第214話 赤いのって普通のより3倍速いんだろ?
夕食後、ライト達はセシリーの案内でトーレス子爵の屋敷に移動した。
セシリーの頼みでここまで来たため、トーレス子爵家に泊まらせてもらえるように、セシリーからトーレス子爵に話を持ちかけてもらっている間、ライト達は応接室に通された。
どうやら、セシリーは義姉であるメイリンにしか相談せずにトーレスノブルスに来たらしい。
予定外のライト達の来訪を受け、トーレス子爵はきっと涙目だろう。
「セシリーってばもっと後先考えなきゃ駄目だよね」
「イルミ姉ちゃんに言われるとか相当だと思う」
「むぅ。ライト、お姉ちゃんだって色々考えてるんだよ?」
「具体的に何を?」
「母様にいい加減お見合いしなさいって言われたから、食べ物の美味しい所でお願いしたの。ほら、お姉ちゃんヴェータライトがあるから美味しい物たくさん食べないといけないもん」
「義務感じゃなくて、美味しい物を食べたいだけでしょ?」
「そうとも言う」
ライトがジト目を向ければ、イルミは悪びれもせずに開き直った。
(というか、イルミ姉ちゃんが結婚を考え始めたのは母様の仕業だったのか)
ライトはイルミが何もないのに結婚のことを考えるはずがないと思っていたが、考えるきっかけがエリザベスだと知って心底納得した。
その一方、アルバスは声を出さずに呻くような表情になっていた。
アルバスの住むドゥネイルスペードは、残念ながらトーレスノブルスのように名産品となる食べ物がない。
ドゥネイルスペードは
ダーインクラブは農林業に強いことから、食べ物の品質も全体的に高くてライトが料理すればイルミの胃袋が掴まれないはずがない。
イルミがトーレスノブルスの牛肉に惹かれたことも考慮すると、アルバスはドゥネイルスペードで名産品となる食べ物を見出すか、ライト並みの発想で料理が作れるようにならない限りイルミの興味に興味を持ってもらえないだろう。
アルバスはその事実を悟るとライトに視線を送った。
ライトが自分の視線に気づくと、アルバスはライトに口パクで助けを求めた。
(ん? 俺に美食を教えて? あぁ、イルミ姉ちゃんのためか)
アンジェラ仕込みの読唇術のおかげで、ライトはアルバスが言いたいことを理解した。
自分はできてもアルバスが読唇術を使える訳ではないので、ライトはアルバスにサムズアップして応じてみせた。
「流石はライト! 持つべきものは親友だ!」
「・・・愚弟、いきなり他人様の屋敷で何を叫んでるんですか? 恥ずかしいから止めなさい」
感激してうっかり声に出してしまったアルバスに対し、ジェシカの冷めた視線が向けられた。
アルバスがしまったという表情になり、その時には既にライトはスッと視線を逸らしていた。
アルバスがへまをやらかしたので、自分も道連れにされないようにというライトの自己防衛である。
そこにドアをノックする音が聞こえ、そのすぐ後に一見女性とも言えそうな見た目の華奢な男性がセシリーを連れて応接室に入って来た。
「お待たせして申し訳ございません。トーレスノブルスを治めておりますナット=トーレスです。娘がいつも大変お世話になっております」
入って来て早々、ナットが頭を下げるものだからライト達は目を丸くした。
公爵家の長男長女が来たというのに、応接室に来るまで時間がかかってしまったことでナットはライト達の心証を悪くしたのではないかと思っていたらしい。
恐縮するナットに対し、ライトが代表して口を開いた。
「顔を上げて下さい、トーレス子爵。こちらこそ、急な訪問となってしまい申し訳ありませんでした」
「いえいえ、セシリーの連絡不足が招いたことです。ライト様に謝っていただく必要はございません。今は皆様方にとって大事な時期だというのに、セシリーが無茶なことを頼んでしまって申し訳ございませんでした」
教皇選挙期間中だというのに、ダーイン公爵家からはライト達が、ドゥネイル公爵家からはジェシカとアルバスが来ているのだから、ナットはひたすら恐縮している。
「父さん、プロデューサーを困らせちゃ駄目だってば」
「私が誰のせいで困ってるかわかってますか?」
セシリーのナチュラルに空気の読めない発言を受け、ナットは額に青筋を浮かべそうになった。
だが、ライト達の前で恥ずかしい真似はできないのでどうにか気合で気を静めた。
「父さん、プロデューサー達に泊まってもらっても良いよね?」
「勿論です。セシリーの無茶な頼みできていただいたのですから、皆様にはこの屋敷にお泊り頂ければと思います」
セシリーが粘らずとも、ナットはライト達の宿泊してほしい申し出た。
ライトには結界を張ってもらったこともあるのだから、セシリーの無茶振りに加えて泊められないなんて口が裂けても言えないだろう。
その時、応接室のドアが再びノックされた。
ドアを開けて入って来たのは執事であり、少なくとも良い知らせを持って来てはいないことが明らかな表情だった。
「旦那様、来客中に申し訳ございません。南門の見張りからスカーが現れたと伝令がやって参りました」
「・・・また来ましたか」
ライトやヒルダ、ジェシカはその名前に聞き覚えがあった。
何故なら、護国会議でヘレンが用意したリストに載っていたからである。
「トーレス子爵、トーレスノブルス近辺に現れたネームドアンデッドですね?」
「ご存じでしたか。恥ずかしながら、私共とスカーでは相性が悪く、まともなダメージを与えようにも攻撃が避けられてしまうのです。スカーがトーレスノブルスの周辺をうろついてるせいで、他の貴族領との交易も滞っております」
すっかり参った表情のナットは、自分の領地近辺に現れたネームドアンデッドを倒せないことを不甲斐なく思っているようで、なんとも悔しそうな顔をしていた。
「では、セシリーさんに依頼された通り、僕達で倒しに行きましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ、構いません」
「しかし、今の私共には皆様に満足いただけるお礼ができるかどうか・・・」
「それならば、トーレスノブルスの牛肉をお土産に下さい」
「ライト、それ賛成! お姉ちゃん燃えて来た!」
ライトが牛肉を報酬にしてくれと言うと、イルミがむしろこれでなくては嫌だと言わんばかりに頷いた。
その様子を見て、ナットはライトに気を遣わせてしまったと察するが、背に腹は代えられないので頭を下げた。
「わかりました。家の者に言って、今手に入る最高級の牛肉を用意させていただきます」
「ありがとうございます。では、早速出かけることにします。せめてスカーの姿ぐらいは確認したいですから」
「よろしくお願いします」
話がまとまり、ライト達はトーレス子爵家の屋敷から
セシリーは今回同行しないので、ダーイン公爵家の
ライト達が南門に到着し、そのままトーレスノブルスの外に出ると、距離の離れた所に赤い色の化け物の姿があった。
普通に存在する動物のゾンビや骸骨ならば、化け物とは呼ばないだろう。
しかし、上半身が人型の骨格で、下半身が百足のような見た目のであれば化け物と呼んでも過言ではない。
そのおぞましい外見のアンデッドについて、アルバスは自分の認識が正しいのか確かめるためにライトに訊ねた。
「ライト、あれってスカルニャルラピードだよな?」
「赤いから亜種だね。普通は白いから」
「赤いのって普通のより3倍速いんだろ?」
「それは迷信だよ。あっ、逃げた」
「逃げ足速いなぁ」
「アンジェラ、追って」
「かしこまりました」
ダーイン公爵家の
動く結界と化した
スカーに逃げられると後が面倒なので、ライトはアンジェラに命じてスカーを追う。
最初は逃げていたスカーだったが、トーレスノブルスから十分に離れると身を翻した。
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