復活のL編

第181話 牛1頭食べ尽くす子供がいて堪るか

 護国会議から1ヶ月半が経過した11月、セイントジョーカーの教会学校は休校のままだった。


 グロアが教会から脱走したのは呪信旅団の構成員によるものだと公表されたことで、領地から子供を安全とは言えない場所に通わせることを良しとしない声があるせいである。


 それに、ニブルヘイムでは毎年11月に月食が起こる。


 生徒が通うコースが守護者ガーディアンコースであれば、貴重な戦力をわざわざセイントジョーカーに戻したくはないだろう。


 ちなみに、ライトが結界を張ったダーインクラブとドゥラスロールハートは月食に怯える必要はなかった。


 セイントジョーカーの結界よりも強力で、アンデッドが忌避する効果を持っているからだ。


 結界の外に出なければ、月食でも安心と言えよう。


 ところで、ダーインクラブでは移住してきた職を求める者達のおかげで石畳の敷設が完了し、乗り合い蜥蜴車リザードカーが運行を開始した。


 誰でも乗りやすい運賃にすることで、貴族や懐に余裕のある一般階級でなくても乗り合い蜥蜴車リザードカーは利用されるようになった。


 乗り合い蜥蜴車リザードカーには乗り降りする駅が設けられ、地球でいうバス停ができた。


 交通の便が良くなれば経済は活発化する。


 領民達の羽振りが良くなり、ライトが当初想定していなかった需要も生まれて雇用が少なからず生まれた。


 そのおかげで、ダーインクラブは護国会議に参加した4公爵の領地の中で最も栄える領地になった。


 一方、結界を張るのに必要な代金が明確化されたことで、ダーインクラブに賄賂や人質まがいの使者を送りつける領主は減った。


 位の低い貴族の領地であれば、領地の道に溝を掘る作業に時間はかからない。


 もっとも、それは位の高い貴族の領地と比べればのことではあるが。


 そういう訳で、聖水の確保まで終わった貴族からの連絡がある程度集まったことにより、ライトとヒルダ、イルミ、アンジェラの4人は依頼してきた貴族の領地に出向くことになった。


 月食がいつ始まってもおかしくない今、領主達はライトに結界を張ってもらうことを渇望しているため、のんびりした旅にはならないだろう。


「ライト、最初に行くのはロアノーク子爵の領地だよね?」


「うん。ザックがいる所だよ。久し振りに会えるから楽しみだ」


 ライト達が最初に向かうのは、ロアノーク子爵が治めるロアノークノブルスである。


 4公爵家の領地は家名の後にトランプのマークが付くが、それ以外の貴族が治める領地は家名の後にノブルスが付けられる。


 セイントジョーカーは4公爵の領地と同じトランプにまつわる系統の名付けだが、それはまた別の話だ。


 さて、何故ロアノークノブルスから向かうかと言うことだが、これは同時期に依頼を受けた場合に位の高い貴族の領地を優先するからである。


 貴族制とは面倒なもので、身分の低い貴族をちゃんとした理由もなく優先すれば、身分の高い貴族が自分達は蔑ろにされたとごねる者が大半だ。


 公爵家嫡男であり、”ヘルの代行者”の称号を持つライトだとしても、その身分を軽んじては礼を失することになる。


 それゆえ、比較的依頼を早くして来た子爵、男爵、騎士爵の依頼は爵位が高い順に訪ねるのが望ましい。


 しかし、それでは近場にある領地をスルーしてライト達が大陸中を行ったり来たりすることになりかねない。


 だから、爵位が高い順に行くのをベースとして、その領地に近い貴族の領地を通る際は順番を入れ替えることにした。


 そもそも、公爵家嫡男ライトにわざわざ足を運んでもらうのだから、それぐらいの効率化は認められないはずがなかった。


「若様、ロアノークノブルスに入りました」


「ありがとう、アンジェラ。ロアノーク子爵家の屋敷に直行してくれ」


「かしこまりました」


 御者台から報告するアンジェラに対し、ライトは手短に指示を出した。


 だが、その指示の後に異議を申し立てる者がいた。


 もしかしなくてもイルミである。


「えぇ、お姉ちゃん何か食べたい」


「イルミ姉ちゃん、もう15歳になったんだから聞き分けの悪いことを言わないでよ」


「お姉ちゃん、心はいつでも純粋な子供のままだもん」


「牛1頭食べ尽くす子供がいて堪るか」


「てへぺろ」


 牛1頭とは、先月迎えたイルミの15歳の誕生日パーティーで、イルミが牛1頭分の肉を1人で平らげたことを言っている。


 誕生日ぐらい、ヴェータライトのデメリットを抑止するための兵糧丸を食べさせるのは止めてあげようというライトの配慮が予想外の事態を招いた。


 屋敷の料理人もまさかイルミ1人で平らげてしまうとは思いもしなかったので、イルミの食べっぷりを見るにつれて顔がどんどん真っ青になっていたことをライトは思い出した。


 それもあって、ライトはイルミにできるだけ外食をさせたくないのだ。


 いくらライトが稼ぎが良いとはいえ、イルミに自由に食べさせたら路銀が尽きる可能性があるのだから当然だろう。


 ライトが前世と違ってNOと言える性格だったことで、ライト達はそのままロアノーク子爵の屋敷に到着した。


 ダーイン公爵家の家紋がついた蜥蜴車リザードカーを見て、屋敷からザックが飛び出して来た。


「待ってた」


「久し振りだね、ザック」


「歓迎」


「ザック?」


 ザックはライトの手を引っ張り、そのまま屋敷の中に入って行った。


 その後ろにヒルダ達が続くが、ザックが案内したのはザックの父親の執務室ではなく厨房だった。


「ザック、なんで厨房? ロアノーク子爵と結界の話をするんじゃないの?」


「手に入れた」


 そんなことよりこれを見ろと言わんばかりに、ザックは厨房の奥から持って来た肉をライトに見せた。


「こ、これは!」


「知ってるのイルミ姉ちゃん?」


「トーレスノブルスで有名な牛のお肉! 相当な上物だよ、これ!」


「同志」


「ライトに焼いてもらおう!」


 肉の正体を見抜いたイルミを同志だと判断したらしく、ザックはイルミと固い握手を交わした。


「ライト、こんなことしてて大丈夫なのかな?」


「わかんない。ロアノーク子爵と話がしたいんだけど、どこに彼がいるかわからないし」


 ライトとヒルダが声を潜めて話し合っていると、その背後から声がした。


「私の肉」


「メイリンさん、こんにちは」


「こちらにいたんですね」


「私の肉」


 ライトとヒルダの挨拶が聞こえていないらしく、メイリンは怖い目をしたままザックが持っている肉を凝視していた。


 (もしかして、メイリンさんが帰省土産で持って来た肉なの?)


 その予想は当たっていたようで、メイリンは後衛とは思えない素早さでザックから肉を取り戻した。


「肉・・・」


「あぁ・・・」


「私の肉」


 ザックが落ち込むのは百歩譲って仕方ないとして、イルミが落ち込むのは筋違いではなかろうか。


 いや、食べられると思った肉を食べられないと知れば、イルミがショックを受けるのは当然だろう。


 肉を取り戻したメイリンは、時間差でライトとヒルダに返事をした。


「久し振り。一時的に帰省した。ライト、肉を焼いてほしい」


 (メイリンさん、貴女もですか・・・)


 残念ながら、メイリンもロアノーク子爵のいる場所へライトを案内するつもりはないらしい。


 すると、厨房での騒ぎを聞きつけてザックがそのまま大きくなったような男性が駆け付けた。


「メイリン、ザック、なんでこんなところにいるんだい? ライト様が来たら、私の部屋に連れて来るって言ったよね?」


「「ごめんなさい」」


 メイリンとザックの父親とは思えないぐらい流暢に喋るため、ライト達は一瞬彼がロアノーク子爵ではないのではないかと疑った。


 しかし、紫色の髪は2人とお揃いであり、顔のパーツも2人とよく似ているのですぐに疑いは晴れた。


 ロアノーク子爵はライト達がいることを思い出し、ハッとなって頭を下げた。


「ライト様、ヒルダ様、イルミ様、挨拶が遅くなり誠に申し訳ございません。私がロアノークノブルスを治めるディートリヒ=ロアノークと申します。娘と息子がいつもお世話になっております」


「こちらこそ、メイリンさんとザックにはいつもお世話になっております。ライト=ダーインです」


「ヒルダ=ドゥラスロールです」


「イルミ=ダーインだよ」


「2人は妻に似て肉好きでして、頼みごとをしても肉を優先してしまう困ったところを引き継いでしまったのです。もしよろしければ、食事でもしながら結界についてお話させていただけませんか?」


「食事!? 良いの!?」


 (恥ずかしいから止めてよ)


「・・・はぁ。姉が申し訳ございません」


「いえ、構いませんよ。お互い苦労しますね・・・」


 ライトとディートリヒは、今までのやり取りでお互いに親近感が湧いた。


 その後、メイリンとザックの強い要望により、ライトが料理を振舞うことになった。


 イルミの食欲にディートリヒの顔が真っ青になったのは当然の帰結である。

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