第221話 ヒルダさんマジパネェっす

 試食会が終わって14時になると、ライトを訪ねてウォーロック伯爵家の者がやって来た。


「旦那様、アズライト=ウォーロック様がいらっしゃいました」


「アズライトが来たんだ。ヒルダ、行くよ」


「うん」


 アンジェラからクラスメイトが使者としてやって来たと知らされたライトは、少しだけホッとした気持ちでヒルダを連れて応接室へと向かった。


 ライトとヒルダの姿を見ると、アズライトが立ち上がってお辞儀をした。


「ライト君、ヒルダさん、こんにちは。ウォーロック伯爵家を代表して来ました。今日はよろしくお願いします」


「久し振りだね、アズライト」


「こんにちは」


「はい。2人の結婚式以来ですね。あれはとても賑やかなお祝いでした」


 威張り散らすようなことはしないが、形式を重んじる家で育ったアズライトにとってはライト達の結婚式は衝撃以外の何物でもなかった。


「アズライト君、トルマリンに魔導書のお礼言ってくれた?」


「勿論です。同じ<水魔法>の使い手として、更なる高みを目指してくれれば嬉しいと言ってました」


「相変わらずだね、トルマリンは」


「相変わらずです。兄は寝ても覚めても魔法のことしか考えてませんから」


 アイスブレイクはこれぐらいで十分だろうと判断し、ライトは応接室に持って来た大陸南部の地図をテーブルの上に広げた。


「そろそろ本題に入るよ。アズライト、この地図を見て」


「これって大陸南部の地図ですよね?」


「その通り。今日は地図を使った話があるんだ」


「一応ある程度の権限を委任されてますけど、僕の判断でどうにかなるんでしょうか」


 地図を用いた話と聞き、アズライトが身構えないはずがなかった。


 伯爵家嫡男トルマリンは、魔法の研究に没頭していて外交に携わることはない。


 その代わりに、次男のアズライトがこのように駆り出される訳である。


 自分で判断できる内容か不安になれば、トルマリンに帰ってから小言ぐらい言いたくなるのは自然な感情と言えよう。


「判断できるんじゃない? そっちにも協力してもらうとは思うけど、聖水は僕の持ち出しだから」


「聖水が話に出るってことは、どこかに結界でも張るんですか?」


「その通り。僕はね、セイントジョーカーからオリエンスノブルスまでの大陸南部の主要な街道全てに結界を張ろうと考えてるんだ。名付けるならば、セーフティーロードってところかな」


「セーフティーロード・・・。これはまた凄まじいことを考えますね」


 そんなことが可能なのかと疑っているのではなく、それを実行するのに必要な労力を考えてアズライトは圧倒された。


 ライトが規格外なのは重々承知なので、それぐらいやってのけそうと理解していても、その構想を実現させるのは大変そうだと思えば当然だろう。


「アズライト、大陸南部とセイントジョーカーを子供でも安全に歩いていける道があったら素晴らしいだろ?」


「勿論です。残念ながら、瘴気がこの世に存在する限りアンデッドが絶滅することはありません。であれば、アンデッドに怯えることなく移動できる道があることは大陸南部の民の希望となるでしょう」


「そこまでわかってるなら、僕がどうしてウォーロック伯爵家に最初に声をかけたかわかるよね?」


「ウォーロックノブルスがこことオリエンスノブルスの中間地点にあるからです」


「その通り。だから、ウォーロック伯爵家の同意と協力を取りつけたかったんだ」


 ライトがウォーロック伯爵家の者を呼び出したのは、アズライトが言った通りだ。


 大陸南部の位置関係を説明すると、セイントジョーカーに最も近い領地がダーインクラブで、最も遠い大陸南端にあるのがオリエンスノブルスである。


 その中間地点には、アズライトの住むウォーロックノブルスがある。


 それが理由で、ダーインクラブとオリエンスノブルスを行き来する者は必ずと言えるぐらいウォーロックノブルスに立ち寄る。


 近隣の領地よりもウォーロックノブルスが栄えているのが、それは大陸南部の中間地点という認識が大陸南部の住民にあるからだ。


 ウォーロック伯爵家が同意して協力してくれれば、大陸南部を移動する際にウォーロックノブルスを使う貴族達もセーフティーロード構想に乗っかるとライトは考えている。


 それゆえ、ライトはアズライトに首を縦に振らせたい。


 ただし、ここで強権を発動してしまえばセーフティーロードができてもウォーロック伯爵家との関係に溝ができかねない。


 そんなことは避けたいので、アズライトには自らの意思で同意してもらい、協力を取り付けたいのが正直なところだ。


「聖水はライト君の持ち出しで、ウォーロック伯爵家が主導するのは街道の端に溝を掘ることですか?」


「うん。溝さえ掘ってくれれば、後はこちらでやるよ。溝を掘るのを公共事業にすれば、雇用が生まれて貧困層の助けにもなる。悪い話じゃないはず」


「そうですね。貧困層を減らすには、職を与える必要があります。意味のある公共事業に雇えるならばそれに越したことはありません。わかりました。僕個人としては賛成です。父様に許可を取ってみせましょう」


「助かるよ」


「いえいえ。これはウォーロック伯爵家にとってもメリットのある話ですから」


 交渉が上手く言ったことで、ライトの肩から力が抜けた。


 その時、応接室のドアをノックする音が聞こえた。


 ライトが入室を許可すると、アンジェラが静かに入って来てライトの耳元で報告した。


「旦那様、ご対応中申し訳ございません。エマ=オリエンス様がお越しです」


「エマさんが?」


「はい。オリエンスノブルスで見つけた不思議な種について相談があるそうです。別件だと思いましたが、旦那様のお話にオリエンス辺境伯家の協力は必須と判断してお知らせに参りました」


「アンジェラ、すぐにここに通して」


「かしこまりました」


 アンジェラが部屋から出て行くと、ライトは状況のわかっていないヒルダとアズライトに説明した。


「都合の良いことに、たった今エマさんがここに来たんだって」


「すごい偶然ね」


「これもヘル様の思し召しでしょうか」


 エマが来ることに否定的な意見は出ることはなく、少ししてからアンジェラによってエマが応接室に案内されて来た。


「ライト君、ヒルダ、アズライト君、こんにちは」


「こんにちは、エマさん」


「エマ、丁度良かったわ」


「お久しぶりです、エマさん」


「えっ、良いタイミングなの?」


 事態をよくわかっていないエマに対し、ライトはもう一度セーフティーロード構想の説明をした。


 ライトの説明を聞き終えると、エマは目を見開いた。


「何それすごい! 賛成! 父様も聞いたら喜んで協力してくれると思う!」


「それを聞いて安心しました。帰った時にオリエンス辺境伯に説明して下さいね?」


「任せて!」


「じゃあ、僕はカタリナにも挨拶に行くから一旦これで失礼します」


 エマがセーフティーロード構想に賛成すると、アズライトは安心してカタリナに会いに行くために屋敷から去って行った。


 アズライトがいなくなると、エマはニヤニヤしながらヒルダに詰め寄った。


「それで〜、ライト君と夜の方の調子はどうなの?」


 (話題のチョイスが久しぶりに会った親戚のおじさんなんだけど)


 親戚が大集合すると、その中のおじさんの1人ぐらいが口にしそうなセリフを言うものだから、ライトは苦笑いした。


 ライトはそういうおじさんが前世にいたため、若干苦手意識があるようである。


 その一方、ヒルダはと言えばすまし顔である。


「毎晩ヤりまくりよ」


「ヒルダさんマジパネェっす」


 まさか、恥ずかしがることなく堂々と言い切るヒルダを見て、エマは思わずジャック化した。


「ライトのことリードしてあげられたのも最初だけで、今ではライトにペースを握られちゃった」


小聖者マーリンは昼だけでなく夜も最強なんだ。昇天させるのはアンデッドだけじゃないんだね。はっ・・・。アハハ」


 そこまで言うと、ライトにジト目で見られていることに気づき、エマはばつが悪そうに笑った。


 (ニブルヘイムって女性の方が下ネタを平気で言うよね)


 それはライトの誤解だが、残念ながらライトの周りにはアンジェラという究極的な変態がいるので弁解しにくい。


 一時期はエマがライトを種馬扱いしたせいで、ヒルダとの仲が悪くなりかけたが、今は元通りになったようでヒルダとエマは普通に喋っている。


 話題はツッコミどころがあるが、とりあえず仲良きことは良いことだと思うべきだろう。


 ライトは下手にツッコまず、下世話な雑談が終わるのをジト目で待った。

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