第217話 ライト、私がリードしてあげるからね

 選挙期間が終わり、新しい教皇が発表された。


 教皇になったのはパーシーである。


 というのも、ブライアンが選挙期間中に表向きには健康上の理由で教皇選挙を辞退したからだ。


 こうなったのにはちゃんとした訳がある。


 ブライアンはクシャナから情報を買い、呪信旅団の討伐によって大陸北部の貴族の票を集めようとした。


 ところが、セシリーがライトに助けを求めたことにより、派遣したアルバスはライトの仲間という扱いをされてしまった。


 それに加え、トーレスノブルスの外で機会を狙っていた呪信旅団の構成員を調教、もとい、操っていたのがクシャナだという事実をこっそりアルバスに同行していたことも含めてジェシカがブライアンに突き付けた。


 クシャナがいつの間にか姿を見せなくなったことが、ジェシカの指摘した事実を裏付けているかのようだった。


 呪信旅団のクシャナとグルだったいうレッテルを貼られてしまえば、ドゥネイル公爵家の信用は地に落ちる。


 ブライアンがクシャナから情報を買っていた事実をライト達が知っていると言うことから、ブライアンはそれを脅されるよりも自分が教皇選挙を辞退した方が傷は浅いと考えて辞退した。


 なお、ブライアンの妻であり、ジェシカとアルバスの母であるモニカがその事実を知って激怒し、ブライアンは3時間の説教コースが確定した。


 モニカは生まれながらにして体が強くない。


 しかし、性格は真面目で曲がったことが許せないため、今回のブライアンの失態を人生の汚点と思って反省しろと自分の体調が悪くなるのもお構いなしに説教した。


 その説教により、ブライアンは教皇選挙の辞退どころかドゥネイル公爵の地位すらジェシカに譲ることとなった。


 モニカが公爵になるには体調が不安であり、アルバスはジェシカに比べれば未熟なのだから、公爵を継げるのはジェシカだけである。


 ライトはその一連の流れについて、モニカの治療のためにダーインクラブに治療を頼みに来たジェシカから直接聞いた。


 率直な感想として、健康上の理由で辞退するという言い回しは前世のニュースでしか聞いたことがなかったので、本当にあったのかという言葉に尽きた。


 ライトが治療が終えると、元々の虚弱体質もある程度改善したモニカから深い感謝とブライアンの不適切な行為について謝罪を受けた。


 きっちりしておきたいモニカの性分を考慮し、ライトはその感謝と謝罪を受け入れた。


 ブライアンの公爵としてあるまじき行為は、既に処分が済んでいるのでこれ以上ライトから言うことはないからである。


 それはさておき、ジェシカが公爵の地位を引き継いだことはライトにとって他人事ではなかった。


 パーシーが教皇になるということは、ダーイン公爵の地位をライトが継ぐことに他ならないからだ。


 ライトが公爵になるにあたって、ダーイン公爵家はかなり慌ただしくなった。


 パーシーとエリザベスがセイントジョーカーに居を移したからだ。


 その補佐として、長年ダーイン公爵家に仕えていたセバスも同行させている。


 同行者はセバスだけに留まらず、イルミもパーシー達に連れ出されることになった。


 理由は2つある。


 1つ目は、セイントジョーカーの方が呪武器カースウエポンが手に入りやすいことだ。


 イルミのヴェータライトは壊れてしまったため、今の右腕は聖鉄製のガントレットを代用している。


 ナグルファルに並ぶ呪武器カースウエポンを望むならば、ダーインクラブにいるよりもセイントジョーカーにいた方が良いというのは妥当な判断である。


 2つ目は、パーシーとエリザベスが気を遣ってイルミを連れ出した大きな要因だが、ライトがヒルダと結婚するからだ。


 ヘルハイル教皇国では成人は15歳であり、結婚も15歳からと決まっている。


 つまり、原則があれば例外もある。


 その例外とは、未成年の爵位継承者が爵位を継ぐと成人扱いされるという慣習だ。


 貴族として領地を任される者が子供と見做されるようでは、貴族のメンツとしてはいただけないという考えが発端である。


 それにより、ライトはヒルダと結婚できることになった。


 ライトとヒルダの新婚気分を邪魔させないために、エリザベスが2人に気を利かせてイルミを連れ出したというのが正直なところだと言えよう。


 ちなみに、今日はライトとヒルダの結婚式当日だったりする。


「旦那様、奥様の衣装の用意ができました。もう入っていただいても構いません」


「わかった」


 アンジェラに声をかけられ、ライトはヒルダの部屋へと入った。


 部屋に入った瞬間、ライトは花嫁衣装に着替えたヒルダのあまりの美しさに言葉を失った。


「ライト、どうかな?」


「・・・とても綺麗だよ。ヘル様にも負けないぐらいだ」


 気を引き締めていなければ、そのままずっと眺め続けてしまいそうだったため、ライトは頭を横に振るって気をしっかりさせてから正直な感想を口にした。


「エヘヘ。そっか。嬉しいな」


「おめでとうございます、奥様。これであと3年待たずに済みましたね」


「ありがとう、アンジェラ。この衣装はとっても素敵ね。良い仕事をしてくれて感謝するわ」


「旦那様の結婚式ですから、完璧に仕上げるのは当然です」


 (あくまで僕が軸なのね。アンジェラはブレないな)


 そう思ったのはライトだけではないらしく、ヒルダと目が合って2人共苦笑した。


 そこに、今日の結婚式を運営する教会の係員がやって来た。


「公爵様、奥様、そろそろお時間でございます」


「わかりました。今行きます」


 ライト達の結婚式は、ダーインクラブの領民にとって絶対に外せないイベントだ。


 それゆえ、今回の結婚式だけはヘルハイル教皇国の一般的なものとは異なった形式で行われる。


 まず、教会で行わずにライトの屋敷の庭で行うことが大きな違いだと言えよう。


 教会で行おうとすれば、ライト達の結婚式を少しでも見たいという領民達が争いかねない。


 教会支部内でやれば、入れる者に限りがあるからである。


 ライトの屋敷の庭であれば、教会支部よりも人が集まれるだけでなく、屋敷の敷地外からでも内部の様子がわかる。


 せめて式の様子だけでも知りたいという領民達のために、今日の結婚式は拡声器マイクが導入されている。


 次に、結婚式に招待した者は身分を度外視していることだろう。


 公爵家の結婚式ともなれば、貴族のみ招待するのが通例となっていたが、ライトとヒルダは家族や関係のある貴族以外に、平民でも親しくしている人達を招いた。


「それでは、新郎新婦の入場です」


 教会ダーインクラブ支部から、支部長が今日の神父役を任されて自分の役に徹している。


 拡声器マイクによって敷地外まで届くアナウンスの後、屋敷の玄関からライトとヒルダが腕を組んで姿を現した。


 新婦の入場についても、今回はヒルダの強い希望によって新郎新婦の入場に変えられている。


 庭に用意された祭壇の前に、ライトとヒルダが仲睦まじく進んでいく。


 2人が支部長の前に辿り着くと、支部長は今日という日を迎えられたことに感謝の言葉を述べた。


 そして、ライトとヒルダが夫婦の誓いを立てる。


「本日、僕達2人は皆様の前で結婚式を挙げられることを感謝し、ここに夫婦の誓いをいたします」


「お互いの両親を大切にします」


「いつも感謝の気持ちを忘れません」


「笑顔の絶えない明るい家庭を築き、子供が生まれれば笑顔溢れる家庭にします」


「どんな時にもお互いを信じ支え合い、死が2人を分かつまで永遠に寄り添います」


「喧嘩をしても必ず仲直りします」


「これらの誓いを心に刻み、これらは夫婦として力を合わせて新しい家庭を築いていくことをここに誓います。ライト=ダーイン」


「ヒルダ=ダーイン」


「それでは、最後にお互いの指輪の交換をもって誓いの証として下さい」


 ライトとヒルダが誓いを立て終えると、お互いの指輪の交換をして左手の薬指に嵌め合った。


 ヒルダはライトに結婚指輪を嵌めてもらえたことが嬉しくなり、昂った気持ちを行動に表した。


 そう、ヒルダがライトの唇を奪ったのである。


「「「「「キャァァァァァッ!」」」」」


「情熱的だね~」


「いともたやすく行われる独り身への当てつけですね・・・」


 若い女性の参加者達は、ヒルダからライトの唇を奪ったことに黄色い声を上げた。


 ロゼッタは他の女性陣と違ってマイペースであり、ジェシカはこの光景に血の涙を流しそうになった。


 結婚式が終わってパーティーが始まると、ライトとヒルダは家族や親しい貴族や友人から盛大に祝われた。


 今日は2月22日だったこともあり、ライトとヒルダの結婚記念日は”二人2夫婦22の日”と呼ばれるようになるのだが、それはまた別の日である。


 その日の夜はヒルダにとって何よりも大切な時間だった。


 そう、ライトとヒルダの初夜だからである。


 ヒルダは黒いスケスケのネグリジェをプレゼントしてくれた友人達から、今日この時のために必要な知識を蓄えていた。


「ライト、私がリードしてあげるからね」


「えっ?」


 次の日の朝、初めてだったはずなのに、ライトがげっそりしていてヒルダがとてもツヤツヤした表情だったのは言うまでもない。

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