第202話 ここから先は虐殺の時間だ

 時は少し遡り、ピコハマーが盗まれたことで教会が閉鎖されてすぐのことだ。


 オークションで開式時の挨拶を済ませた後、ローランドは教皇室に戻って仕事をしていたのだが、そこに入室を求めるノックの音が聞こえた。


「教皇様、アーマ・ヴェサリウスです。早急にお伝えしたいことがございます。入ってよろしいでしょうか?」


「入ってくれ」


「失礼します」


 許可が下りてすぐに、アーマは教皇室へと入った。


 教会学校が休校になっている今、アーマは教師シスター・アーマではなく教会所属の守護者ガーディアンとして活動中だ。


「アーマ、何があった?」


「セイントジョーカーがアンデッドの大群に包囲されております」


「なんだと? 月食でもねえのにか?」


「はい。見張りによりますと、呪信旅団の死霊魔術師ネクロマンサーらしき人影を複数視認したそうです」


「まさか、オークションで国内の貴族が集まったところを狙ったのか?」


「その可能性は大いにあり得るかと存じます」


「セイントジョーカーに領主かその代理を閉じ込め、その隙に領地を攻撃するつもりか? いや、ライトの結界があるからそりゃ無理なはずだ。何が狙いだ?」


 こういう時、ローランドが頼りにするヘレンはこの部屋におらず、地下でオークションの運営を行っている。


 そこに、教皇室のドアをノックする音が聞こえる。


「誰だ?」


「メア=アリトンです。オークションの件で報告があって参りました」


「入ってくれ」


「はい」


 オークションが終わってもおかしくない時間にもかかわらず、ヘレンが戻って来ない。


 そこにヘレン以外の者が報告に来たとなれば、オークションでも何かあった可能性は高い。


 ローランドは情報がほしくてメアを部屋に招き入れた。


「アリトン、オークションで何かあったか?」


「はい。出品されたピコハマーが盗まれました。講堂の舞台裏から運んでいた係員が襲われ、ピコハマーが奪われたんです。現在、予言者プロフェットが教会を閉鎖するように指示が出ております。伝令役が足りないこともあり、教皇様への報告を私が担うことになりました」


「タイミングが悪いな」


「何かあったのですか?」


「セイントジョーカーは今、アンデッドの大群に包囲されてるらしい。しかも、呪信旅団の死霊魔術師ネクロマンサーが一枚噛んでる可能性もあるそうだ」


「それは・・・」


 ローランドから説明を受け、メアもローランド同様眉間に皴を寄せることとなった。


「ん? 待てよ。地下にはライトがいるんだよな?」


「いるはずです。一番乗りしておりますし、閉鎖される前に外に出たとも聞いておりませんので」


「そうか・・・。よし、わかった。地下のことはヘレンとライトがなんとかしてくれると信じよう。こっちはこっちでアンデッドをどうにかする」


 頼りになるヘレンライトがいれば、きっとピコハマーの盗難はどうにかなると判断し、ローランドはセイントジョーカーを包囲するアンデッドの大群を対処することに決めた。


「アーマ、既に戦闘を始めてる場所があるかわかるか?」


「”筋肉武装”が遠征からの帰還中に包囲網に接敵しました。セイントジョーカー西門より離れた場所で交戦中のため、西門付近にいる守護者ガーディアンもその援護に出ております。西門以外は待機中です」


「西門はあいつらに任せよう。となると、そこに近い北門か南門経由で出た方が良いな。西への援軍を阻止したい」


「それでしたら、北門を優先した方が良いでしょう」


「どうしてだ?」


「パラノイアが北門から目撃されております」


「それを先に言え。だが、問題は奴が幽体ってことだ。俺と相性が悪い。アーマも攻撃が当たんねえよな?」


「当たりません。物理攻撃しかできませんので」


 ローランドとアーマのやり取りを聞き、ピンと来たものがあって話に割って入った。


「あの、それでしたら私、いえ、私達にお任せ下さい」


「どういうことだ?」


「私達クローバーの<聖歌>があれば、プロデューサーの【聖付与ホーリーエンチャント】に近いことができます。教皇様とアーマさんの武器が聖鉄製ならば、その効果は長く持つはずです」


「・・・なるほど。よし、わかった。俺とアーマ、クローバーで臨時パーティーを組む。アーマはクローバーの護衛。攻撃が当たるなら俺1人で戦える。アリトン、他のメンバーを集めて教会の前に集合だ」


「はい!」


 メアは返事をしてすぐに教皇室を出ると、クローバー全員を集めて教会の外に出た。


 その後、臨時パーティーが揃うとアーマが蜥蜴車リザードカーを操縦して北門へと向かった。


 北門に待機する守護者ガーディアン達は、ローランドがやって来たことで士気が高まった。


 その上、クローバーが<聖歌>で讃美歌を披露すると、ライトの【聖付与ホーリーエンチャント】程ではないが守護者ガーディアン達の体が軽くなった。


「野郎共、俺がパラノイアをやる! 雑魚モブは任せたぞ!」


「「「・・・「「おおっ!」」・・・」」」


 ローランドは守護者ガーディアン達に指示を出すと、蜥蜴車リザードカーに乗ってパラノイアがいる場所まで移動した。


 パラノイアとは、リベンジャーと呼ばれる人型の幽体系アンデッドだ。


 スモーカーやスレッド等の上位種であり、ダークグレーをベースに青白い目が怪しく光る。


 リベンジャーという種類のアンデッドは、一般的には同胞アンデッドを狩る人間への復讐心の塊として知られている。


 肉体を持つ復讐心の塊がタキシムならば、幽体の復讐心の塊はリベンジャーと言われるぐらいの認知度だ。


 一般的なリベンジャーならば、人間を見れば後先考えずに襲撃する。


 ところが、パラノイアだけは人間を見つければ襲うけれど、自分が追い詰められると逃げ出す習性がある。


 自分さえ倒されなければ、HPを自然回復させてから1人でも多くの人間を屠れるという思考回路なのかもしれない。


 本当のところはパラノイアにしかわからないが、どういう理由があっても人類にとってパラノイアは厄介なアンデッドであることは間違いない。


 護国会議よりも前から、何人もの守護者ガーディアンに目撃されており、毎回被害を与えてから引き際を弁えて退散するなんて嫌過ぎる。


 そんなパラノイアに接近すると、ローランドは聖鉄製の大剣を手に取って降車した。


 ティルフィングでは残念ながら幽体にダメージを与えられないので、クローバーの<聖歌>で聖気が注がれた大剣がパラノイア戦でのローランドの得物である。


「やるか」


 気合を入れたローランドに対し、パラノイアはその手に握られる大剣を見て警戒度合いを上げたらしい。


「脅威。優先して殺す」


「へぇ、逃げねえのか。そりゃ結構」


 ローランドと対峙したということは、現時点でパラノイアはHPに余裕があるとわかる。


 クローバーの<聖歌>のおかげで物理攻撃が通じるならば、ローランドが気を付けるべきなのはパラノイアを逃がさないことである。


 それを頭の片隅に留め、ローランドは攻撃を仕掛けた。


「【重斬撃巣ヘヴィースラッシュネスト】」


 ローランドが乱発した斬撃は、それぞれが当たれば無視できないダメージを受けることになる。


 今まで遭遇したどの守護者ガーディアンよりも強く速い攻撃のせいで、パラノイアは全てを避け切ることができずに斬撃の1つに当たってしまった。


「危険。殺す。泡吹いて死ね」


 パラノイアがフーッと紫色の息を吐き出すと、それが体に良いはずがないことは明らかなのでローランドは放置する訳にはいかなかった。


「【回転斬スピンスラッシュ】」


 ローランドが体を捻って回転による遠心力を加算した斬撃を放ったことで、紫色の吐息はローランドに届く前に消し飛んだ。


 もしもこの攻撃を避けてしまうと、射線上にアーマ達が乗った蜥蜴車リザードカーに被害が及ぶ。


 そんな事態にならないように、ローランドが手を打った訳である。


「厄介。”沈め!”」


「危なっ!?」


 ローランドが咄嗟に後ろに退くと、ローランドが踏み出すつもりだった地面が沈んだ。


 グラッジと同様に、パラノイアも<呪言カーススペル>を使えることが明らかになった。


「グラッジみてえに肉体がありゃ、喉を潰せば良いんだろうがなぁ」


「”崩れろ!”」


「チッ」


 再び避けると、ローランドがほんの数秒前までいた場所の地面に罅が入って崩れた。


 回避に専念していては、パラノイアに<呪言カーススペル>を使わせ放題になってしまう。


 それゆえ、パラノイアの喉を潰せればという思いから、ローランドは試しに攻撃した。


「【巨体貫ペネトレイト】」


 この世に出現してから今までの間、パラノイアは物理的に攻撃されたことがなかった。


 しかも、ただの攻撃ではなく聖鉄製かつ聖気が込められた大剣を相手にするのも初めてだ。


 その初めての事態がパラノイアの判断を鈍らせた。


 聖気はアンデッドにとって猛毒のようなものである。


 それを喉に突き刺されてしまえば、刺された場所から聖気が広がり始めてパラノイアは自身の体の動きが鈍くなるのを感じた。


 パラノイアの動きが鈍ったことは、ローランドもすぐに気づいた。


(こりゃすげえな。クローバーには舞台に立つだけじゃなく、戦場にも来てもらった方が良いかもしれねえな)


 そんなことを思いつつ、ローランドは弱体化して動けないパラノイアを前に笑った。


「ここから先は虐殺の時間だ」


 宣言通り、ローランドがパラノイアを一方的に大剣で斬りまくり、しばらくするとHPが尽きたパラノイアは光の粒子となって消えた。


 パラノイアが消えるのと入れ替わりに、魔石と地味な装飾の弓矢がドロップした。


 逃げ足が速く、ネームドアンデッドの中でも特に厄介とされていたアンデッドの最期はあっけないものだった。

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