第201話 いつかやると思ってたんや

 静かになった室内でライトは続けて口を開いた。


「常識的に考えて、使用人が命令した時以外に主の傍を離れると思いますか?」


「ま、まさか・・・」


蜥蜴リザードに黒幕がおるんか?」


「実行犯が蜥蜴リザードで、立案はベーダー侯爵だと?」


 ライトの発言により、大陸北部の貴族達が次々にベーダー侯爵に疑いの視線を向け始めた。


「待て! 証拠もないのに疑うのか!?」


 (ベーダー侯爵、叔母様に容疑者扱いされた時も同じことを言ってたぞ)


 犯人フラグを立てた人物が本当に犯人かもしれないと思うと、ライトはフラグを馬鹿にできないのかもしれないと改めて思った。


「では、物的証拠があるかも含めて確認しましょうか。もっとも、ベーダー侯爵の管理不行き届きは否めませんが。バクラさん、<道具箱アイテムボックス>の中身を全て出しなさい。アンジェラ、<身代わり>で逃げられないように警戒して」


「かしこまりました」


 アンジェラから逃げられる者なんて、今ではライトぐらいである。


 それに、アンジェラを相手に勝てるとは微塵も思っていないらしく、バクラは観念した表情で<道具箱アイテムボックス>を発動して次々に盗品を取り出した。


 (こんなに貯め込んでたのか)


 <道具箱アイテムボックス>がある以上、多少は売り捌くことなくキープしているだろうと思っていたが、その予想を遥かに超えた量の盗品が自分達の前に出されたのでライトは呆れた表情になった。


「これは祖父が大切にしてた裸婦の絵だ!」


「妻に渡すつもりだったペンダントじゃないか!」


「特注で作らせたのになくなった剣まであるぞ!」


「これ、ウチのオカンがなくした同人誌シリーズの7巻やん!」


 (えっ、待って。もしかしてミーアの母親って貴腐人なの?)


 ミーアが腐女子であることは、ライトが教会学校に入学して早々に発覚している。


 しかし、それが母親から譲り受けたものだとすれば、なんとも言い難いものがある。


 ライトはアマイモンノブルスにも結界を張りに行ったことがあり、ミーアの母親と挨拶を交わしたことがある。


 その時は貴腐人らしさを微塵も感じさせなかったのだから、その擬態する技術は<偽装>に匹敵すると言えよう。


 というよりも、ピコハマーもバクラの盗品群に入っていたというのに、同人誌に先に手を出すミーアはアマイモン辺境伯の代理としてどうなのだろうか。


 それはさておき、大陸北部の貴族に所縁のある盗品が次々と室内に広げられたことで、ベーダー侯爵の顔は真っ青になって崩れ落ちた。


 何故なら、間違いなくベーダー侯爵がお咎めなしになることはないからである。


 仮に、ベーダー侯爵が関与しておらず、バクラが大陸北部の貴族から様々な物を盗んでいたとすれば、そのような悪党を雇い入れていたことはベーダー侯爵家に人を見る目がないことが露呈している。


 ベーダー侯爵が関与していれば、バクラの心が折れて全ての盗品を出してしまった時点でベーダー侯爵家の取り潰しは確定的であり、自身もアンデッドを相手に使い潰される未来しかない。


 ライトにここまで力を借りたとはいえ、ピコハマーを盗まれたのはオークションを運営する教会だ。


 それゆえ、ここから先の主導権はライトからヘレンにバトンタッチされた。


「ベーダー侯爵、正直に答えなさい。貴方がやらせたの? それとも無関係なの?」


「・・・」


 ベーダー侯爵は思考がまとまらないのか、口をパクパクさせるだけで声は出せていなかった。


 悪事に対する慈悲はないので、ヘレンは容赦なく言葉を続ける。


「ここには”ヘルの代行者”であるライト君もいるのよ。嘘をついてもヘル様は見てるわ。少しでも保身に走れば、それに相応しい天罰が下るんじゃないかしら」


 実際のところ、ヘルによる天罰なんて起きたことはない。


 しかし、ライトに”ヘルの代行者”の称号が現れた以上、絶対に起こらないとは誰も断言できない。


 また、天罰がなくてもライトが罰を下すことだってあり得るし、ライトが手を下すことなく教会が率先して厳罰を下すかもしれない。


 そこまで考えが至ったようで、ようやくベーダー侯爵は観念した。


 ドサッと音を立てて膝から崩れ落ち、両手両膝を地面につけた。


「・・・私がやらせた」


 観念してそう言った時には、ベーダー侯爵は10歳ぐらい老け込んでいた。


「いつかやると思ってたんや」


 (ミーア、それマジで言ってる?)


 言葉にしてツッコミはしなかったものの、ライトはミーアにジト目を向けた。


 そんなライトを他所に、ヘレンは係員数名に指示を出していた。


「ベーダー侯爵とバクラを牢屋に連行しなさい」


 これにより、大陸北部で未解決だった蜥蜴リザードの窃盗事件が解決となった。


 盗品は持ち主に返却され、今この場に持ち主がいない物については後日教会が返すことになった。


 また、ベーダー侯爵家の悪行は何度も重ねられたものであることから、その取り潰しも決まった。


 そして、教会の閉鎖も解かれてこの場は解散となった。


 当然、ミーアも無事にピコハマーの購入を済ませている。


「ライト、今度こそランチだよ! お姉ちゃんお腹ペコペコ!」


「大変です!」


 (まだあるの? お腹空いたんだけど)


 ライト達しかいない室内に慌てて駆け込んで来た係員を見て、ライトもイルミ程ではないがランチの気分だったためうんざりした気分になった。


 ライトの体内時計は、もう昼食を取り終えていてもおかしくないことを知らせていたので仕方のないことだろう。


「何があったの? 落ち着いて説明しなさい」


「セイントジョーカーがアンデッドの大群に包囲されてます。既に教皇様の指示で西門と北門から切り崩しに行っております。それと未確認ですが、呪信旅団の死霊魔術師ネクロマンサーらしき人影が複数目撃されてます」


「なんですって!?」


 (マジかよ。絶対に昼食が遠のく展開じゃん)


 ライトですらそう思うと言うことは、それ以上に空腹を訴えるイルミは怒りのあまり目が据わっていた。


「お姉ちゃんは激怒した」


 (自分で言うなよ)


 見ればわかることだが、自分は非常に怒っているというイルミのアピールである。


 ようやくランチにありつけると思ったのに、更に先延ばしされればイルミが激怒するのも無理もない。


「ライト君、ってイルミちゃんからすごい怒気を感じるんだけど大丈夫?」


「大丈夫とは言い難いですね。やっと昼食だと思ったのに、またしても邪魔が入ったので噴火寸前です」


 ライトに助力を要請しようとしたヘレンだったが、視界に映ったイルミが今まで自分が見た中で最もキレているのでそちらに気を取られてしまった。


「イルミちゃん、討伐に協力してくれたら私がお気に入りのお店で奢ってあげるわ」


 その言葉を聞くと、イルミの体がピクッと反応した。


「お店の料理全部食べても良いの?」


「ライト君、これって本気なの?」


 イルミにそんなことが可能なのかわからないので、ヘレンはライトにイルミが本気かどうか訊いた。


「間違いなく本気ですね。今のイルミ姉ちゃんなら、在庫まで食べ尽くすかもしれません」


「全品・・・、上等じゃないの。奢ってあげるわ。勿論、ライト君達全員ね」


「ライト、お姉ちゃんに兵糧丸ちょうだい。それで動けるから」


「わかった」


 いつになくキリッとしたイルミの様子に、ライトは余計なことを言わずに<道具箱アイテムボックス>から取り出した。


 ライトから兵糧丸を受け取ると、イルミはそれを口に放り込んだ。


 咀嚼して飲み込んだイルミは、いつでも戦えるぐらいには栄養補給ができた。


 それを見たヘレンは、ライト達に改めて依頼した。


「ライト君達は南門の方からお願い。東門はここにいる貴族達に協力を募るわ」


「わかりました。叔母様、財布が大打撃を受けても知りませんよ?」


「この事態をどうにかできるなら安いものよ」


「そうですか。では、早速現地に向かいます。アンジェラ、蜥蜴車リザードカーを頼む」


「かしこまりました」


 ライト達はヘレンと別れ、一足先に地上に出て蜥蜴車リザードカーに乗り込んだ。


 結界があるおかげで、セイントジョーカーがパニックになることはなかった。


 それでも、アンデッドの大群に取り囲まれて気持ちの良いものではないのは確かなので、住民達は南門に進むライト達の蜥蜴車リザードカーを見て祈りを捧げる。


 南門に到着すると、門番を務めていた守護者ガーディアンがライト達にどの辺りに敵がいるかを伝えた。


 ライトの予想よりも敵の数が多かったため、貰った情報を考慮して指示を出した。


「アンジェラは操縦に専念しろ。最初は僕が数を減らす。数が減ってきたら蜥蜴車リザードカーを止めて全員で戦う」


「承知しました」


「お姉ちゃん、たくさん動いて美味しくランチ食べるよ」


「ライトに敵は近づけさせないから」


「ありがとう。じゃあ、気合入れて行こうか」


 ライト達は気を引き締めてから、南門を抜けてアンデッドの大群が待ち構える戦場へと向かった。

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