考えた結果、ヒルダは1つの可能性に到達した。
「エルザさん、私とライトの結婚式に参加した時、スルトと話したりしなかった?」
「ええ、話しましたわ。アンデッドとの戦いや本の話をしたのを覚えてますの。とても楽しそうでしたから、話してる私も楽しかったですわ」
「うん、大体わかった」
「ヒルダ、説明よろしく」
最後の質問をしたことでヒルダは確信した。
ライトもうっすらわかった気がしたが、ここはヒルダから答えを聞いた方が確実だと思ってヒルダに説明を求めた。
「任せて。簡潔に言うと、スルトが私達の結婚式でエルザさんに一目惚れして、丁度良い機会が転がり込んできたから父様がアシストしたんだと思う」
「ひ、一目惚れですの? スルト様が? 私に? なんでですの?」
ヒルダの考えを聞いても、エルザはすぐには信じられなかった。
「スルトの好みがエルザさんに当て嵌まるから」
「スルト君の好み? どんなタイプが好きなの?」
「自分よりも年上で金髪の
「前者はまさにエルザだけど、本の話ができる人? エルザって本に詳しかったっけ?」
「本好きのカタリナとパーティーを組んでたんですのよ? 彼女から色々と本を薦められてたくさんの本を読みましたわ」
「なるほど。スルト君のストライクゾーンに入った訳だ。おめでとう、エルザ」
「スルト様が私を好いて下さってるのは嬉しいですけど、私はスルト様のことをほとんど何も知りませんわ」
嬉しい気持ちはあるが、自分がスルトのことをよく理解していないのでエルザはこれで良いのだろうかと困った顔になった。
そんなエルザを見て、ライトは入学当初のことを思い出して口にした。
「良いじゃん。入学当初に公爵家の殿方と仲良くしたいって言ってたんだし。それが叶うんだよ?」
「た、確かにあの時はそう言いましたわ! でも、いざ公爵家の殿方との婚約になれば、私だって色々と不安になりますの!」
(めんどいとか思っちゃ駄目なんだよね、きっと)
エルザの反応に面倒臭いと感じるライトだったが、それをどうにか心の中に留めた。
ところが、ヒルダは我慢しなかった。
「面倒臭い。エルザさん、スルトのことは私が教えてあげるから、さっさと覚悟を決めちゃって。大丈夫。スルトは暴力に訴えるような性格じゃないし、甘えん坊だからエルザさんに酷いことなんて絶対にしないから」
「そ、そうなんですの。言われてみれば、結婚式の時に話したスルト様は私の弟よりもずっとかわいい雰囲気でしたわ」
「弟さん、かわいくないの?」
「感情よりも論理的思考を優先するタイプですわ。年下に甘えられるというのは、今思えば新鮮で嬉しい経験でしたわ」
「YOU、結婚しちゃいなよ」
(うわぁ、その言い方懐かしいなぁ)
前世でそんな言い回しをする音楽プロデューサーがいたのを思い出し、ライトはヒルダの言葉を聞いて懐かしく感じた。
「わ、わかりましたわ。女は度胸ですわ! お義姉様、スルト様について教えてほしいですの!」
ヒルダの言葉が琴線に触れたらしく、エルザはスルトとの婚約に前向きになった。
ヒルダをお義姉様というぐらいなのだから、かなり本気である。
それからしばらくの間、ヒルダはスルトについてエルザにレクチャーした。
その様子を傍観するライトは、スルトに同情せざるを得なかった。
スルトが
しかし、エルザはスルトが恥ずかしがりそうな話をヒルダから仕込まれても、それをネタに弄ってやろうという雰囲気ではなかった。
それどころか、とてもかわいらしいとスルトに抱く印象が良くなったようにすら見えた。
エルザの弟がかわいくない論理的思考の持ち主であるせいで、かわいらしい一面があるスルトを愛おしく思えるようだ。
スルトからすれば、甘えたいとは思っていても男としてかわいいとは思われたくないだろう。
もし、スルトが自分にエルザから頼りにしてもらえるような男になりたいと言われたら、黙って力になってやろうと思うぐらいにはライトはスルトに同情するのだった。
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