第213話 どうしてここに米がないんだ!
ライト達はトーレス子爵家の屋敷に行くと思いきや、焼肉屋に入っていた。
この焼肉屋はトーレスノブルスでも有名な店であり、ライト達の
その瞬間、ライト達は焼肉屋に入ることになってしまった。
食欲魔人イルミが反応してしまったからに他ならない。
トーレス子爵家の屋敷にこのまま向かったとしても、お望みの牛肉にありつけるとは限らない。
それならば、有名な焼肉屋に入った方が確実に目当ての牛肉を食べられると瞬時に判断し、焼肉屋で夕食を取りたいと強く主張した。
ライトとしても、トーレス子爵家に訪問して早々にイルミが失礼かつ迷惑なことを言い出す可能性が減るので、イルミの希望を聞くことになった。
この焼肉屋だが、トーレス子爵も来るような店である。
それゆえ、常にVIP席として2テーブルが店内の奥に隔離されており、一般客はそこに座って食事ができないようになっている。
そのおかげで、ライト達は空腹のイルミを待たせることなく焼肉屋に入ることができた。
テーブルが2つに分かれているから内訳は4対3となる。
情報のすり合わせをするため、ライトとヒルダ、ジェシカ、アンジェラは4人でテーブルに着き、イルミとアルバス、セシリーの3人は純粋に食事を楽しむテーブルに着いた。
イルミ達のテーブルはそれぞれの食欲の赴くままに肉を頼んで焼くが、ライト達のテーブルはアンジェラが焼くのを担当してそれ以外の3人で情報のすり合わせを行う。
「ジェシカさんが変装してたのはブライアン様の目を誤魔化すためだとして、アルバスがトーレスノブルスに来たのは呪信旅団の目撃情報があったからですか?」
「ええ、その通りです。呪信旅団がもうすぐトーレス子爵を襲うという情報をお父様がクシャナから買いました」
「・・・カモられてますね、ブライアンさん」
「まったくです。ここ最近のお父様は良いとこなしです。これなら早急に隠居して私に公爵を継がせてもらいたいぐらいですね」
なかなか辛辣な物言いのジェシカに対し、ライトは肯定も否定もしなかった。
仮にこの場で肯定しようものなら、
逆に否定すれば、自分に公爵を継がせないということは自分を娶ってくれるのではと都合の良い解釈をされかねない。
瞬時に両方の可能性を考えられるのだから、ライトの頭の回転は速いと言えよう。
「しかし、呪信旅団がトーレス子爵を襲う手段はわかってるんですか? それがわからなければ、ジェシカさんとアルバスを派遣しても手柄を立てられない可能性もありますよね?」
「簡単です。
「呪信旅団がネームドアンデッドをトーレスノブルスに嗾けるってことですね? 並の
「その可能性が高いと私は思ってます。残念なことに、どんなネームドアンデッドがトーレスノブルスに来るかはわかってません。クシャナがそこまではお父様に情報を売らなかったんです」
「なんでもかんでも知ってると、どうしてそこまで知ってるのか勘ぐられますからね。納得できる話です」
ライト達だって、アンジェラがクシャナの手口を知らなければ、胡散臭い守銭奴程度にしか思わなかっただろう。
ところが、今回はアンジェラが味方にいたことで、ライト達はクシャナが呪信旅団に所属しているか、雇われているかのどちらかだと判断できた。
この差は大きいと言える。
アンジェラならばクシャナのやり口を理解しているので、どんな手を使って来るか先読みすることができる。
そうなれば、被害を出さないか最小限にすることもできよう。
それに加え、ライトからしてみればトーレスノブルスでクシャナと呪信旅団のつながりが明らかになれば、クシャナから情報を買っていたブライアンを教皇選挙から脱落させられる。
セシリーがライト達に助けを求めて来たのは、パーシーが教皇になるにあたって都合の良いことだった。
「では、今度は私から質問する番です。どうしてこのタイミングでトーレスノブルスに来れたんですか?」
「偶然です。セシリーさんがタキシム等からトーレスノブルスを助けてほしいとダーインクラブに頼みに来たので、父様に行ってこいと送り出されました」
「パーシー様は決断力と優しさに溢れた方ですね。私のお父様とは同じ公爵とは思えないぐらい違います」
(ブライアン様ディスりが熱いですね、ジェシカさん)
口にはできない感想なので、ライトは心の中で相槌を打った。
ライトも一緒になってブライアンをディスる訳にはいかないので、話題を変えることにした。
「そういえば、ジェシカさんとアルバスはトーレスノブルスから出て来ましたけど、もうトーレス子爵とは会われたんですか?」
「いえ、まだ会ってません。私達がトーレスノブルス入りした時は、タキシムの包囲網が緩んでたんです。私達が入ってすぐに門番の方々が騒ぎ出したので見てみたら、ライト君達が外でタキシムと戦ってるのを見てUターンしました。もっとも、トーレスノブルスを出るのに手間取ったせいで、私達が出た時には戦闘は終わってましたが」
「まあ、あの時はイルミ姉ちゃんが僕よりもすごい所を見せてやるって気合が入ってましたから」
そんな話をしていると、注文した肉が焼き上がったようでアンジェラがそれぞれの皿に肉を分け終えていた。
「若様、いつでも食べられます。冷める前にお召し上がり下さい」
「ありがとう、アンジェラ。ジェシカさん、話は一旦止めて僕達も食べましょう」
「そうですね」
「アンジェラも一緒に食べるんだ。冷めたら勿体ない」
「ご配慮くださりありがとうございます」
「「「いただきます」」」
ライト達は焼き上げた肉をフォークで刺し、タレに絡めてから口の中に運んだ。
(どうしてここに米がないんだ!)
焼肉の美味しさに、前世の記憶がライトに白米を食べろと訴えかけたがこの場に米はない。
残念ながら、ヘルハイル教皇国においてライトは稲にも米にも出会えていないのだ。
アンジェラに米を探すように頼んでいたものの、その成果はまだ出ていない。
元日本人として、ジャポニカ米が恋しくなる焼肉を食べたライトは物足りなさを感じずにはいられなかった。
米のない寂しさを焼肉で紛らわせるライトが気になり、ヒルダはライトの顔を見た。
すると、ライトの顔の口元にタレが付いていることに気づいた。
「ライト、タレが付いてるわ」
「ありがとう」
自然な感じでヒルダがナプキンを使い、ライトの口元を拭いた。
それだけでライトとヒルダの甘い空間が展開された。
「ぐぬぬっ、久し振りに糖度が高いですね」
仲睦まじいライトとヒルダの姿を見ると、ジェシカはとても悔しそうにした。
その一方、アンジェラの視線はヒルダが持つナプキンにあった。
ライトの口元を拭いたナプキンを狙うハンターの目をしている。
そんなアンジェラに気づいたライトは、アンジェラが良からぬことをする前に釘を刺した。
「アンジェラ、ヒルダのナプキンに手を出したら3日間口を利かないからな」
「・・・放置プレイが好きな私でも、若様と3日口を利けないなんて堪えられません。我慢します」
「1日だったら我慢したのか」
「悩ましいところです。若様の口元を拭いたナプキンならば、天秤はこちらに傾いたかもしれません」
(やっぱりこいつ手遅れだわ)
真剣な表情で馬鹿なことを言うものだから、ライトのアンジェラを見る目が養豚場の豚を見るような目になった。
「もう、若様ってばどれだけ私を喜ばせてくれるんですか。その目は我々の業界ではご褒美ですよ?」
「黙って肉を食べろ変態」
「ありがとうございます」
何を言っても今のアンジェラにとってはご褒美になる。
そう判断したライトは、アンジェラから視線を外して自分の皿に乗った焼肉を食べた。
その後、焼肉を満足するまで食べると、ライトは隣のテーブルを見て驚愕した。
「いつの間にこれだけの量を・・・」
「イルミ恐るべし」
「愚弟もイルミに影響されて食べるようになりましたが、まさかここまでとは予想外です」
テーブルの上には食べ終えた皿がタワーのように積み上がっていた。
会計の金額に怯えていたライトだったが、店に入ったタイミングでアンジェラが食べ放題のメニューを見つけていたらしく、どれだけ食べても値段は1人5,000ニブラで済んだ。
しかし、人数分の値段だけでは申し訳なくなったので、食事代金にチップを上乗せしたのは罪滅ぼしだ。
アンジェラの機転により、ライトの予想外の出費はある程度抑えられた。
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