第216話 これでダーイン公爵家のエンゲル係数が下がる

 光のドームをライトが消してすぐ、遠くから砂埃が舞い上がるのが見えた。


「若様、何か来ます」


蜥蜴車リザードカーじゃないね。もしそうだとしたら、あんなに砂埃が起こるはずない」


 アンジェラが指差す方向を見て、ライトは自分達に向かって来る何かが蜥蜴車リザードカーでないと断定した。


「ライト、ちょっと見て来るから治療お願い」


「イルミ姉ちゃんよろしく」


 地上から見て何が接近して来るのかわからないなら、上空から見下ろせば良いじゃないのと考えたイルミが、スカイウォーカーで上空へと駆け上った。


「うわっ、何あれ!? アンデッドが車っぽいの牽いてる!?」


「【【【【【防御壁プロテクション】】】】】」


 上空からイルミの声が聞こえると、ライトは光の壁を足場にしてイルミと同じ高さまで移動した。


 イルミに説明させるよりも、自分で直接確認した方が良いと判断したからである。


「ライト、治して」


「はいはい。【疲労回復リフレッシュ】」


 イルミは光の壁に着地すると、ライトに筋肉痛を治すように頼んだ。


 イルミの治療をさっさと終わらせると、ライトはイルミが目撃した正体不明の何かを自分の目で見た。


 そこには、屋根のない荷車をアンデッドに牽かせる謎の集団の姿があった。


 荷車を牽くのはスカルホースであり、荷車には黒ずくめの人物がスカルホースの手綱を握っている。


 パッと<鑑定>を済ませると、どのスカルホースにも使役者らしき名前が備考欄に記されていた。


 だが、そんなことよりもライトの視界にその集団の先頭に見覚えのある仮面が映った。


「「「・・・「「ヒャッハー!」」・・・」」」


 (うん、偽者だね)


 突然、世紀末に出て来るような悪党が口にしそうなセリフを吐いたのを見て、見覚えがあっても間違いなく偽者であるとライトは判断した。


 しかし、決めつけといて本人だったら困るので、念のため先頭の人物に対して<鑑定>を発動した。



-----------------------------------------

名前:ラーク=ゴーント 種族:人間

年齢:43 性別:男 Lv:44

-----------------------------------------

HP:1,050/1,050

MP:1,650/1,650

STR:850

VIT:950

DEX:800

AGI:750

INT:750

LUK:1,200

-----------------------------------------

称号:元ゴーント伯爵

   生死不問デッドオアアライブ

   呪信旅団構成員

   咎人

二つ名:なし

職業:僧兵モンク

スキル:<祝詞詠唱><短剣術><痛覚耐性>

装備:ノーブルキラー

   ブラックローブ

   顔無仮面ノーフェイスマスク=レプリカ

備考:不能・調教済(クシャナ)

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 (ボンレスハムパパかよ!?)


 <鑑定>の結果を見て、まずツッコむべきは仮面の人物の正体だった。


 ライトがバスタ山で遭遇したノーフェイスと同じ仮面のように見えたから、まさかノーフェイス本人ではないだろうと<鑑定>を使ってみたというのに、結果がこれではツッコまずにはいられないだろう。


 そもそも、ノーフェイスに<鑑定>は通じない。


 <隠蔽>を使えるノーフェイスに<鑑定>が通じる時点で、それはもう偽者である。


 とはいえ、元々偽者だと思っていたとしても、その成りすましている者が地味に因縁のある相手であることはライトにとって予想外だった。


 いや、予想外なことはまだいくつもある。


 まず、ヘレンがラークを腐れデブと呼んだことから、ライトはラークをデブだと思っていた。


 しかし、ライトの視界に映るラークはダイエットに成功しているナイスミドルの肉体を持っており、とてもではないが腐れデブと表現できる見た目ではなかった。


 次に、ラークが呪信旅団に寝返っていたことも予想外である。


 バスタ山にラークが強制労働の刑を受けているという記録はなく、別の場所にいるはずだった。


 そこも呪信旅団に襲撃されていたようで、ラークは人類の敵に寝返って罪のない者を殺した。


 その証拠に、ラークの称号欄には呪信旅団構成員と咎人の文字があった。


 そして、ラークが所持しているノーブルキラーという呪武器カースウエポンも予想外と言えよう。


 ノーブルキラーとは短剣の呪武器カースウエポンで、その効果が刺すか切った相手を不能または不妊にするという貴族にとって特に恐ろしいものである。


 凶悪な効果の代償に、使用者は強制的に不能ないし不妊になる。


 このデメリットは、ノーブルキラーの使用を止めて譲渡しても残る。


 ノーブルキラーなんて恐ろしい呪武器カースウエポンが存在することは、ライトにとって予想外だった訳だ。


 最後に、備考欄にある調教済の文字である。


 クシャナに何かされた結果、調教済の文字が備考欄に記されたことまでは推測できるが、それが何によってそうなったのかまではわからない。


 ライトにとってラークは予想外の塊だったが、今は予想外だったで済ませられる状況ではない。


 とりあえず、驚くよりもわかったことを全体に共有することを優先した。


「前方から呪信旅団! スカルホースに牽かせた荷車で移動してる! この集団を率いてるのはラーク=ゴーント! ラークの持つ短剣に刺されたら子供ができなくなるから気を付けて!」


 ライトから情報が共有されると、ヒルダが真っ先に行動に移った。


「そんなの認められない! 【水弾乱射ウォーターガトリング】」


「ひぎゃぁ!」


「あべし!」


「たわば!」


「ひでぶ!」


 砂埃が立つ前方に向かって、ヒルダが横に薙ぐようにして【水弾乱射ウォーターガトリング】を発射すると、突然の攻撃に対応できなかった呪信旅団の構成員達がまともに喰らって地面に落とされた。


 ヒルダはお怒りである。


 ライトと結婚して子沢山な家庭を築くことを夢見る彼女にとって、ノーブルキラーなんて呪武器カースウエポンはこの世にあってはならない武器だ。


 それゆえ、ライトと自分に近づけさせないように、遠距離攻撃の射程圏内に入った瞬間から攻撃を仕掛けた。


 ヒルダが怒るのと同様にアンジェラも当然怒った。


「若様を不能にはさせません!」


「ぐへっ!」


「ぴぎゃ!」


「がはっ!」


「ぬぁっ!」


 グングニルを連続して投げることで、ヒルダに続いて接近する呪信旅団を撃墜していく。


 その一方、アルバスも危機感を覚えていた。


 イルミに異性として意識してもらえていない現状で、万が一不能になれば絶望しか残っていない。


 そうなれば、アルバスも本気で倒しに行くのは当然だろう。


「こっち来んな! 【聖断ホーリーサイズ】」


 アルバスはスカー戦よりもMPを込め、聖気を纏わせた巨大な斬撃を放った。


 その斬撃で更に数が減ると、ジェシカも負けじと攻撃する。


「【輝蜂巣シャイニングネスト】」


 手に入れたばかりのクルーエルエンジェルを使い、聖気を込めた刺突を連発して飛ばす。


 そんな4人の攻撃を眺めていたイルミも、自分の攻撃の射程圏内に生き残りが入って来たので攻撃に参加した。


「【輝拳乱射シャイニングガトリング】」


 パキンッ。


「やっちゃったぁぁぁぁぁっ!」


 イルミの攻撃が空から生き残りの頭上に命中するのと同時に、イルミの右腕から割れる音がした。


 イルミは右腕を覆う感触が変わったことで叫んだ。


 イルミのヴェータライトが壊れたのである。


 (これでダーイン公爵家のエンゲル係数が下がる)


 ヴェータライトが壊れたのを見て、ライトが最初に抱いた感想がこれだった。


 ヴェータライトの耐久性を考慮せずにガンガン使い続けたイルミを責めるでもなく、戦力が落ちたことをなげくでもなく食費が抑えられることに注目するあたり、ライトの中ではそれだけイルミの食べる量が洒落にならなかったのだろう。


 そうだとしても、今は戦闘中だ。


 だから、ライトは<道具箱アイテムボックス>からガンバンテインを取り出し、無詠唱の【岩弾ロックバレット】を連射して敵集団の掃討に加わった。


「げぷらっ!」


 連射した内の一発が、ラークの顔面に命中して荷台からラークが落ちた。


 その時には既に、ライト達の前に立っている敵の姿はなかった。


 戦闘が終わったため、ライトはヴェータライトを壊してショックを受けるイルミを連れて地上に降りた。


 それから、真っ先にカースブレイカーを使ってノーブルキラーを破壊した。


 【聖付与ホーリーエンチャント】でも良いのではと思ったライトだが、落ち込むイルミを除く全員から強く壊すように希望が出たためそうしたのである。


 戦利品を回収し、まだ息のある呪信旅団の構成員は捕縛してトーレスノブルスに戻った頃には夜遅くになっていたので、ライト達は寄り道せずにトーレス子爵の屋敷に向かった。


 イルミは失う物もあったが、ライト達は致命的な傷を負うことなくセシリーに出迎えられた。


 この日はそのまま泊めてもらい、翌日になってお土産兼報酬を貰ったライト達はジェシカとアルバスと別れてダーインクラブへと帰った。

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