第220話 それ以上は言っちゃいけない。良いね?

 ケニーを見送った後、ヒルダが屋敷に戻って少ししてからジャックが屋敷を訪ねて来た。


「ライト君、来たっすよ~」


「うん、ジャックはこうじゃないとね」


「そうだね。ジャックはこれで良いと思う」


「あれ、なんだか馬鹿にされてる気がするっす」


「いやいや、そんなことないよ。ジャックはそのままでいてくれて良いんだ」


 ジャックもケニーと同様に、ライトが公爵になって初めて会った時は三下口調ではなく丁寧な喋り方をした。


 それがあまりに違和感しかなかったので、ライトは今まで通り普通に話すよう言った訳だ。


「それはさておき、ライト君が紹介してくれた新作の試作品ができたっす。味見してほしいっす」


 本題に入ったジャックは、おかもちから試作したどんぶりに入っている料理を取り出した。


 その丼からは良い具合に湯気が出ており、ライトは目で見る限りはまずまずの出来であるように思えた。


「見た目はラーメンだね。麺が伸びる前に食べよう。ジャック、取り皿を用意して」


「はいっす」


 ジャックがおかもちから取り出したのはラーメンである。


 おかもちと言えばラーメンの出前というイメージから、ライトはラーメンをジャックに伝授する時に出前とおかもちについてもレクチャーしている。


 ジャックが用意して来たのはとんこつラーメンだ。


 味噌や醤油味のラーメンを作るには、大豆を見つけなければならないのだが、残念ながら米同様ヘルハイル教皇国ではまだ見つかっていない。


 厳密に言えば、既に見つかっているのかもしれないが、ライトの耳には届いていないのであれば同じである。


 塩ラーメンは作れなくはないが、ラーメンを食べたいと思った時に最初に思い浮かんだのが豚骨ラーメンだったから今回試食するのは豚骨ラーメンなのだ。


 ライトは慣れた手つきでラーメンを3人分に分ける。


 箸もこの時のためにマイ箸を用意しており、すぐに食べられる準備を整え終えた。


「「「いただきます(っす)」」」


 ライトは最初にスープを飲んだ。


 (ラーメン店程じゃないけど、家庭で食べるなら及第点か)


 見本として、ジャックに紹介する時に自分で作った時も今回と大差ない味だった。


 それゆえ、家で作るラーメンならばありと言う評価を下した。


 そもそも、ライトはラーメンを作るのに修業した訳ではない。


 美味しいラーメンを食べることができても、それを真似して美味しいラーメンを作れるはずがないので、試作品としてはむしろここまでの完成度を出せれば合格点とすら言える。


 スープを一口飲んだ後は、麺を豪快に啜る。


 蕎麦やうどんがないヘルハイル教皇国において、麺を啜る食べ方は存在しなかった。


 だから、ヒルダもジャックも最初にライトが麺を啜った時はその食べ方で良いのか心配になった。


 箸もその時初めて見たので、上手く使うこともできなかったのは言うまでもない。


 それでも、ライトが美味しそうにラーメンを食べる姿から、麺を啜るのが流儀であると納得して食べることにした。


 ちなみに、アンジェラが最初から箸を器用に使えてしまい、それに対抗心を燃やしたヒルダもすぐに箸の使い方をマスターしたのは別の話である。


 とりあえず、2度目のラーメンは前回よりもヒルダもジャックも苦労せずに食べることができた。


「私はそこそこの再現度だと思うけど、ライトはどう思う?」


「試作品としてはばっちり。後は色々研究して美味しいラーメンを追及してほしいな」


「そこまでっすか? 目新しさからみんな飛びつくと思うっすよ?」


「目新しさだけを売りにしたら、その商品はすぐに飽きられるよ」


「うっ、否定できないっす。わかったっす。手打ち麺、スープ、具材と拘れるようにラーメン専門の人員を手配するっすよ」


「是非そうしてほしい。さて、ラーメンを3等分じゃ少ないと思うし、僕からも料理を提供するよ」


「新作っすか!? 早く食べたいっす!」


 すぐに飛びつくジャックは食料品専門の商人の鑑と言えよう。


「慌てなくても料理は逃げないよ」


 <道具箱アイテムボックス>を発動し、ライトは事前に作り置きしていた料理を取り出した。


「これはピザっすか? それにしては厚めっすけど」


「これはキッシュだよ。ラーメンで摂れなかった野菜たっぷりのね」


「前に作ってくれたよね。私これ好きだよ」


「ヒルダは野菜多めの方が好きだって言ってたから、今日は丁度良いかなって思って作っといたんだ」


「ヒルダさんが羨ましいっす。ライト君の新作をいつでも食べられる立場なんて何物にも代えがたいっすよ」


 ヒルダが既に食べたことがある料理だと知ると、ジャックは本気でヒルダを羨ましがった。


「ジャック君が羨ましがるべきはイルミだと思うよ? 今はセイントジョーカーに行っちゃってるけど、しょっちゅうライトに何か作ってって強請ってたし」


「それはまあ、確かにそうっすね。そう言えば、サクソンマーケットの本店から連絡があったんすけど、イルミさんを広告塔に採用したらしいっす。そしたら売り上げが伸びたって聞いたっす」


「イルミ姉ちゃんってば、美味しそうに食べるもんな」


「ヴェータライトが壊れたから、前みたいな暴食の限りを尽くすようなことはないと思うけど大丈夫なの?」


「一般的な守護者ガーディアンの食事量よりは多いらしいっすけど、守護者ガーディアンなら許容範囲だって報告があったっす」


 イルミの食欲が落ち着いたという便りは、ライトやヒルダにとってホッとする内容だった。


 もしもヴェータライトが壊れてなお、食欲が止まらないという報告があれば笑えないからである。


 キッシュを食べ終えたライトだが、まだ小腹が空いているのでデザートを<道具箱アイテムボックス>から取り出した。


「デザートはチーズケーキだよ」


「チーズケーキ!? やった~!」


「しれっと新作ケーキを出さないでほしいっす」


 これもヒルダは食べたことがあるが、ジャックが食べたことはないパターンに該当する。


 ヒルダはライトが作れるケーキの中でも、チーズケーキが特にお気に入りだ。


 自分の好きな食べ物を立て続けに出してくれたライトに対し、ヒルダのテンションが上がらないはずがない。


 嬉しさのあまりライトに抱き着いてしまった。


 その一方、ジャックは初めて見る種類のケーキに顔が引き攣っている。


「なんだよジャック。不満なの? それならジャックは食べなくても良いよ?」


「不満なんかないっす! 理不尽な美食に戸惑ってただけっす! オイラも食べたいっす!」


 ライトがわざとらしく言うと、自分だけ食べられないなんて堪えられないとジャックは抗議した。


 勿論、ジャックだけ食べさせないなんてライトが意地悪をするはずもなく、ジェックの分もライトはちゃんと用意した。


 余談だが、ライトの作るデザートは屋敷で働くメイド達の間で誰が食べれるか常に競争になっている。


 ライト専属メイドのアンジェラはしっかり自分の分を確保できているが、アンジェラ以外にとっては毎日が競争のようなものだ。


 ブラックな労働環境を良しとせず、従業員の福利厚生に力を入れるライトはデザートを食べはぐる者が出ないように気を遣っている。


 この競争とは、好きなデザートを食べるためのものだからそこは安心してほしい。


「はぁ、美味いっす。でもあれっすね。これだけ食べると太」


「それ以上は言っちゃいけない。良いね?」


 ジャックが言ってはならないワードを口にしかけたため、ライトは途中で遮った。


 太るという言葉は、ヒルダが気にしてしまうのでヒルダの耳に入らないようにしているからだ。


 実際のところ、ヒルダの場合は胸が大きくなっているだけで、それ以外はすらっとした体をキープしている。


 それでも、太るという言葉を聞いてしまうとどうしても不安になってしまうのは仕方のないことだろう。


 ヒルダが午前に体を動かして来たことを見越してケーキまで出したのだから、ジャックに野暮なことは言わせたくないのがライトの正直な気持ちである。


「ジャック、何か言った?」


「何も言ってないっす。ね、ライト君?」


「ジャックは何も言ってないよ。ヒルダ、満足してくれた?」


「うん! とっても美味しかった!」


 ヒルダがジャックが何を言いかけたのか訊いたが、ライトの行動からどのように対応すれば良いのか瞬時に察したジャックは空気が読める。


 最後は少し慌てる展開になったが、試食会兼昼食は終わって賢者シリーズにラーメンが加わることになった。

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