第218話 これは捨て駒になった犯罪者共の分!

 ライトとヒルダが結婚式を挙げているのと同時刻、ヘルハイル教皇国某所の石室でクシャナは目覚めた。


「うっ、ここは? 体が動かない?」


「気が付いたようだね、ナーガ」


「ノーフェイス様!?」


 クシャナの正面には、デスクにゲンドウポーズを取るノーフェイスの姿があった。


 ノーフェイスに見られているクシャナは、石室の壁に十字の形で磔にされていた。


「いやぁ、よくもやってくれたね。偽者旅団作戦、悪くないと思ったのに見事に失敗じゃないか」


「お待ち下さい! あれは小聖者マーリンの予想外の介入があったからです!」


「そうとも。我が旅団を悩ませるのはいつだって小聖者マーリンだ。その小聖者マーリンを甘く見た計画を立てたのは誰だい? お前だよ」


「それは・・・」


 ノーフェイスの言い分に対し、クシャナは即座に言い返すことができなかった。


 クシャナは元々、呪信旅団ではない。


 あくまでフリーの傭兵であり、呪武器カースウエポンを持つ教会に属さないクシャナはノーフェイスの破格の報酬に尻尾を振ったに過ぎない。


 更に言えば、クシャナは呪信旅団の呪武器カースウエポン至上主義に共感している訳ではなく、適当に稼がせてもらったらその情報を教会に売りつける気だった。


 あっちに付いたりこっちに付いたりコロコロ立場を変えることで、懐に入る金を増やそうとしていたのだ。


 まずは呪信旅団に潜り込み、教会に恨まれない程度に適当に仕事をしたら、手に入れた情報を持って教会に売りつけて二重スパイのようなことをする。


 これがクシャナの真の計画だった。


 ライトが偽者旅団作戦に関わって来たことは、クシャナにとって想定外なのだ。


 偽者旅団の動きを見張るために、トーレスノブルスに入ったクシャナにとって、ライトとその仲間がトーレスノブルスに入って来たのは作戦の破綻を意味していた。


 その時には既に、ドゥネイルスペードからも呪信旅団からも逃げ出してやると決めて行動に移した。


 しかし、気づけばこうして囚われており、目の前にノーフェイスがいる。


 はっきり言って絶体絶命である。


 ノーフェイスはクシャナが何も言い返せないのを良いことに、言いたいことを言う。


「まあ、元々から、お荷物の元犯罪者共を処分できただけ良しとするけど、どうにも赦せないことがある」


「期待してないですって?」


「当然じゃん。余所者に期待するなんて馬鹿がやることだよ。お前には期待してるなんて一言も言ってない。言ったのは、だよ」


「あぁ・・・」


 クシャナは偽者旅団作戦を立てた時、確かにノーフェイスが期待してるではなく、失望させないでくれと言ったことを思い出した。


「まあ、そんなことはどうだって良いんだ。それよりも赦せないのは、お前がノーブルキラーと一緒に預けたブッチャーをちょろまかしたことだ。あれをどこへやった?」


「誤解です! 偽者旅団に装備させました! 小聖者マーリン達が持ってるはずです!」


「いいや、嘘だね。監視役からの報告だと、聖水デブ達の誰もブッチャーは持っていなかったと聞いてるよ。ノーブルキラーが小聖者マーリンに壊されたのは知ってるが、ブッチャーはあの場になかった。もう一度聞く。どこへやった?」


 ブッチャーとは、ノーフェイスが1ヶ月前に殺した元幹部の2人の片割れが使っていた大剣の呪武器カースウエポンだ。


 ブッチャーはエクスキューショナーの効果を強化し、デメリットを悪化させた武器であり、一度抜けば生物とアンデッドを問わず斬り殺すまで殺人衝動が収まらなくなる。


 その代わり、STRを元の数値の1.5倍になるだけでなく、装備中は<解体>を装備者が使えるようになる。


 ブッチャーの特性から、偽者旅団がブッチャーを使えば監視役に気づかれないはずがない。


 それにもかかわらず、監視役がブッチャーの姿を目撃しなかったということは、クシャナがブッチャーをどこかに隠したことに他ならない。


「私は知りません! 信じて下さい!」


「信じないよ」


 それだけ言うとノーフェイスは立ち上がり、クシャナにとって馴染みのある鞭を手に持ってクシャナに近づいた。


「私のクイーンズハンド!?」


「そう、お前のクイーンズハンドだ。ノーブルキラーとブッチャーの損失は、これを対価とする。まずはノーブルキラーの分」


 ビシッ!


 ノーフェイスにクイーンズハンドで打たれたクシャナは、目の焦点が合わなくなった。


 当然ながら、クイーンズハンドも呪武器カースウエポンである。


 その効果は、この鞭で打てば打つ程使用者に従順に調教できるというものだ。


 便利な効果の代償として、調教した者が正気を取り戻すか鞭の所有権が他人に移ると、鞭に対して極度の耐性を身に着け、自分に鞭を打った者を殺すまで追い回す殺人マシーンになる。


 鞭を打って強制的に操られれば、正気になった時にその仕返しをしたくなるのは当然だろう。


 今回の場合、クシャナが調教した偽者旅団はライト達によって倒されたが、それ以外にクシャナが調教した者達は健在である。


 そもそも、クシャナがフリーの傭兵でやっていくには常に新鮮な情報が必要となる。


 その情報を集めるため、クシャナはちょくちょくクイーンズハンドを使って各地に情報源となる者を配置していた。


 クシャナは女なので、路地裏等の人目に付かない場所に男を連れ込み、娼婦と勘違いさせてクイーンズハンドで情報源を作るのがいつもの手口だったりする。


 そして、今の彼等はクイーンズハンドがノーフェイスに移ったことで、その効果が切れている。


 ということは、ノーフェイスがこのままクシャナを放置していても、彼らがクシャナを探し出して殺しに行く訳だ。


 だが、ノーフェイスはそれを良しとしなかった。


 何故なら、自分が率いる呪信旅団の保有する呪武器カースウエポンに手を出した物に対し、そのような罰では生温いからである。


「ブッチャーの分」


 再び、ビシッと言う音が石室内に鳴り響く。


 クシャナの頬に赤い蚯蚓腫れが見え、クシャナの目が逝った。


「これは捨て駒になった犯罪者共の分!」


 それは別にいらないのではとツッコむ者は、この場には誰もいなかった。


 ノーフェイスは無抵抗のクシャナを鞭打ちするというより、新しい呪武器カースウエポンが使えることが楽しくなっているらしい。


 3回目の鞭打ちにより、クシャナは気を失ってしまった。


「なんだ、もう落ちたのか。つまんないなぁ」


 正直なところ、2回目の時点でクシャナはもう備考欄に調教済という表示が出ていたのだが、それを指摘する者もこの場にはいない。


 クシャナが目を覚ますまで退屈という理由から、ノーフェイスは力の限りクシャナをクイーンズハンドでクシャナの太腿を打った。


 気絶した者に対して追撃するなんて外道に違いないが、呪信旅団に損失を与えたクシャナに対してノーフェイスが優しさを見せることはないようだ。


 鞭打ちの威力が凄まじかったようで、クシャナは1回で目を覚ました。


「あっ、起きた? 自分が誰か言ってみ? 勿論本名だ」


「クシャナ=エイクシュニル」


「何歳?」


「35歳」


「婆だね」


 ヘルハイル教皇国の35歳以上の女性に対して喧嘩を売るコメントだが、誰もツッコむ者はいない。


 とりあえず、調教が完了していることを確認できたので、ノーフェイスはクシャナの尋問を始めた。


「ブッチャーはどこにある?」


「ドゥネイルスペードのしもべに預けてあります」


「やっぱりちょろまかしてるじゃないか。で、そいつの名前は?」


「わかりません」


「は? なんで?」


しもべの名前などいちいち覚えておりません」


「うわぁ、この婆使えないなぁ」


 クシャナもクシャナだが、ノーフェイスもノーフェイスだ。


 どっちも褒められた人格ではないことは間違いない。


「んじゃ、お前が貯め込んだ全財産の在り処は?」


「持ち運べる物以外、各地のしもべに分散して持たせております」


「何それめんどい」


 せめてクシャナの全財産を接収してやろうと考えたノーフェイスだったが、クシャナが1ヶ所に財産を集めて奪われた時のことを考えていたと知り、うんざりした声を出した。


「こうなったらもう、しもべホイホイでもするかなぁ」


 ノーフェイスが考えているのは、適当な場所にクシャナを縛り付けて放置し、そこに復讐者と化したしもべ達が集まったところを一網打尽にすることだ。


 クシャナに屈辱的な死をプレゼントできるうえに、運が良ければしもべ達がクシャナの財産を持って来てくれる。


「うん、そうしよう」


 悪くない考えだと判断し、ノーフェイスはクシャナを復讐者達の餌にすることを決定した。

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